第六話 ていうか、リルがモデルデビュー?
「そういえば、頭に血が昇っちゃって、すっかり忘れてたけど…」
抽選会が終わってから、私達は旅館に戻って夕ご飯を食べながら飲んでいた。
「〝刃先〟は第何試合なの?」
エイミア達はお互いに視線を送って、お互いに首を振る。
「……サーチ……〝刃先〟の本名は?」
本名!?
「……ん〜……何だったっけ?」
そういえば〝刃先〟が異名をわざわざ登録するはずないか。
「それらしい雰囲気の出場者もいなかったですし……」
そりゃそうでしょ。アサシンのスペシャリストが、そんな簡単に素性がバレるようなことしませんよ。
「しまったな〜……ヒルダさんを追っかけたりしなければ……」
初戦で〝刃先〟と対戦……なんてイヤよ。
「あ、それは無いです」
「何で言い切れるのよ?」
エイミアはニッコリと笑って。
「はい。私がサーチの初戦の相手です」
げっ、マジか!
「初戦でエイミアとか……きっついなあ」
エイミアとは戦いづらい。≪蓄電池≫は中距離で最も効果を発揮するし、近距離戦でもエイミアはこん棒の使い手である。一番安全な遠距離となると、私には攻撃方法がないからなあ……。
え? 〝逆撃の刃〟があるだろって?
うん、忘れてたわ。
「冗談ですよ〜」
開始と同時にボコる……えっ?
「……何ですって?」
「だから冗談……」
「……何ですって?」
「えと……冗談……」
「……何ですって?」
「あ……ご……ごめんなさい」
「しゃああああおおおおお……」
「え……きゃああああ!」
水面から飛び立つ鳥のように、エイミアを剥いて路上に蹴り出した。
「……さて。リジーは第何試合?」
「これ」
リジーは私に紙を差し出した。
「トーナメントの組み合わせ。メモってきた」
「リジー! あんたはホントにいい子だわ! 今度何か奢ってあげる!」
「じゃあイチゴ大福。できれば今すぐ」
「OKOK! お姉さんにまかせなさーい!」
外で「開けてくださああああい!」と騒いでるバカは放置しておく。
「じゃあリルも行きましょ……あ」
お腹を擦りながら恨めしそうに睨むリルがいた。
しまった……起きた時に寝ぼけてリルに腹パンしたの忘れてた。
「食えねえよ……私は食う気にならねえよ!」
ごめんなさい。
「あ、えーっと……ち、違うモノ何でも奢ってあげるから! ね、ね?」
「よし、聞いたぞ」
え?
「リジーも聞いたな?」
「言質とった」
え? え?
「じゃあ食い物じゃないヤツで……新しい防具一式な」
はああああああああああっ!?
「ちょっと! 高すぎる……」
「何でも……って言ったよな?」
「言質とった」
……うぅ。
「わかったわよ……よく考えてみれば、リルだけ普通の革鎧だったしね……ちょうどいいタイミングだと思うことにするわ……」
「うっし!」
リルめっちゃ喜んでるし、まあいいか。
路上で泣いてたエイミアを回収して、甘味処と防具屋に向かう。リジーにいくらかお金を渡して甘味処の前で別れた。
最初は全員で甘味処に行ってから……なんて言ってたんだけど、リルが。
「イチゴ大福……かあ」
と、イマイチな反応。実は甘いのより辛い方がいい私もリルに便乗し、防具屋に行くことにした。
別に甘いモノは嫌いじゃないわよ。でも「甘党?」と聞かれると「う〜ん……」という感じなのだ。
ちなみに半泣きでついてきたエイミアは、甘味処に着くや否やパッと明るい表情になって、店内にいそいそと入っていった。意外に現金ね。
「リルは近接がメインだから……軽い防具よね?」
「ああ、それとミニスカ禁止な」
く! 気づかれてたか!
