閑話 サーチの日常はどんな感じか、見てみよう
「……ふぁ……」
朝五時半くらい。
私の中の体内時計が、アラームを鳴らす。
「あー……良く寝た……」
睡眠時間は一日六時間。私にはこれがベストだ。
脱ぎ散らかしてあった下着を拾い集めて、洗濯カゴへ放り込む。今週はリジーが洗濯当番だったっけ。
ランニング用の服に着替えて(よくマラソン選手が着てるアレ。当然ビキニ仕様!)まだ静かな朝の帝都へ飛び出す。
このまま10kmほど走ってシャワー。これが私が毎日欠かさずに繰り返している、朝の習慣だ。
……別に走るときに弾む胸の感触を楽しむためではない。断じてない。
「おっす。早いな」
シャワーを浴びるために浴室に入ると、リルがいた。
「朝から走り込み? マメねえ」
「お前もだろ。じゃあ、お先」
リルは手早く服を着ると、私の頭をつついてから横を通り抜けた。
「……身長じゃ負けてるけど、バストでは……」
「何か言ったか?」
「何にも言ってません」
リルはジト目で私を睨んでから。
ばっちんっ!
「ひゃうっ!」
……私のお尻に紅葉をつけて去っていった。
「いった〜……乙女の肌にキズつけないでよね……」
お尻を擦りながら浴室へのドアを開いた。
濡れた髪にタオルをかけたまま朝食の準備。この旅館は長期滞在の客にはキッチン付の部屋を貸してくれるので、自炊が可能なのだ。
「……パンはさっき焼きたてを買ってきたし……卵を焼いて……適当に野菜を千切って……」
ブツブツと言いながら皿に盛りつけていく。
「おはよ、サーチ姉」
「おはよ。リジー遅いよ」
「すまぬ」
……あんたはどこでそういう口調を覚えてくるのよ……。
「……目玉焼きに……サラダ……サラダ……」
野菜が嫌いなリジーのテンションが下がった。
「好き嫌いしないの。あんたは肉を食い過ぎなのよ」
たく……いくら食べても太らないなんて……羨ましいったらありゃしない。
「ハム〜ベーコン〜スペアリブ〜」
「……わかったわよ。ちょっとだけベーコン炙ってあげるから待ってなさい!」
「わーい」
あのまま放置しておくと、延々と肉料理を連呼するのよね……マジでウザい。
せっかく消した竈の火もまた起こさないと……ブツブツ。
「……そう言えばサーチ姉」
「ブツブツ……何よ」
「何で裸エプロン?」
「え……? 裸じゃないけど……?」
「……パンツ一丁は流石に裸に近いと思う」
そう……なのかな?
「……マズい?」
リジーは首を振る。
「私はいい。でもエイミア姉とリル姉は怒る」
……確かに。
「ベーコン焼けたら何か着てくるわよ」
……ていうか、忘れてた。
「エイミアは?」
「まだ寝てる」
やっぱり……あの子の寝起きの悪さは天下一品ね。
「でもあんた洗濯当番でしょ? エイミアが起きてこないと……」
「大丈夫。剥いてきた」
「剥いてきたって……ならついでに起こしてくれればよかったじゃない!」
「無理。それぐらいで起きるわけない」
…………………………確かに。
「……仕方ない……私が行ってくるしかないか……」
「サーチ姉〜ご飯〜」
「わかってるわよ! 準備してくから先に食べてて!」
「わーい」
……たく……リルもさっさと食べてくれればいいのに。全然片付かないっつーの。
「……エイミア! いつまで寝てんのよ! エイミア!」
リジーに言われたので、上に一枚羽織ってからエイミアを起こしにいく。
「……くかー……」
「起きなさい!」
「……すぴー……」
「起きろっての!」
「……くぅー……」
「………………」
ばっっちいいいんっ!
「いひゃああああい…………ぐう……」
……マジ?
だんだん手強くなってくるわね……!
「仕方ない……よっと」
足を絡めてっと。
「せーのっ!」
一気に背後に倒れこむ!
