第九撃っ! ネゴシエーター!
さらに半月が過ぎたころ、ついに。
「炎の王様、長老様、船です! 船が接近してきます!」
人間側が動いた。
『ふん、また無駄な抵抗を試みてきたか?』
「待つのだ、炎の王よ……相手はどのような様子だ?」
「小さい船で白旗を上げながら進んでいます。武装もしていないようです」
武装解除してて、しかも白旗か……普通に考えたら、停戦申し入れの使者なんだろうけど。
「ホープ、こっちの世界……いえ、この大陸では白旗って無抵抗とかって意味でオーケー?」
「んう、それです」
「なら、受け入れざるを得ないわね。ここでその船を攻撃したりしたら、完全に停戦への道は絶たれるわ」
そうなったら最後、どちらが降伏しようと根絶やしにするまで戦闘は続く、最悪な絶滅戦争へと発展するだろう。
「そうなったらイロちゃんとも……」
「まあ、友達に戻れることはないでしょうね」
「んううっ!?」
「ま、心配しなくても大丈夫よ。イロハにはナイアが憑いてるんだし」
月の魔女であるナイアは、何故かこの大陸では人間からも精霊族からも信頼されている。何とかなるだろう。
『ええい、そのような小船は我が沈めてくれる!』
ていうか、やっぱり炎の王は暴走開始。
「ま、待ってください! そんな事をすれば……」
『ワシらの苦労は水の泡じゃぞ!』
『うるさいうるさい! 我は炎の王だ! 貴様等の支配者なのだ! 我が意思に従うが支配される者の責務なのだ!』
はあ、また始まったのか、ワガママ王様の暴走。
「ほらほら、水の長老の出番ですよ」
めっちゃ乗り気じゃない雰囲気の水の長老は。
「……おほん」
かなり控えめに咳払いをする。
『ひゃう!? あ、いや、支配者たる我は、皆の安全安心な生活を第一に考えねばならぬ。それこそが我が意思なり』
ウソつけぇ! と全員が視線で訴えるが、唯我独尊の炎の王は気づかない。
「なら炎の王、このまま使者を受け入れるってことでいいのね?」
『何だ、娘。お前にはこの場で発言する権利は無いわ。余計な事を言うなっ!』
「…………水の長老様~♪」
「ん、んんっ! ごほん!」
『はわわわ……わ、わかった、発言を許可しよう。寛大な我に感謝しつつ、発言するがよい』
「ていうか、あんたは交渉の場に出ちゃダメだからね」
全員頷いて私の意見に賛同する。あ、炎の一族の人達まで頷いてるし。
『何だとぉ!? トップ同士で話し合うのに、一番偉い我が外れるとは、どういう了見だ!!』
「どういう了見も何も、あんたみたいなワガママ世間知らず王様失格ヤローが出てきたら、纏まるもんも纏まらないわ」
『な……!』
あ、ちょこっと本音が漏れちゃった。
『き、きき、貴様ぁ………………もはや許さぬ! この場で手打ちにしてくれ』
ぴゅーっ
『うっぎああああああごめんなさい許してくださいずいまぜんでじだああああっ!!』
水鉄砲一丁で敗退。これで一族最強ってホントなのかしら。
それから水の長老を先頭に必死に説得し、どうにか口を出さないことは確約させた。その代わり、出席することだけは絶対に譲らなかった。
『王たる我が、そのような重要な場に居ない訳にはいかぬ。これは一族の長たる我の責務なのだ!』
ま、一応筋は通ってるし、確かにいないのは相手に対して失礼だ。
なので。
「ようこそいらっしゃった」
「いえいえ、受け入れていただきありがとうございます」
『な、何故あのような低姿勢で』
「撃つわよ」
『ひぅ! な、何でもありません』
玉座のすぐ後ろで、私が水鉄砲を隠し構えてることとなった。
「む……? そちらのお嬢さんはもしや」
「はい、人間側では高名でしょう。ヴァルキュリアと呼ばれている方です」
「おお、貴女様が! お噂は常々」
「……どうも」
今でもヴァルキュリア設定は生きてるのかよ……人間裏切った辺りで消えたものとばかり。
『ヴァルキュリア? お前が? 笑えるな』
「……水の長老様~」
『わわわ悪かった冗談だ冗談だ』
やっぱしゃべらせらんないわ、こいつ。
「で、今回の訪問の目標は?」
「はい。我々としましては、無期限の停戦を申し入れたく参上しました次第で」
「ほう……無期限の停戦、ですか」
交渉役の炎の一族は、チラチラと炎の王を見やる。
『そんかものは断固として拒』
「バケツでざばーっ」
『拒……許可せざるを得ないではないかっ』
拒が許に変化した辺りで、人間側の使者の表情が明るくなる。
「おお、炎の王がそう仰ってくださるとは」
『し、仕方無かろうが』
そうね、そう言わないと水が降り注ぐからね。
「ならば我々の要望を聞いていただける、という事でよろしいか?」
『貴様等の要望など、聞く耳持』
「シャワシャワー」
『持……っておるわ!』
「は、はい?」
「炎の王は交渉に応じる、と仰っておられるのです」
言い回しが妙だったけど、交渉役のフォローのおかげでどうにかなる。ナイスアシスト!
「そうでございますか! では細かい条項を詰めていきましょう」
こうして始まった停戦交渉は、炎の王の暴走を私の脅しと交渉役のフォローによってどうにか綱渡りし、無事にまとまっていった。
ただし。
「この件に関しましては……一旦持ち帰るしかありませんな」
「そうですな。次回に持ち越し、となりますな」
どうしても一点だけ、合意に至らなかった条項があった。
「どこを国境線とするか」
「それが最大の焦点ですね」