第五話 ていうか、シリアスに私達に手を出したヤツには天誅。
「ロザンナさん、起きてるー?」
私が遠慮もクソもないフレンドリー性を発揮して、ロザンナさんのテントに声をかける。
外に立っていた護衛の人達が私を睨みつける。ふん、〝飛剣〟の睨みに比べたら屁みたいなものよ。
「無礼者!!」
テントの中からも非難の声がする。ロザンナさんの声じゃないから侍女さんかな?
「どなたと心得る!? おそれ多くも……」
どこかの旅の御隠居みたいなこと言い出したので、一仕事してからテント内に顔を突っ込んだ。
「ををっ! 広い」
外見と中の広さが違う。原理的には魔法の袋と同じ理屈かな?
「な、な、何者じゃあ!」
「何者じゃあって……ロザンナさんに招待された冒険者ですけど?」
「お前のような下賤な者が入っていいと思うたか! 手打ちにしてくれる!」
そう言って薙刀みたいな武器を持ち出して振りかざす。
「……ちょっと、そんな長いの振り回すと……」
がっ!
「うがっ!? ぬ、抜けん!?」
「引っ掛かるよって……言う前になっちゃったか」
バカだ。
「く! ぐ! お、おのれえ!」
薙刀を離して短剣を取り出す。
「遅い」
ごっ!
「がふっ」
「最初から短剣使ってれば、もう少しマシだったかもね……」
ごっ!
「ぎゃっ!」
ごっ! ごっ! ごっ!
「や、やめっ」
ごっ! ごっ! ごっ! ごっ! ごっ!
「た、助け……ぎゃあ! うぼっ! ぐえ!」
「……ここまでボコボコにしなくても良かったのですが……」
「これは個人的な恨みです。私の仲間の食べ物に毒を盛るような女に、容赦なんてするつもりはありません」
夜間の襲撃の際、リルが一人だけ生け捕りにした。
そいつをリルが問い詰めたところ、ロザンナさんの侍女の手引きが発覚したのだ。
おまけに昨日のご飯の時に、前述の毒盛り事件が発生。私が事前につまみ食いしていたのが幸いした(私には≪毒耐性≫のスキルがあるのだ)。
で、こっそりロザンナさんと相談の上……。
「まさか本当に全員行動不能にするとは思いませんでした」
……黒幕は侍女さんだってわかってたけど、誰が怪しいかまではわからない。なのでロザンナさんの供の方を公平にぶっ飛ばすことにしたのだ。
「許可は出しましたが……本当に実行するとは思いませんでした」
「え?」
「冗談かと……」
…………ちょい待ち。
「じゃあ……ロザンナさんの配下の方は……冗談で殴り倒されたのと同等の扱いをされたと……」
あ。縛られてる配下の人達の視線がロザンナさんに集中してる。
所謂白い目ですな。
「……可哀想ですよ……部下の方を大切にしてあげるのも国公の仕事じゃないですか!」
さっきまで先頭に立って、部下の方をどつき倒していたあんたが言うな。
「そうだぜ。ちゃんと愛情を持って接してやらねえと……子育てと一緒だぜ」
……子育てと同様に愛情を持ってねえ……。二三人の骨をボキボキやってたのも愛情なのかしら。
「問答無用で全員撃滅。それでいい」
リジーは空気読め!
「……全員に特別に賞与を支給します」
わっ! 白い目がいきなり尊敬の眼差しに変わったよ! 文字通り現金な連中!
ロザンナさんは一人一人猿轡を外してやり。
「皆さん。私からの現金は心に響きましたか?」
「「「はい!現金は確かに響きました!」」」
「……どうでしょう。これが私からの愛情です。しっかり届いたみたいですよ」
「………………」
……まあ……いいけどね。
いろんな雇用形態があるんだし……。
国公の現金によって結束が深まったみたいで……良かった良かった。
「でもこいつはどうする?」
一人だけ縛られたままの侍女を蹴飛ばす。
「……うわあ……惨い……」
原型は多少残ってる……と思う。
「エイミア……こいつは私に毒を盛ろうとしたのよ? 正直これでも手緩いくらいだわ」
リルはうんうんと頷く。
「そ、そうかもしれませんけど……!」
「エイミア姉。ここでこの人を許しても得はない。私達のパーティが舐められるだけ」
……命狙ってきたヤツを無罪放免したら……そりゃ舐められるわよね。
殺るべき時は殺る。これは絶対に守らなければならない冒険者の前提なのだ。
「そう……ですけど……」
うーん。エイミアはまだ納得できないみたいね。
「エイミア。自分に毒を盛られたって自覚はある?」
「えっと……あんまり」
「なら想像して。いつもの食事に毒が盛られて、あんた以外全員死んじゃいました」
「な! 何て事を言うんですか!」
「今は黙って聞きなさい!」
……私の剣幕にたじろいだのか、そのまま固まるエイミア。
「……話を戻すわ。いい? あんた以外死んじゃったの。で、犯人がわかりました。捕まえました。犯人は泣いて『許してくれ』と叫びます……どうする? 許してあげるの?」
「……いえ」
エイミアは即答した。
「……私が思いつく中で一番苦痛を伴う方法で……殺します」
「……そうなり得た……ていうことよ」
そこまで言われてようやく察してくれたのか。
「……ごめんなさい……サーチが怒ったのは当然ね……」
……少し目の端に涙を溜めて言った。
「……ロザンナさんはどうします?」
「許すいわれはありません。あなた方が手を下したいのならば、存分にどうぞ」
私が自分で斬り捨てたいのですが……という呟きが聞こえたけど、とりあえずスルー。
「じゃあ私が処理するわ。いい?」
全員頷いたので、裏切り侍女の襟首を掴んで引き摺って行く。
「むー! むー!」
「……それが最後の言葉?」
移動がてら猿轡を外してやった。
「お願いします! 助けて! 助けてください!」
「嫌」
「! わ、私が死んだら、黒幕がわからないわよ!」
「安心しなさいな。ロザンナさんに聞いたら、心当たりがあるそうだから」
「で、でも詳しい情報……」
「昨日の晩に捕まえたヤツが、洗いざらい吐いたわよ。あんたからの情報が必要ないくらいにね」
「そ、そんな……」
「往生際が悪いわね。安心して逝きなさい」
「や……嫌だあああああああっ!!!」
……しばらくして。
女の叫び声が止まった。
「……おまたせ」
「……サーチ……」
「……あんたの覚悟はわかったわ。だからそうならないように強くなろ?」
「……はい!」
エイミアの目にようやく力が戻ったところで。
「……ロザンナさん。これでよかったんですね?」
「……はい。ありがとうございました」
「それじゃあ……例の依頼も?」
「はい。私が国に着くまでの護衛。そして私と敵対する人物の暗殺。滞りなくお願いします」
「……わかりました。この依頼、竜の牙折りが受諾します」
「暗殺も……か」
……リルは複雑そうね。
「暗殺は私がやるわ。リル達はロザンナさんの護衛を第一にお願い」
「そんな……サーチにばっかり暗殺をさせるわけには……」
エイミアの口を人差し指でつついて黙らせる。
「いい? エイミアの覚悟はわかったけど……暗殺まで手を染める必要はないわ」
「でも……」
「守ることはエイミアの得意分野でしょ? 暗殺は私の得意分野なの。適材適所ってヤツよ」
エイミアは……不器用に笑うと。
「わかりました……でも……」
「……何?」
「……私の覚悟を実行するような事にはならないでくださいね」
……当たり前よ。