第二十三話 ていうか、そろそろ帝国の貴族の皆さんとおっ始めましょうか!
「うぎゃ」
「ぐえ」
「あがあ」
ドサドサッ
「あの……?」
「こいつら魔術で私達が泊まってる旅館に強力な呪詛を飛ばしてきた連中で、アプロース公爵の下っぱです」
「ア、アプロース公爵の!?」
「これが証拠の魔術符。こいつらのアジトに行けば、魔方陣もありますから」
「ま、魔方陣が残っているのですか! それは強力な証拠になります」
「ついでにこいつら、私達が泊まってる旅館のあちこちに監査水晶仕掛けまくって、覗きまでやってました」
監査水晶は現代でいうカメラ。この場合は盗撮用に小型化したものね。
「な、何という羨ま……じゃなくて破廉恥な真似を!
「……あんた今『羨ましい』って言いそうになってなかった?」
ここに来てから、視線が胸に固定されてるのは、とっくに気づいてますからね。
「あ、それと」
「ぐえ」
「がはっ」
「おうえ」
ドサドサッ
「ま、まだいるのか!?」
「こちら、旅館の方々。そちらの変態魔術士達とグルでした」
「グルだと?」
「魔術士達からお金を貰って、監査水晶を仕掛けるのを黙認していたそうです。これは証拠の裏帳簿」
「な、な、何と……」
「「「あとはよろしくお願い致します」」」
「よろしこ〜」
「……何か気前よく手柄を譲ってやりたくない相手だったな……」
非常に同感だけど仕方ない。
「アプロース公爵と表立って対立してるのって、ソサエト侯爵くらいのものでしょ?」
帝国内で勢力を分けると、大きなもので二つある。
一つはアプロース公爵が主導する最大勢力「保守派」だけど……要は権益を守りたい連中の集まり。国のためってより、自分達の利益のために行動するような連中だから、団結力はないに等しい。何か大きな政変でもあれば、すぐに分解するだろう。
そして二番目に大きいのが、ソサエト侯爵が中心となって作られた「改革派」だ。
今の帝政に不満を抱く連中や、民の幸せを第一に考える人達が集まっている。なかには「保守派」から叩き出されたような貴族もいるため、こちらも一枚岩ではない。ただ主導しているソサエト侯爵がかなり有能で、人望が厚い人物らしいので、その点はアプロース公爵に勝る。
「まあ、今の帝国でアプロース公爵に物言えるのは、ソサエト侯爵だけだろうな。でも無類の女好きっていう欠点があるから……これって改革派のアキレス腱だな」
ま、どちらにしても、帝国の勢力争いなんか知ったことじゃないけど……ソサエト侯爵が失脚するのは、やっぱり女性問題になるんだろうな。
「でもソサエト侯爵家の門番も、セクハラオヤジっぽかったよな? もしかしてソサエト侯爵の女好きは伝染するのか?」
……知らんがな。
結局アプロース公爵の刺客やら魔術士やらに引っ掻き回されて完徹。
「ふあ〜あ……眠たい」
「ちょっと、大丈夫ですか?」
大丈夫じゃない。
もしかしてアプロース公爵の狙いって……寝不足だったとか?
「結果的に私への妨害工作は成功したわけだ」
「もしかしてサーチを寝不足にすることが今回の狙いだったとか?」
エイミアと一緒のこと考えてたよ!
「んなわけないでしょ! わざわざ寝不足狙うくらいだったら、毒でも盛ったほうがよっぽど効果的よ!」
「あ……そうですね」
ぴんぽんぱんぽーん♪
『もうすぐ決勝戦前のセレモニーが始まります。関係者の方は至急メイン会場までお集まりください』
ぴんぽんぱんぽーん♪
「何? 今の……」
「え? 集合を促す」
「そこじゃない! ぴんぽんぱんぽーんってヤツ!」
何でこっちの世界には中途半端に前の世界の影響があるの?
「……何でしょうね。でも昔から呼び出しのときはあの音が流れますよ?」
世界共通!?
ていうか、次元を超えて共通なの!?
