第一話 ていうか、泣きなさ~い♪
「ホープ、元気でね」
「幸せになりなさいよ」
「んうっ」
精霊シスターズが別れを惜しむ。それを見ていたイロハはナイアに向き直り、深々と頭を下げた。
「月ちゃん、色々とご迷惑をおかけしました」
「いえ、気にしてませんわ」
「勝手に殺人鬼堕ちして勝手に拉致って連れ回して、結果的にヴァルちゃんから引き離す事になってしまいました」
「あぁ、それは許しませんわ」
「えっ」
「だからその分も、ちゃんと幸せになりなさいな。そうしたら許してさしあげますわ」
「え、あ、はいっ」
「宜しい」
ふふっ。何だかんだ言っても、ナイアも寂しいのね。
「とは言ってもそろそろ出発しないとね。ナイア、フレア、ウォータ、行くわよ」
「あ、はい……ホープ、じゃあね」
「バイバイ。またいつか」
「んうぅ……また会うです、いつか」
「イロハ、しーゆーですわ」
「しーゆー?」
「イロハ、再見」
「つぁ、つぁいつぇん?」
……遠ざかっていく私達を、二人はいつまでも見送っていた。
いつまでも、いつまでも。
「ふえええんっ」
「ぐすん、くすん」
「ほらほら、いつまで泣いてんのよ」
「だ、だってぇ」
「ぐすん、ふえええん」
今までに何回も仲間と出会って別れてを繰り返してきたけど、これだけはいつまで経っても慣れないなぁ。
「サーチは……泣きませんわね」
「まあ……ね」
「泣いても宜しいのですわよ?」
「大丈夫よ」
「泣きたくありませんの?」
「泣けないわけじゃないんだけど、フレアとウォータに涙を持ってかれちゃった、かな」
それに、人前で泣くのはあまり好きじゃない。
「泣きたいのでしたら……ワタクシの胸で泣きなさいな」
「だから、泣かないって」
「泣きなさいな」
「泣かない」
「はあ、泣きなさいな」
「だから、泣かないっての。ほらほら、先に行くわよっ」
しつこいなあ、もう。
そして夜。
「……泣きませんでしたね」
「……泣かなかったわね」
「……泣きませんでしたわね」
「くーっ、すぴー」
「流石にサーチお姉様でも泣くと思ってたんですが」
「泣かなかったって事は、やっぱりサーチお姉様は冷血なんだわ」
「そうですわね、サーチは冷血ですわ」
「く、すぴー、くーっ」
「冷血サーチお姉様に涙させるって、やっぱり難しいですよ」
「でも冷血サーチお姉様だって生きてるんだから、涙くらい流すでしょ」
「はい。流石に冷血サーチだって泣きますよ」
「す、すぴぃぃ」
「ならこのまま継続ですね」
「泣くか泣かないか、ではなく誰が泣かすか、だよね」
「ですわね。泣くか泣かないかでは賭けが成立しませんわ」
賭けって……何か様子がおかしいから、寝たふりをして話を聞いてたけど……このバカども、人をダシにして賭けなんかしてやがった。
「あの、今更なんですが」
「はい?」
「改めて、はじめまして。水の一族のウォータです。月の魔女様でいらっしゃいますね?」
「ええ、そうですわ」
「月の魔女……様だったの!? じゃなくて、でしたの!?」
「普通で宜しくてよ。あまり堅いのは好きじゃありませんわ」
「そう? なら月子さんって呼ぼうかな」
「月子さん、いいですね。私もそうします」
「月子……ま、まあ、構いませんけど」
ていうか、自己紹介する前に賭けが成立してるっておかしいだろ!
「ならお二人は……火に子でヒコ?」
ヒコって……ポケ○ンにそんな鳴き声のがいたような。
「ウォータは水で……ああ、それに子は不味いですわね」
それはアウトだ。
「ならワタクシはファイア子とアクア子と呼ばせて頂きますわ」
余計に長くね?
「あ、だったら私はムーン子……いや、ムン子って呼ぼうかな」
ムン子て。
「わかりましたわ」
いいのかよ。
「ならこれから宜しくお願いしますわ、ファイア子、アクア子」
「「はい、ムン子」」
いやいや、何か変じゃね?
「「おはようございます、サーチお姉様」」
「お、おはよう」
こいつら、私を泣かすために何か仕掛けてくる……?
「サーチお姉様、オシボリです」
「え? あ、ありがと」
何で急にオシボリ?
つーんっ
「っ!? な、何これっ」
「あああ、水と間違えてメンソールに浸してしまったああ」
み、水とメンソール間違えるわけないでしょ!
「め、目にしみる……!」
「あ、ああ、泣いた! 泣きましたよね!?」
「こ、これが泣いたって言えるのかな?」
「泣いたのには違いないわ! やった、私の勝ちだあ!」
「…………ワタシハカカワッテマセン、シリマセン」
そう言って下がっていくウォータ。
「え、ウォータ、どうしたの?」
満面の笑みで振り向いた先には。
「……フレア。こんな方法じゃなく、物理的に泣かせてあげましょうか」
「え゛」
ボロボロ涙を流しながら、殺気を膨らませる私がいた。
「ワタシハカカワッテマセン」
後退りしながら逃げていくウォータにすがるような視線を向けるも。
がしぃ
「ひい!?」
「自分の愚かさを呪いながら、たっっぷり泣きなさい……アクア子さん」
ズドムッドムッドムッドムッドムッドムッドムッドムッドムッ
「うぐげふごふぎゃふおげええっ! ごべんばばい、ごべんばばいいいっ!」
私の膝蹴りカーニバルによって、たっっぷりと泣かされることになるのだった。
「ふふふ、やはりワタクシじゃないと駄目ですわね」
「何がかしら、ムン子さん?」
「え…………サササササーチ!?」
「お待たせしました、冷血サーチの登場です。さて、ナイアは私をどう泣かせるつもりだったのかしら?」
「ききき聞いていたのですか!?」
「はい、最初っから最後まで」
ムンクの叫び状態のナイアが、私の膝蹴りによってフレア以上に泣かされることになるのは、もう少しあとのことである。
ちなみに、ナイアが私を泣かせる手段として用意していたのは。
「ごん○つね」
「泣いた赤○」
「マッチ売りの○女」
メジャーな泣き物語だった。ていうか、流石にこの歳になってこれでは泣けないんですが。