第十話 ていうか、リルの方は余裕綽々……なわけないか。
リル視点の話です。
へへ♪ 楽勝じゃねえか!
サーチには悪いことをしちまったが、セクハラジジイはお前に任せたぜ!
「闘技大会のときにソサエト侯爵のことは聞いてたからなあ……覚えておいて大正解だ」
大会のときの情報収集で、改革派の筆頭であったソサエト侯爵に関する情報も、当然集めるべきモノだった。
そのときに集まってきたソサエト侯爵に関する情報と言えば……。
「胸触ってきたんです! しかも直接ですよ!?」
「あのジジイ、本当に嫌! 何回お尻を触られたやら……」
一番多かったのは。
「何故か床が抜けて、その下は急な水路!」
「悲鳴をあげまくって着いた先に侯爵がいて……」
「あのジジイ、何て言ったと思います!? 『濡れて透けた下着が……』ですよ! 思わずぶん殴っちゃいましたよ……え? もちろんグーですよ! グーでいきましたよ!」
……よく侯爵殴って無事だったなあ……下手したら首斬られるぞ……物理的に。
ちなみに……ソサエト侯爵に仕えるメイド達は、さぞセクハラ被害を受けてるのかと思いきや、メイド全員で徒党を組み『セクハラ許すまじ! 断固鉄拳制裁!』のスローガンを掲げ、もしメイドが泣かされようものなら……ソサエト侯爵であってもフルボッコになるらしい。
で、私はリフター伯爵の家へ来ていた。
「おーおー……いるな、暇人どもが……」
サーチほど偵察については詳しくねえが……それでも嫌な匂いを漂わせたヤツがゴロゴロいるのはわかる。
「クンクン……変な薬草の匂いに……相当濃い血の匂いもしやがるな……」
あいつも……あいつも……裏の人間ばかりか。忍び込むには骨が折れるな……。こういう場合は……。
ちょうど私の下を歩いていた男の後ろに降り立ち。
ガッ!
「……っ! ……」
気絶させる。
「……できればあんまりやりたくねえが……しゃあねえな」
私は嫌々ながらも手際よく男の衣服を剥いでいく。
「この袋は……ニャ!? こりゃ痺れ薬だな……他にも毒の山かよ……」
こいつ、間違いなく裏の人間だ。
「なら遠慮はいらねえな……」
パンツ一丁にする。一般人じゃなくてよかった……あ!? 確かめずにやったのかって?
そうだよ。
「後は…………ここか」
ちょうどいい具合に何人か着替え中だな。
「せえの……うりゃあ!」
男を窓に向かって放り投げる!
がっしゃあああん!!
「きゃあああああ! 痴漢よ痴漢よ変態よおおお!」
「衛兵! 衛兵ー! 早く来てえええ!!」
「何だ何だ……うわ! 裸の男が女子更衣室に!! 引っ捕らえろおお!」
「ちょっと! 衛兵も全員男でしょうが! あっち向いてえ!」
「「「は、はい……」」」
よし! 予想以上の大混乱!
周りの連中もここに注目してるな。
じゃ、今のうちに侵入するか……。
……ゴト。
「うぷ……蜘蛛の巣だらけだな……」
床下から侵入に成功し、廊下を進む。≪猫足≫を使ってるからバレることはねえと思うが……勘の鋭いヤツがいると厄介だからな。
「しまった……リフター伯爵の部屋の場所を聞いてなかった……」
貴族って特徴的な匂いなんて無さそうだしな……。
「弱ったな……しらみ潰しに部屋を確認するわけにもいかねえし……」
何か匂いはしねえかな……クンクン、クンクン。
「ひくっ! く、くせえ……トイレかよ」
「ああ……お魚のいい匂いがするニャ……」
「クンクンひぐっ! お、おええ! 男の汗の匂いだ……」
……しばらく匂いを嗅いでまわっていたら、ふいに嗅ぎ慣れない匂いを感じた。
「クンクン、クンクン……これは……花? ……違う。香水だ……」
香水なんて高級品だから、貴族の女がつけてるくらい……あ。
「リフター伯爵の家族か? ……なら伯爵自身も同じ匂いがしても変じゃねえな」
じゃあこの匂いを辿ってみるか……。
「……この部屋と……あっちからも匂ってくるな……」
で、特に濃い匂いがする方が向こうの部屋だ。当然香水を直接つけるのは女の方……だから向こうの部屋が……リフター伯爵の奥さんの部屋だな。
「じゃあ……ここが当たりだな」
私はためらうことなく、ドアをノックした。
………………。
……でねえな。いないか?
