第十二話 ていうか、帝国に対抗するためにちょっと悪巧み♪
私の試合が終わる頃には、観客席はまばらになっていた。やっぱり貴族がメインの大会だと、こんなもんなんだろうな……。
「ま、別にいいんだけどね」
「何か盛り上がりには欠けるな」
全くだ。戦いのときには、テンションも結構重要になってくるからね。
「……帰りますか」
「あれ? エイミアは?」
「リジーもいないわね」
私とリルは顔を見合わせる。
「「釣れた!」」
たぶん、貴族の揺さぶりだ!
「私はエイミアを見てくるわ」
「じゃあ私はリジーだな……ヘマすんなよ」
「誰に言ってるのよ……あんたこそね」
そう言って私達は別れた。
「……嫌です! 何回も同じことを言わせないでください!」
あ、エイミアの声だ。
一応相手にバレないように、天井裏に潜り込んで……と。
ゴソゴソ……カタン
よーし、ばっちこーい! ボロ出してよボロ!
「何回も言いたくないのはこちらも同じなんですよ、お嬢さん。あなたは明日、間違いなくうちの坊っちゃんに負けます。実力差は明らかなんです」
ほー……言うね。
「しかし心優しいうちの坊ちゃんは、美しいあなたを傷つけたくない、辱しめるような負け方はさせたくないと仰る。そのうえ、お嬢さんの事を更に配慮なさってお金まで渡すように、とのお心遣いです。このようなありがたいお話はまたとないと思いますよ」
見事なほどの恩の押し売り。
「いい加減にしてください、何度言われても返事は変わりません。私は八百長みたいな汚ない真似は絶対にしません!」
懐に手を入れたヤツが一人。ナイフか。エイミアなら問題ないとは思うけど……一応。
「下手に出てれば、いい気になりやがっいでえ!?」
「へ? いでえって……あ、サーチ」
奪ったナイフを捨てながら、エイミアに拍手した。
「よく言ったよく言った! それでこそパーティの主砲よね!」
よく外れるけど。
「……? 何故か誉められた気がしないんですけど…?」
何でその鋭さは私に対しての限定なのよ。
「でもかっこよかったわよ〜〜!! 『八百長みたいな汚ない真似は絶対にしません!』とか言っちゃって! なかなか言えないわよ、あれは!」
「……おい!」
「ああいうバカにはね、はっきり言わないとわからないのよ。まあ言ってもわからないか」
「おいっっ!!」
「あーもー、『おい! おい!』うるさいわねっ! 小学校からやり直して『おい!』以外の言葉を覚えなさいよ!」
あ。おいおい男が、顔を真っ赤にして怒ってる。
「ちょっとサーチ……」
「エイミアも覚えておきなさい。こういうバカな男は、甘やかすとつけあがるのよ」
「ク、ク、ク……」
「あら、『おい!』以外言えるのね」
「ク……クソアマアアアアッッ!!」
ずびしっ
男の手が私に届くより早く、手刀が男の首筋に極まる。
「があっ……あ……」
……ドサン
「ふん。挑発に乗って突進してくるヤツなんか、チョチョイのチョイよ」
他の連中はエイミアが≪蓄電池≫で仕留めたらしく、仲良く地面に転がっていた。
「ふう……それはそうと、何で天井から下りてきたんですか?」
「ん? 上から見てたのよ。何か口を滑らさないかと思ってね」
「要するに……私をエサにしたんですか!? 酷いです!」
「あんたがザコ相手に後れを取ることなんてないでしょ」
「さ、さらに酷いです! 私はか弱い女の子なんですよ!」
「モンスターを釘こん棒で撲殺するような女の、どこがか弱いのよ!?」
エイミアは「うっ!」と唸ってから何も言わなくなった。
「どうやらリジーも呼び出し食らったみたいだけど……リルが向かってるから心配ないわね。こいつら縛ってから連れてくよ」
「え? 縛ってって……この人達どうするんですか?」
ニヤリと笑って言ってやった。
「それはね。うちのパーティには異名持ちがいるでしょ?」
「……はあ?」
「さあ、キリキリ吐きなさい! じゃないと〝深爪〟のリルの拷問が冴え渡るわよ?」
「ふ、深爪!? うわああああ!! 嫌だああああああ死にたくねええええっ!!」
「頼む! 頼むから〝深爪〟を呼ぶのだけは止めてくれえええ!!」
「ひ、ひっく……お、俺まだ五体満足でいたいのに……う、うえええええええええ!!」
スゲえ。
リルの異名にはどれだけダークなイメージが付属しちゃってんだか。
「じゃあ聞きたいことは一つだけ。あなた達は表なの? 裏なの?」
「……?」
「表裏って……何のことだ?」
「さあ……」
「…………!」
見っけ。
「右から二番目のあんた。あんただけ居残りね」
「な……!?」
「残りは……エイミア」
バチバチッ!
