第十三話 ていうか、リフター伯爵夫人と協力関係を結ぶ。
「「「さーちゃん!?」」」
……たぶん、叫んだ三人には〝飛剣〟が浮かんだことだろう。
でも違う。院長先生じゃないことだけは、間違いない。流石の院長先生も変装は苦手なのだ。
「サーチ、知ってるのですか?」
「……ごめん、マジでわかんないわ」
私を「さーちゃん」呼ばわりしたリフター伯爵夫人は見た感じは年齢不詳だけど、立ち振舞いの落ち着いた感じから私より年上だと思える。
私のことを「さーちゃん」と呼ぶのは院長先生以外だと、孤児院にいた年下の子供ぐらいだ。
となると年齢的に一致しないし……んん〜??
『あはは、わからないかな〜。あたしだよ、リファリスだよ』
!!?
リ、リ、リファリス!?
「そ、そ、そんなバカな……!!」
『おいおい、同じ孤児院出身の姉貴分に向かってバカはないでしょ』
いやいや、それ以前の問題でしょ!!
「な、な、なんであんたがシャバにいるのよ!?」
〝逆刃〟のリファリス。
私がいた孤児院出身の元B級冒険者。
最年少でB級に登り詰めたリファリスは、次代のA級冒険者として名前を知られていた。
だが……ある地方で起きた反乱の鎮圧の際に悲劇が起きた。
「裏切りの英雄事件」と呼ばれることになった悲劇は、リファリスが反乱軍の首謀者達の首を討ち取った際に起きる。
当時反乱軍に人質として捕らわれていた女性達は、反乱軍の兵士を会話をするうちに、その境遇に共感を示すようになってしまう。いわゆるストックホルム症候群だ。
目の前で心通わせた兵士を討ち取られた女性達は、助かった喜びよりももっと強い感情を抱いてしまう。
それは……助けてくれたはずのリファリスに対する、強い憎しみと殺意。
「反乱軍の兵士達は、私達を丁重に扱ってくれました! なのに……」
「このリファリスとかいう女は、血に酔った勢いで私にまで刃を向けました! その際に庇ってくれた兵士達を笑いながら斬り捨てたんです!」
女達は、あることないことを吹聴してリファリスを糾弾した。
普通ならばこんな主張が認められることはないんだけど、人質の女性の中に領主の娘がいたことが災いした。
娘が可愛くて仕方なかった領主は、娘が主張することを全て鵜呑みにし。
「このリファリスとかいう冒険者が事を大きくしなけば、犠牲者が出ることは無かったのだ!! 全ての責任はその冒険者にある!」
……何ていうとんでもないことを言い出し、自分の権力を乱用しまくり。
ついにはギルドも庇うことができなくなり……リファリスは捕縛されることになる。
過酷な取り調べを経て、ムリヤリ罪をでっち上げられ……反乱を鎮圧した英雄になり得たリファリスは、単なる殺人鬼にされた。
「な、何ですかそれ!! あまりにも理不尽じゃないですか!!」
『……後ろでさ、あたしの事で怒ってくれてる子……』
「あ、エイミア?」
『エイミアちゃんかあ………………可愛いね♪』
……あ〜あ……リファリスに気に入られちゃった……。
その後に開かれた裁判は、当然の如く不公平極まりない内容だった。
「被告人、リファリスは冒険者の地位を剥奪。両手を切断した後の追放刑とする」
人質の女性達はそれでも不満だったらしく「なぜ極刑にならないのですか!?」と叫んでいたらしいが……流石にそれは聞き入れられなかった。
しかし……。
ザンッ! ザンッ!
「うぐぅぅぅぅっ!!」
数日後、刑は執行され……ろくに治療されることもないまま、リファリスは刑場から放り出された。
「あんたが余計な事をするから! あの親切な人達が死ぬことになったのよ! 死ね! 死ね!」
ガッ! バキバキ! ゴキィ!
