第二十六話 ていうか、長い戦い? の果てに……。
ダダダダダ……どたどたどた……バタッ
「……はあ……はあ……く、苦しい……もう走れん……」
「お急ぎください! 追っ手がかかるのも時間の問題です!」
「はあ……ひい……くそ、何で私がこんな目に……」
「ま、自業自得ってヤツじゃない?」
「なっ!? 貴様は……」
ぶずっ
「が! ……っ……」
ドサッゴト……
へ? ゴトって…………金塊っすか。
「部下に何を持たせてるのやら……さて。これであんただけよ……生き残ってるのは」
「う……うわあああっ!!」
ありゃ。頭を抱えて「私は悪くないんだあ!」モードに入っちゃった。
「ねえ? 話は聞けますかー? もしもーし?」
「うわあああああ! ひあああああ!」
「あ、背中にムカデが」
「うっきょおおおおおおおっ!! ムカデ嫌! ムカデ嫌い! あぎょうえええ!!」
私が言った冗談を真に受けて、上着を脱ぎ始める。汗だくギトギトのおっさんの腹がゆっさゆっさ……。
ていうか誰得!?
「はいはいムカデいませんムカデ消えましたー」
「あひゃあ……え? い、いないんだな?」
……やっと正気に戻ったか。
「いないですよ……さて、アプロース公爵さん。よろしいですか?」
一瞬公爵の顔に恐怖が浮かんだけど……やがてガクリと頭を垂れた。
「我が野望も潰えたか…………殺すのなら痛くないように」
「ちょい待ち。あんたの命なんか興味ありませんから」
「…………私の……命が……『なんか』……」
ちょっと! 変なとこでショック受けなくていいから!
「それよりも! 私が欲しいのは〝死神の大鎌〟なのよ! さっさと出しなさい!」
「……は?」
「は? じゃないわよ! 私達は最初から大鎌が目的だったの!」
「……保守派を潰すのが目的じゃないのか?」
「んなもん知ったこっちゃないわよ! それより大鎌を出せっての!」
「……ふふふ……ふははは……はははははははははぱきゃ!」
「何がおかしいのよ! さっさとしなさい!」
「ふふ……とんだ茶番劇だ。我々が勝手に誤解して暴発しただけだったのだな…………〝死神の大鎌〟だけでいいのか? 他には何も望まないと?」
「あのねえ……はっきり言うけど、私にとっては帝国の保守派がどうなろうと知ったこっちゃないし、帝国が滅びようが栄えようが関係ない。今の私にとっての最優先事項は、仲間と温泉なのよ!」
……公爵はしばらくポカンとしていたが……しばらくして何かを悟った顔をした。
「…………冒険者はやはり冒険者、か…………まあいいだろう。お前は優勝することに等しいことをやってのけたのだ。大鎌はくれてやる。だが」
だが? まさか……。
「私は持っていない。持てるはずがない」
「は?」
「〝死神の大鎌〟は私の屋敷にある。二階の倉庫の中だ」
「わかった」
タタタ……
「ふ……ふふふ……本当に私の命を奪わずに行きおった……いや、私はあの女に相手にすらされていなかったのだな…………この私が……」
……何か愚痴ってたけどスルー。
結果的に公爵の命を助けてしまったわけだけど……これが後に騒動を巻き起こすことになる……のかもしれない。ま、どうでもいいけど。
「……わかったわよ! 公爵が持って逃げてるんじゃなかったわ!」
帝国軍がボッコボコのけちょんけちょんに負けてるのがわかった私達は、目的の品だった〝死神の大鎌〟を探していた。
だが、ない。
あんなクソデカい鎌がない。
「……もしかして……皇帝か公爵が魔法の袋か何かに入れて持ち歩いてるのでは?」
エイミアがボソッと言ったことに望みをかける。
皇帝はすぐに見つかり、近衛兵を軽く片付けると。
「ひ、ひいっ…………こ、ここ公爵がも持っておるはず……」
ガタガタ震えながら白状した皇帝は放置して、公爵探しに専念した。
で、私が逃げる公爵を発見した……というのが今までの流れだ。
「皇帝を……陛下をあんな扱いしてよかったんですか?」
「いいのよ。あんな皇帝じゃ、どのみち帝国は滅んでいたでしょうから」
ていうか「陛下」をつけ忘れそうになったエイミアもなかなか不敬よ。
「それよりも〝死神の大鎌〟よ。アプロース公爵の屋敷を探すわよ!」
ちょうど走ってきた帝国の兵士を捕まえて、尋問したら、あっさりとアプロース公爵の屋敷を教えてくれた。
自分の命が惜しい、ということも当然あるだろうけど……公爵って人望ないのね。
「……あんたも頃合いを見て逃げた方がいいんじゃない? たぶん帝国は長くはないわよ?」
「……わかっている。オレと同じように、帝国軍に関わったヤツは全員理解してるさ……帝国の異常さに」
異常さ……ね。
無能さの間違いでは?
