第八話 ていうか、微妙に呪われた剣。
あの騒ぎから一ヶ月。ずっと基礎訓練の繰り返しが続き、そろそろ音を上げる人達が出始めた。基礎って大事なんだけどね……まあ同じ事の繰り返しだから飽きてきても仕方ない。
何人かの冒険者がギルマスに文句を言いに行ったらしいけど、どうせ……。
「いってー……」
「あの馬鹿力……」
「なんで殴られなきゃいけねえんだよ……」
やっぱり。全員、頭に立派なたんこぶを作っていた。
「ランデルさんの拳骨痛いですからねー」
「そりゃあエイミアが一番もらってるから……ていうか、ランデルって誰?」
「え? 知らなかったんですか? ギルドマスターの名前です」
勝手にギルマスギルマス呼んでたから名前気にしてなかったわ……。
「そのヤンデルさん」
「ランデルさんですよ」
「そう、ギルマス。ますます嫌われてるわね」
「……意地でも名前で呼ばない気ですね」
さりげないエイミアのツッコミをさっくり無視する。
「基礎訓練はただでさえ嫌われる傾向があるのに、学校が始まってからずっと続いてるからね」
「基礎は大事だとは思いますけど…」
優等生のエイミアでさえこの始末……か。ギルマスはどうするつもりなのかしらね。
それからしばらく、ギルマスに対する交渉が頻繁に発生したらしい。流石のギルマスもあまりのしつこさに辟易したらしく、明日に野外演習、明後日に模擬戦を行うことになった。
みんなは「団結の勝利」とか言ってるけどさ~、実行犯の苦労も考えてほしいよね。
え? 何をしたかって?
ちょっとギルマスの飲み物に痺れ薬を盛ったり、寝てるギルマスの前髪をやや後退させてあげたり、近くの騎士団の詰所に「こいつ変態です」って通報したりしただけ。
二三日ギルマスがいなかったのは気のせい。
翌日。
なんだかゲッソリしてるギルマスの号令で野外演習が始まった。今回の演習は二人から三人で組んでのゴブリン狩りになった。討伐証明部位である右耳をどれだけ集めてくるか、ということだ。今でこそ慣れたけど、証明部位が耳ってのは最初嫌だったなあ……なんで皆平気なんだろ。
で、私はエイミアと組んでいる。やはりスリーマンセルが多いな。
でもこちらにはエイミアがいる。エイミアのスキル≪蓄電池≫なら一気にキルできる。私はどうしても一対一のタイマンが主なので一匹で出てきたゴブリンを中心に仕留める。
「ギャギャ!」
なんて言ってたら早速出てきた!
……ん? 木の上に人の気配。スナイパーが狙ってる!
「これは私の獲物だ!」
ザクッ!
「ギャ! ……ウグ……」
頸動脈をこの間盗賊から戴いた黒い短剣で切り裂く。ゴブリンはそのまま崩れ落ちた。
「ふう」
よし、先に仕留めた。銅のナイフを取り出して右耳を切る。
はずだったけど。
ヒュン
羽音に気付いて半歩下がる。私がいた地面に矢が突き刺さった。
「おい、それはオレが最初に見つけたんだ。だからオレのものだ!」
何かほざいてるけど無視して耳を袋に仕舞う。で、そのまま立ち去る。
「ちょ、ちょっと待てよコラ!!」
慌てて飛び降りてくるスナイパー。
「バカねー。着地する瞬間ほど無防備な時は……ない!」
言葉通りに足払い。
「のわっ!」
倒れたスナイパーの腕を取って、腕ひしぎ逆十字固め!
ギリギリギリッ
「ぎああああああ!」
「さっき何か言ってたわよね……もう一回言ってもらえる? よく聞こえなかったわ〜」
ギリギリギリギリギリッ
「んぎゃああああ! わかった! 悪かった! 謝る!」
「言葉に誠意が感じられないわね〜。あと1㎝捻れば二ヶ月は弓が引けなくなるわね〜♪」
ギリギリギリギリギリギリッ
「あがあああああ! すいませんでした! 申し訳ありませんでしたー!」
「……ま、いいか」
腕を離して短剣を仕舞う。その間にスナイパーは泣きながら逃げていった。
「少し……可哀想ですね」
エイミアが少し同情したみたいだけど、情けは無用だからね。
「自業自得よ、あんなの。腕をぶち折られなかっただけマシでしょ」
「……はぁぁ」
エイミアが溜め息を吐いた。
「あ、そういえば。サーチが使ってた黒い短剣。呪われてるから売る、て言ってませんでした?」
……あ、そうだった。エイミアには言ってなかったわ。
「買取り不可だって」
「え? 呪われてる武器でも需要はありますよね?」
まあ、呪剣士なんて職業があるくらいだし。
「……あの剣の呪いってね……斬った断面の二割までしか斬れない呪いなのよ」
三日ほど前。
私が近くの武器屋に短剣を売りにいった時に説明された。
この剣の名前は“不殺の黒剣”といって、武器屋の間では有名な剣らしい。まあ、有名にもなるわね。いくら斬りつけても二割しか斬れないんじゃ武器としては失格だし。
利点は何をしても刃こぼれしないっていう永続性と物体に対しては呪い無効、てことくらい。
でも、私にはぴったりの剣だ。だって、二割は斬れるのなら……頸動脈くらいはイケるわよね?