「もはや神の領域……」
「へっ!? ぴんぽんぱんぽーん、がですか!?」
エイミアがしばらく難しい顔をして。
「……神の領域って……〝知識の創成〟のですか?」
……一気に安っぽくなったわね。
「まあ……真剣に考えるようなことじゃないんだけど……」
「急がないとまた怒られますよ?」
「……そうね」
審判とかはどうでもいいんだけど〝刃先〟を怒らせるのはヤバそうだし。
「こら」
「ごめんなさい」
何なの……「こら」だけなのに、このプレッシャー……。
『あまりに遅刻が多いようでしたら、ペナルティがつきますよサーチ選手』
「はい……ていうか、これ最後の試合じゃないの?」
『はうあっ!? そうでした、決勝戦でした!』
大丈夫なの? この司会者。
『気を取り直しまして……』
「「気を取り直すのあんた」」
『はうあっ!? 厳しい突っ込みであります』
ていうか、どうでもいいからさっさと始め……!?
ドスドスドスッ!
「あ、あっぶないわね!」
立っていた場所に矢が数本突き立っている。放った敵の姿を探していると、視線の先に弓を構えた帝国兵が写った。
「どういうつもりよ!」
「第二射、用意!」
抗議を無視して矢をつがえる兵士。
「射て!」
ビュビュンッ!
再び矢が殺到する。
横に跳んで避ける……が。
バシバシッ!
突然、矢が弾けた。
「……どういうつもりですか?」
矢を≪電糸網≫で防ぎながら、普段より低いトーンでエイミアが言った。
「ぎゃああ!」
「ぐああああ!」
「……私達にケンカ売るつもりか?」
弓を持った兵士を全員鋭い爪で斬り裂いたリルが、目をすうっと細めて言った。
「ええいっ! 騎兵隊前進! 相手は女三人だけだ! 数で押して踏み潰せ!」
今度は会場ゲートが開き、すでに待機していたであろう騎兵隊が前進を始める。
けどゲートの前には〝首狩りマチェット〟を肩に担いだリジーがいた。
ぶおんっ!
「うぎゃあああ!」
「あああああっ!」
「ヒヒーン!」
マチェットの餌食になった騎兵や馬が、血を撒き散らして倒れる。
「たったこれだけ? 私を越えていくつもりだったら全然足りない」
大鉈から滴り落ちる血を全身に受けながらリジーが言った。
「クソがああ! 冒険者のクズどもが、我ら帝国貴族に歯向かうかああ! 我らの情けで生きていられる愚民が調子に乗るなあ!」
半狂乱になった貴族らしき将校が剣を抜く。
「貴様らのようなクズは、我が剣の錆にしてくれる!!」
荒れ狂う馬に揺られながら私に突っ込んでくる。エイミア、リル、リジーの三人はそんな将校を冷やかな目で見ていた。
「あんな遅い攻撃がサーチに当たるわけないじゃないですか」
「馬の揺れで剣がブレてる。騎兵としても三下だな」
「何より……サーチ姉に勝てると思っていることが愚か」
「うがあああっ!」
将校の決死の特攻。当たれば一撃で決まる。
「当たれば、ね」
「がああ……あ?」
将校は呆けた顔で後ろに座っている私を見た。
「私の動きが見えなかったでしょ? それが私とあんたの差よ」
「…な、何なんだ! 一体どうなってるんだ!?」
「……まあ一人で嘆いてくれたっていいけどさ、危ないよ?」
「へ? ぐぎゅ!」
馬から飛び降りてから一秒も経たないうちに、将校は壁に馬ごとぶつかって潰れた。
「危ない危ない……スピード出し過ぎ事故の元ってね」
「おいサーチ。大量のお客さんが来てるぞ」
リルが近寄ってきて指差す。その先には、帝国の戦闘部隊がわらわらと集まっていた。
「やれやれ、帝国そのものが喧嘩を売ってくるとはね」
「〝刃先〟も手伝ってくれるのかしら?」
「すでに巻き込んでおいてよく言うよ……まあ、乗り掛かった船ってやつだね」
そう言えば「向こうのザコをぶっ潰しておいて」って頼んだんだった。律儀なヤツで助かるわ。
「おい、国賓席にいたルーデルも暴れ始めたぞ」
ルーデル……あんたまで戦わなくてもいいんだけど……ま、いいか。
「さあ、せっかく売られたケンカだから、派手にやりましょう!」
「「「おーっ!」」」
「……仕方無い。シャアちゃんの為に、院長先生も頑張っちゃいますか」
!!?