「それに……故郷に帰って結婚」
「ストップ! ストーップ!! そこから先は言っちゃダメ!」
「式を……へ?」
「はい、これ旅費ね。これ持って今すぐ旅立ちなさい!」
「は? そんな急に」
「いますぐ旅立つか〝深爪〟のリルにイジメられるか、どっちか選べ!」
「今すぐ旅立ちます! ご配慮ありがとうございました! では!」
ばひゅんっ!
……猫とネズミが仲良くケンカする、アレ並みの足捌きで逃げてったわね……。
「……サーチ……てめえ……」
あ、リルがめっちゃ怒ってる。
「ま、いいじゃない。あんたの異名のおかげで、一つの尊い命が救われたんだから……」
「……はあ?」
死神の魔の手からね。
「……あの建物ね」
あの兵士が「まっすぐに行って一番目に付く建物」って言ってたけど……確かに目に付くわね。
「………………派手ですね」
派手って言葉がようやく慰めになるくらい……ひどい。
「趣味わりぃ〜……」
「何でこんなに竜の頭が飾ってある?」
一応だけど……本物じゃないからね。でもリジーの言うことはわかる。何故かこっちの世界の成金って……妙に竜の頭を飾りたがるのよね……。
「……外観の批評はそのうちやりましょ。今は何より〝死神の大鎌〟!」
「あ、そうでした! あまりの趣味の悪さに、圧倒されちゃいました!」
最近、エイミアの天然の中に、毒舌のエッセンスが加わったわね……。
「確か二階って言ってたから……」
進みながら倉庫を探す。
「クンクンクン……芳しい呪いの香り……こっち」
そうだった。
こっちには呪い探知機がいたんだった。
「リジー、任せたわよ!」
「サーチ姉、任された」
リジーを先頭に進む。
たまーにこの家の衛兵がいたりするけど。
「何者だ貴様らんぎゃあ!」
「曲者だ! であえ、であぐふぉ!」
……全員ある場所を押さえて悶絶していた。男の人って大変ねー。
「……お前……止めてやれよ……」
はいはい。
「サーチ姉、ここ!」
正面に観音開きのドア!
「どっっせいいいいいっ!」
そのままスピードを緩めずに、ケンカキックをぶちかます!
ばっごおっ!
ドアが吹き飛んだ先には……。
「「「「こ、これが〝死神の大鎌〟……」」」」
「……ちょっとリル! 後ろからちゃんと押してる!?」
「うるせえ! サーチこそ、しっかり引っ張ってんだろうな!」
「二人とも! そんな事を言い合ってる暇あったら、もっと力いれてください!」
「んぎぎぎぎぎ……重い! 動かない!」
確かに〝死神の大鎌〟はあった。
あったんだ。
あったんだけれども!
「デカいとは聞いてたけどよ! 重さとデカさが釣り合ってねえだろ!」
私達四人がかりで屋敷から出すにも大変。結局二階の窓から突き落としたんだけど……そこから動かせない。
……あまりの重さに魔法の袋にも入れることができない……とわかったとき、ようやく公爵が言っていた「持てるはずがない」という言葉の意味を悟った。
「それじゃいくわよ! せーの!」
「「「「ふんぬ〜!!」」」」
……ズズッ
「はあはあ……よし、動いた」
「おおっ!? やったな!」
「どれくらい動きました?」
「…………2㎝くらい」
………………マジっすか。
「さ、さあ! もっとがんばるわよ!」
「「「お、お〜……」」」
それから五時間ほどがんばったけど、ようやく300m進んだところで。
「呪剣士が装備した場合にのみ重さが緩和される」
……ということに気づいた。ていうか、もっと早く試せばよかった……バタッ。
閑話を挟んで新章です。