「ぎゃっ!」「がっ!」「ぐっ!」
「……気絶させましたけど……これでいいんですよね?」
「OKよ、ありがと」
阿吽の呼吸、てやつね。
「……何で表だの裏だの知ってやがる」
一人だけ何もしなかった男が、悔しそうに聞いてきた。
「だって、あんた今度のエイミアの相手と、縁も所縁もないでしょ?」
「……いや、俺は坊っちゃんにお仕えしている……」
「はいそれ嘘ね」
「なん……」
「坊っちゃんには坊っちゃんだけど、もう三十代後半のバリバリの軍人よ? 昔から仕えてた老人が坊っちゃん呼ばわりするのはわかるけど、あなたはどう見ても二十代よね? 坊っちゃん呼ばわりは流石に無礼でしょ?」
「……ははは……確かに情報通りだ。頭が切れるってのは本当だな」
「評価してもらえてるようでありがたいけど、今回はあなた達がマヌケだっただけじゃない?」
「ちげえねえ。こんな単純なポカにも気づかないとは……焼きが回ったな、俺も」
「自戒は一人で勝手にやって。私が聞いたことの答えがまだなんだけど?」
「……表だ」
やっぱりか。
国家そのものが相手ってことね……。
「さ、これで終わりだ……さっさと始末するんならしてくれ。情けがあるんなら、苦しまずに死にたいもんだ」
「え? 死にたいの?」
「へ? 殺さないの?」
「噛み合ってるのか噛み合ってないのか、よくわかりません」
エイミアがつっこみ役になるなんて珍しいわね。
「生かしてくれるってか? 俺に何をしろと?」
「別に……パシリになってもらうだけよ」
「……マジかよ……」
「とってもマジよ。さっさと旅支度しなさいな」
「……お前……俺が逃げ出すとは思わないのか?」
「心配御無用。ちゃんと表にあなたの裏切り情報を流しておくから。早く行かないと刺客がきちゃうわよー♪」
「っ!! くそ、いつか仕返ししてやるからな!」
そう言って男は走り去った。
「サ、サーチ? 逃げちゃいましたけど?」
「いいのよ。あいつが助かる方法は一つしかないから、死に物狂いで新大陸を脱出するでしょうよ」
「………???」
私が聞いた「表か、裏か」というのは、当然ギルドのことを指している。新大陸で表のギルドに所属している場合は……ギルドが帝国によって運営されている以上、国に雇われている人間ということになる。
つまりあの男は帝国の密偵だ。その密偵がトーナメント参加者に八百長を斡旋しているのだ。帝国がシナリオを書いた出来レースだと言っても過言ではないだろう。
もしもこのことがバレたら……帝国は一番大事な「信用」を失うことになる。当然、闘武大会の運営どころではない。今後の外交にも大きな影響が出ることは間違いない。あの男はそれを成し得る生き証人となっちゃったわけだ。そりゃ一生懸命逃げるわよね。
そして、この世界で帝国に唯一対抗できるのは……おそらく新大陸以外のギルドだろう。それに頼るしか、あの男が生き残る術はない。
あの男が新大陸から脱出して、帝国の信用を失墜させることができれば最高。途中で捕まって殺されても、私達には被害はない。
まあ、確率の低い布石だ。当たればラッキー……な程度のね。