「いっったああああああいいいいっっっ!!」
……インディアンデスロックはさすがに痛いでしょ。
「サーチ酷いです……びえ〜」
「だったら自分でちゃんと起きなさいよ!! 毎回起こしにいく私の身にもなってほしいわ!」
「そうなんですけど……わざわざ全部パジャマを脱がさなくてもいいじゃないですか!」
…………あ、そっちね。
「それは洗濯当番のリジーが」
「リジーーーーーッ!!!」
エイミアはリジーがいる洗濯場まで飛んでいった。……一応洗濯板だけど……魔術があるのでそこまで困ることはない……らしい。
え? らしいって何だよって?
私が料理全般を請け負ってるから、洗濯は免除なのよ。だからやったことがない。
「おい、朝メシまだか?」
……やっとリルが来た。
「何回も言ってるとは思うんだけど、片付かないから早く食べてくんない?」
「わりぃわりぃ……って、お前なんでパンツ一丁でシャツを着てんだよ?」
……あ、今度は裸ワイシャツになってたか。
「気にしないで」
「……まあいいけどよ……あ、そういえば近くの洗濯場で爆発が起きてたぜ? 何だったんだろうな……どうしたサーチ、頭抱えて」
……また弁償が増える……。
「あんた達は〜! 周りをよく見てケンカしなさい!」
……今回はギリギリで建物等への被害はなかった。助かった……。
「だってリジーが!」
「だってエイミア姉が!」
この二人、普段は仲良すぎるくらい良いんだけど……。
「あんた達、前回のケンカでいくらの被害を出したと思ってるの!? 下手したらパーティ破産してもおかしくなかったんだからね!」
私の言葉を聞いてエイミアとリルが青ざめる。リジーはわからないらしく、首をコテンと傾げた。
「パーティ破産ってのは読んだまんまの意味よ。怖いのは破産することより、破産したことなの」
「?? 何故?」
「パーティ破産がギルドにバレるとね、装備品から何から全て差し押さえ。当然のようにパーティは強制的に解散。止めとばかりにパーティメンバーはギルドのブラックリスト入り」
「パーティが解散したなら、また結成すればいい」
……リジーを除く全員がため息をついた。
「……あのね、ギルドのブラックリストに載った時点で、冒険者としてはアウトなの。依頼を受けることはできないし、他の冒険者とパーティを組むこともできない。事実上冒険者は引退になっちゃうのよ」
「……成程…………ごめんなさい、もうしない。エイミア姉もごめん。今度はちゃんと断ってから剥く」
……そういう問題じゃないんだけど……。
「……私こそすいませんでした。寝起きを何とかするようにします」
……よし、これでOKね。
「じゃあエイミア、ちゃっちゃと朝ご飯食べちゃって。私は後片付けするから……リルとリジーで食料品の買い出しお願い」
「わかった」
「リル。ちゃんとリジーを見張っといてね。また肉ばっか買ってこられても困るから」
「おーけー!」
「リジー。ちゃんとリルを見張っといてね。また魚ばっか買ってこられても困るから」
「あいあいさー」
……お互いにお互いを見張っといてもらわないと……。
ちなみにエイミアは問題外。頼んだものは買ってくるんだけど、店側の言い値で買ってくるのだ。私が買い物した場合と約二倍違ってくる。
「さーて……終わったら闘技大会に行くわよ〜」
「「「はーい」」」
「……よし、何とか黒字か……」
夜。
パーティ用の帳簿を書いている。一応、財政も担当してますので……。
「しばらくはギルドで依頼を請けなくてもよさそうね……」
あー肩凝った。
「……サーチぃ!」
「うひゃい!? な、何よエイミア」
「一緒に温泉行きませんか? リルとリジーが面白い露天風呂を見つけてきたんですって!」
「行くわよ! すぐ行くわよ! どんな温泉?」
「茶色の温泉だって」
茶褐色! こっちにもあったのね!
「白いタオルだと染まっちゃうのよ」
「そうなんですか」
「当然わざと白いタオル買ってくわよ! さあ行くわよ!」
「ちょっ! サーチ服着てください!」
さーて……温泉浸かって疲れをとって……明日もがんばりますか♪
裸エプロンから裸ワイシャツ、最後には野外露出までこなしちゃうサーチでした。
日常を追うだけでサービス回となる、という生活って一体…。
明日から新章です。