念のためにもう一回ノックをしてみる。
「……少し強く叩いてみるか?」
「その必要は無いわよ? そこは私の寝室だから」
「あ、そうか。ならどこにいるんだ伯爵……って誰だ!?」
「……侵入者の割には反応が鈍いわね……」
「悪かったな……ってあんた誰だ?」
「随分とご挨拶ね。私がリフター伯爵夫人よ」
「ああ、夫人……」
リフター伯爵の奥さんか。
でもおかしいな……? あまり香水の匂いがしない……。
「で、何の用かしら? 私を暗殺しにいらしたの?」
……奥さん狙うよりはリフター伯爵本人狙うだろ。
「あんたを狙ったってしょうがねえだろ? 大体私はそんな物騒な用事で来たわけじゃない」
「じゃあ何の用かしら? 伯爵夫人の私に用事があるんでしょう?」
「いやだから……私は伯爵本人に用事があるんだよ」
「? ……だから本人が話を聞きます」
「?? ……だから夫人に用事があるんじゃなくて……」
何か噛み合ってねえな……。
「だから本人が……」
「だから夫人には……」
……何で噛み合わねえんだ……?
「そういう事か……私を奥さんだと思っていたわけね」
奥さんじゃねえのか!?
でも……夫人って言ってたよな……?
「…………じゃあ…………娘さん?」
「……あなた……伯爵夫人が何か、わかってないんじゃない?」
「え? 伯爵の夫人だろ?」
「やっぱり…………知らない人がいるとは聞いてたけど……」
……何でだ? あからさまにため息つきやがった。
「……いいかしら? 伯爵夫人というのわね、伯爵の夫人じゃないの。夫人が伯爵なの」
え?
「夫人が伯爵……? ていうことは……」
「そうです。私がリフター伯爵です。夫人がつく場合は女性の伯爵を意味するのですよ」
女性の……伯爵か……。
ん? 待てよ?
確か「リフター伯爵は同性が好き」だって言ってたよな……?
同性……同性だよ!
「……どうなさったのですか……? ジリジリと私から遠ざかっているようですが……」
ど、同性が好きなんだろ!? だったら私……ヤバくねえ!?
「……ははあ……成程……私の性癖を知ってるわけね?」
うわっ! 話を振るんじゃねえよ! しゃあねえ……これは逃げの一手か……!
「お生憎様」
「ひえっ! い、いつの間に私の後ろに……ひゃい!」
わ、私の胸を揉むなあ!
「私にも好みはあります。ペチャパイは好みじゃないのよ」
「う、うるせええ!」
ぶんっ!
「怒りに任せての攻撃では私に当たりませんよ」
……つ、強い……。
「それで? 何の御用かしら?」
あ、肝心なこと忘れてた。
「スケルトン伯爵からの連絡だった……」
「あら、スケルトン坊やからの? ……いよいよ腰をあげるのね」
「ぼ、坊や……」
「私からしたら坊やなのよ……じゃあ奥で詳しいことを聞きましょうか」
「お、おう……」
……苦手だ、この人……。
「あら、あなた綺麗な足ね……私の好みだわ」
すざざざざっ!
「な、な、な……」
「冗談よ……あなたは100%好みじゃないから安心なさいな」
そう言い放ってから、ニコニコして奥の部屋へ歩いていった。
……やっぱ苦手だ……。