「……っ! ぅぐ! っう! あがあ!」
女性達はその後も、執拗にリファリスに暴行を加え続けた。
リファリスが這って進んだ後には、たくさんの足跡と血痕が残っていたという……。
「ゆ、許せない……! そんな国、私が滅ぼしてあげます……!」
『……ねえ、後ろでエキサイトしてる子……』
「……ヴィーよ……まさか……」
『ヴィーちゃんか…………可愛いね……♪』
ああ……また被害者が……。
「……? ……おい、サーチ。リフター伯爵夫人の両手って……あったぞ?」
「そうよ……ここからが本番。リファリスが大惨事を引き起こすのよ……」
両手を斬られ、女達にリンチされ、ボロボロになったリファリスは街から離れると……。
「……くっそ、アイツら……好き放題やってくれたな……」
……ぬ、ぬぬぬ……ボン!
「ふう、再生完了……」
「再生!!?」
「ええ。リファリスはトカゲの獣人だから」
……私も手まで生えてくるとは思わなかったけどね……。
傷の手当てをし、体力が回復するのを待って。
愛用の武器をしっかりと研いだリファリスは……。
「ほらほら! あたしを殺すんじゃなかったの? アッハハハハハ!!」
「ひ、ひいい! 助けて! 助けてえええ!!」
「反乱軍の兵士に助けてもらったらああああ? アッハハハハハハハ!」
ザクッ
「ぎゃああああああああああ!! 痛いいだああああい!!」
「何言ってんのよ!! あたしは腕を斬り落とされたのよ? ちょっと刃物が刺さったくらいで泣かないの! メッ! …………キャハハハハハハ!」
「うぅ……呪ってやる! お前なんか呪ってやるぅぅぅ!」
「……あんたバーカ? 呪われるくらいで死ぬのなら、あたしは何千回も死んでるわよ! だからあんたが死ーね」
ザクザクザクッぐしゅっ!
「あぁ! ぎゃ! ぐぇ……ぇ………………」
「アッハハハハハハハハ! 簡単に死にやがった! ハハハハハハハ!!!」
……虐殺を始めた。
「……そのまま三日三晩暴れ続けて、国を一つ滅ぼしちゃったのよ…………ホントに誰も生き残らなかったらしいわ……」
『ん〜? さーちゃん、ちょっち違うの』
「……何が?」
『三日三晩じゃなくて十日十晩。誰も生き残らなかったんじゃなくて草一本残らなかったのよ。アハ! アハハハハハ!』
「「「こ、怖すぎ……」」」
「……で、その後行方不明になり……全大陸で指名手配された後に、帝国で逮捕されて収監された……はずなんだけど」
『ん〜……先々々代……だったかな? リフター伯爵に気に入られちゃってさ。養女になっちゃった!』
「なっちゃった! って……耳が大きくなったんじゃないんだから……ていうか、そこに至った経緯がスゴく気になるけど……」
『ああ、そこが気になる? ぶっちゃけ院長先生が絡んだって言えばわかる?』
「……理解不能だけど……院長先生なら何でもありだからね……」
念話水晶に映るリファリスは、ふいに顔つきをリフター伯爵夫人のそれに戻した。
『昔話に花を咲かせるのは、いずれまたの機会に……恩あるソサエト侯爵に報いる為にも、私は全力で支援させていただきます』
……リファリスだとわかっていても、堂々たる貴族だわ……。
「……じゃあ細かいことが決まったら連絡します」
『はい。ではまたの機会に』
プツン
「……ふう……」
「……おい、サーチ……」
「何よ」
「お前がいた孤児院って……人殺し製造所か?」
失礼な!
「てことは私も含まれるわけ!?」
「え? だってサーチ、背後から敵を暗殺するときって……よく鼻歌を歌ってるじゃないですか?」
「えぇ……」
ちょっとヴィー! ドン引きしないでよ!
「……いや、流石に人を殺すのを鼻歌まじりで、というのは……」
「いやいや、酒に酔って一般人を石化しまくったヴィーに言われたくない……」
「……目クソ鼻クソ」
「「リジー、うるさい!」」