第四話 ていうか、ハーティア新公国説明回、奇襲付き。
ハーティア新公国。
帝国の東側に位置する新興国である。領土は日本で例えると、北海道に四国をくっつけたくらい。この世界の国としては比較的小さい方だ。
ただ、領土の九割以上が竜骨砂漠であるため、人口は国の規模にしては少ない。
「竜骨砂漠って?」
「砂が真っ白な砂漠。別名竜の墓場って言われててさ、砂自体が竜の骨が風化したものだ……って伝説があるのよ」
もちろんそんなわけないけどね。いわゆる都市伝説だろう。
「真っ白な砂漠だから照り返しもハンパない、おまけに火山が点在しててマグマを吐き出しまくってるから……動物はおろか、虫すらいない死の砂漠」
当然人間が生活できるわけがない。
「そこに唯一存在したオアシスが発展して、ハーティア旧公国が成立したのよ」
「ちょっと待て。旧?」
「そこからは私が説明しましょう」
外を眺めていたロザンナさんが、話を引き継いだ。
「砂漠周辺を荒らし回っていた盗賊がオアシスに拠点を置いたのがハーティア旧公国の始まりです。帝国からハーティア国公爵の地位を与えられて、今の国名になりました」
つまり帝国の属国だったわけだ。
「成立したての頃は悲惨な状態だったようです。国公自身が元盗賊という国ですから、犯罪のるつぼと化していました」
国公自ら近隣の村から女性を連れ去っては、ハーレムを形成してたらしい。最低だな。
「しかしそんな状態で国が保たれるはずもなく……初代国公は己が築いたハーレムの女性達に殺され、あっけなく滅びます」
あっけなさすぎでしょ……。
「その後ハーレムの女性達が、ハーティア旧公国を再平定し……」
すげえなハーレム構成員!!
「彼女達の努力によって治安が回復し、国力も上昇し……現在へ至ります」
「……だからハーティア新公国なのね……」
「そういうことです……私は三代目の国公にあたります」
その三代目国公様は、もう一回深い深ーいため息を吐いた。
「ただし……新公国には困った風潮がありまして……」
……なるほど……そういうことか……。
「国の成り立ちが成り立ちなだけに……男性軽視が色濃いんでしょ?」
「……サーチさんはなかなか優秀な方ですね。その通りです」
ロザンナさんの話を聞くと……男の人がよく住んでたなあ、と言えるくらいヒドい。
例その一……国の要職は100%女性。
例その二……男性への課税は女性の二倍。
例その三……男性からの求婚は禁止。ちなみに一妻多夫制。
例その四……この世界では珍しく奴隷あり。ただし男性限定。相当ヒドい扱いらしい。
……エトセトラエトセトラ。
聞いていたエイミアとリルは完全にドン引き。外でズゥン! ズゥン! とスキップしているリジーには当然聞こえていない。
「……二代の国公は更にエスカレートしてしまい……奴隷以外の男性の居住を禁止したのです……」
「……男いないんじゃ、国そのものが成り立たないんじゃ……」
「その通りです! 結婚していた夫婦をムリヤリ別れさせて、男のみ追放なんてのはザラ。なかには産まれたばかりの赤ん坊が『男だから』という理由だけで、他国へ養子に出される始末」
「……それって別れさせられた奥さんも、旦那さんを追っかけていってしまうのでは? 女性も減っちゃうのではないでしょうか?」
ま、普通ならそうなんだけど……。
「……国家として存続してるだけでも奇跡でしょ……どうやって人口増やすつもりなの?」
「『外部から女性だけを引き入れればいい』と……」
バカだ。
「そんな魅力のない国に移住しようなんて、普通なら思わねえぜ」
「ええ、普通なら。ハーティア新公国の過剰なまでの女性優遇政策が、結果として魅力的に感じられているようなので……」
つまり……。
男性に不満を抱く女性や、男性に虐げられてきた女性にとっての受け皿になってるのか……。
「……駆け込み寺みたいなものなのね……」
「かけこみでら?」
「あ……うん。他所の国でね、男から逃げたい女の人が逃げ込む場所があってね……それが駆け込み寺って言うのよ」
厳密に言うとちょっと違うんだけど……まあいいか。
「あー、そういうことか……どこの国にもしつこい男っているもんだしな」
「暴力を振るう男性から逃げてきた人もいるんでしょうね……」
ちょっとちょっと! エイミアもリルもしんみりしないでよ!