「あ、あれはリルが格闘術メインだって聞いたから、蹴りを出しやすいように……」
「お生憎様。私達、猫獣人は蹴りはあまり使わないよ」
そういえば……そうね。パンチとかエルボーとか引っ掻きとかが多いか。
「猫パンチって知ってるだろ?」
なるほど。
「あれ? でも猫キックってなかったっけ?」
「…るにはあるけど……超近距離の技だ。正直猫キックやるくらいなら、膝の方が強力だな」
確かに。猫キックって子供のじゃれ合いにしか見えないし。
「お、着いた着いた……って、まだ営業中だよな?」
鍵は……。
ガチャッ
開いてる。まだ大丈夫みたいね。
「間に合ったみたいね」
そう言って中に入る。と同時に呆気にとられた。
「どうしたんだよ…………って、何だこりゃ」
リルがおもいっきり顔をしかめる。ムリもない、だって。
『今年のトレンドは黒鉄の胸当て』
『初夏のモンスター狩りを優雅に着こなす』
『激カワ冒険者ミミーも買った! 最新流行の盾』
……前世のファッション誌じゃないんだから……。
「ここ……大丈夫なの?」
完全に実用性より見た目よね。
「……まあ……最近流行ってるみたいだからな」
実際に読者モデルならぬ、冒険者モデルという職業もありますので……。
ちなみにこの世界には武器防具誌も存在します。
「……ファー付の盾って」
「うわ、豹柄の革鎧」
「この兜、何で花が咲いてるのよ!?」
つっこみどころ満載の防具にそろそろ疲れ始めてきたころ。
「……他の店に行きましょか……」
「ちょっと待て」
そう言ってリルは、何かの動物の革にスパンコールやらファーがくっつきまくった派手派手な鎧に見入っていた。
「…………人の趣味はそれぞれだけど……それ?」
「おい、見てみろよ」
「何よ………ん………ええ!?」
この革。よく見れば、超一級品の素材だった。
「これ暴走羊の革じゃない!」
暴走羊とは。
見た目はまーるく毛が生えたコロッコロのかわいい系家畜。
ただ驚かせるとダンゴ虫みたいに丸くなって、ゴロゴロと転がる。これが大量になると、町の一つや二つを完全に破壊してしまうほどの威力となる。これが暴走羊の名前の由来。
また、暴走羊の毛は、敵からの攻撃から身を守る鎧としての効果もある。ただし、暴走羊の毛皮を鞣して加工するのは非常に難しい。毛を残したまま加工するのは更に難易度があがる。
以上の理由から、暴走羊の毛皮は高額で取引されている……。
「これホントに暴走羊なら安いぞ」
どれどれ……あ、ホントだ。相場の半額以下だわ。
「よし、これに決めた!」
そう言ってリルはカウンターに向かう。確かにリルにはピッタリの素材かもしれない。革や鉄だと斬撃は防いでくれるけど、衝撃は殺せないのだ。今日の私の腹パンでリルが悶絶した理由がこれ。
その点、暴走羊は優秀だ。弾力のある毛が斬撃を弾くのではなく流してくれるのだ。さっきのリルへの腹パンで例えるなら、私のパンチは暴走羊の毛で軌道を変えられて、リルはノーダメージだったと思う。
「おいサーチ! 金だ金!」
「はいはーい」
それでも高いけどね。
「お客さーん、ありがとーございますー」
やたらと派手なメイクをして、異常に長くてキラキラなネイルをつけた店員が包装しようと……。
「あ、包装はいいよ。ここで着てくから」
「あ、そーですかー。じゃーどーぞー」
リルは商品を受け取るや否や。
ぶちぶちぶちぃ!
「あーーーーーーーーっっ!!」
店員の絶叫と共に、引き千切られたスパンコールやらファーが床に転がった。
「じゃ、これいらねえから捨てといて」
残骸と化したキラキラの上で_| ̄|〇となった店員に、止めの一言を残してリルは店を出た。
「………」
「ん? 何だよサーチ」
「あのね……少しは製作者のプライドってモノを考慮してあげなさい」
「あ、ああ……」
あの店は、お客から買い取った古い防具を、リメイクして売ってたわけで……。
おそらく暴走羊だとは気づいてなかったのね……。
唯一の救いは、暴走羊の簡易鎧が、キラキラ系ファッションとして使われることは……防げたことかな……。