「別に解決法は他にもあるんだから。ハーティア新公国が絶対に必要ってわけじゃないからね?」
実際にしつこい男と縁を切りたい女の人が、ギルドに依頼してくるケースもあるんだし。
「……そうだな」
「……そうですね」
……よくよく考えれば、私達が悩むことでもないんだし。
「あの……国公の前で公国の存在意義を論議するのは止めてもらえます?」
あ。忘れてた。
「ごめんなさい…………ていうか、あなた自身も今の公国に含むところがあるような言い方してなかった?」
「含むところ? ありすぎて困るくらいありますよ」
おーおー、はっきり言ってくれましたよ、この人……。
「国公のロザンナさん自身が自分の国に不満? 自分の国だろ? 自分で解決すりゃいいじゃねえか」
……リルはロザンナさんの言い様が気に入らないみたい。確かに他人事みたいな言い方だったしね。
「私の……国ではありません……」
はい?
「私は名ばかりの国公……実権は未だに先代の国公が……私の母が握っているのです……」
……黒幕が実の母。
これはめんどくさいことになってきた……。
ハーティア新公国まであと二日ほどの場所にあるオアシスで野営することにした。
「う〜〜……もう走れない〜……」
……過重制限で馬車に乗れないリジーが、ついにダウンしたのだ。いや、今までよく走ってくれたとは思うけど……。
「サーチ姉……絶対に『血塗れの小手』買ってね?」
「わかってる。約束だからね」
……着く町着く町で呪われアイテムを買わされるのがキツい。
りょ、旅費が……。
「おいサーチ。気づいてるか?」
「……1㎞くらい離れてついてくる馬車のこと?」
「……時期的に見ても……ロザンナさん目当てか?」
「……でしょうね。このオアシスからギリギリ見えない位置で止まったまま動かないみたいだし……」
リルはエイミアを見るが……諦め顔になって。
「………………私達だけで何とかしよう」
……そうね。
着くなり水中へダイブしたエイミアには期待しない方がいいわね。
「サーチ! リル! 一緒に泳ぎましょうよ〜!」
……危機感ってのが無いのか、あの子……私達は肩を落として、エイミアの歓声をスルーした。
ザ……ザ……
(……ロザンナは?)
(テント。近衛が囲んでいるやつだ)
(わかった。女の冒険者が増えているが?)
(面倒だ。一緒に始末してしまえ)
(わかっ)
ドスッ
「うぐっ………………」
(どうしたっ!?)
「もう小声じゃなくても大丈夫よ……バレバレだから」
「なっ!?」
「失敗その一。現場で段取りを決めるようなことじゃダメ。小声でも聞き取れる獣人がいる可能性を考えてなかったんじゃない?」
「く……! 散れ!」
ガッ! ゴッ! ズガン!
ドサッドサッ
「……! どうした!?」
「失敗その二。後ろから敵が迫ってることに気づかなかった点。奇襲する際は、後ろががら空きだってことには留意しないと」
リルが背後から攻撃してくれたのだ。さすが≪猫足≫。
「失敗その三♪」
「うぶっ!」
最後の一人の背後をとり……耳元で呟く。
「……私に闇討ちしようなんて百万年早いのよ」
「むぐっ……かは……」
……喉を斬り裂かれた最後の一人は、私を恨めしそうに睨んでから倒れた。
「恨んで死ぬのは勝手だけど」
≪偽物≫の針を霧散させながら呟いた。
「……私には届かないわよ」