第十八話 ていうか、帝国貴族が調子に乗ってるみたい。
リルは早々と敗退した。…まあ「負けた」と言うより「自爆した」と言ったほうが正しいか。
勝てる試合だったのに……あそこでムーンサルトプレスを出すからダメだったのよ。
「うるせえ! サーチが『止めの一撃に』って言って私に教えた技だろーが!」
「あんな低いとこから飛んでる時点でダメダメよ! 距離的にも届かないってわからなかったの!?」
「(高い所が)怖くて(下を)見てねえよ!」
……たぶん……どんな経過を辿っても、リルは負けていたんじゃないか……と思う。
こうして。
「ニャンコ仮面」という名のリルの黒歴史は永遠に封印されることに…………なるわけもなく、リルの格好のイジり材料となるのでした。
「どちらにしてもリル、しばらくは耳を隠しなさいよ」
「言われる間でもねえさ……めんどくさいのは御免だし……」
しばらくリルは魔術道具のカチューシャを身につけるようだ。これで耳が隠せるらしい。
「どこにあったのよ、そのカチューシャ」
「実家にあったんだ。やっぱ獣人はいろいろあるみたいでな、結構持ってるヤツは多いらしい」
なるほどね。獣人にとっては必須アイテムなのか。
「それはそうと、次はサーチだろ?」
え? 私?
ちょっと待ってよ……。
私は貼り出されているトーナメント表の日程を確認した。
「…………ええ!? 私、明日になってる!」
少し前に確認した時より早くなってる。
「……こことここ、それにここも……ところどころ順番が変えてあります。私も二日も早くなってます……」
一体どういうことよ!
「……あれこれ推測しても仕方ねえだろ」
そうね……係員に確認してみるしかないか。
「はあ? お前らちゃんとトーナメント表の注意書きを読んだのか?」
やっと捕まえた係員に確認したところ、おもいっきり小馬鹿にするような言い方をされた。
「注意書き?」
……言われてみれば、めっちゃ小さい字が羅列されてるわね。
「こんな小さい字のなんか読んでませんよ」
「ちっ! だから野蛮な冒険者共の相手をするのは嫌なんだ!」
……はあ?
「……あんた何言ってんの?」
何で勝手に試合の順番が入れ替わってるのか、聞きに来ただけなんだけど……少し教育が必要みたいね。
係員の横柄な態度にカチンと来た私は、≪偽物≫で細い針金を作ると、指先の動きだけで係員の羽ペンに巻きつける。
「口の聞き方を小学校から勉強し直した方がいいんじゃない?」
「……貴様……帝都で貴族に逆らうとは……!」
「あらあら? 逆らうとどうなっちゃうのかしら?」
「生きて帝都から出れると思うなよ……!」
「大丈夫よ。その時はあんたの首も」
針金を引いて羽ペンを切断する。
「……その羽ペンみたいになるんだから」
係員が羽ペンに注目する前に針金を霧散させる。
係員は「私に言われて羽ペンを見たら、真っ二つになっていた」と認識し。
「ひ!? ひいい!! どうやって羽ペンを……!」
……これで私が有利な状態になったわけだ。
「ずいぶんと安い羽ペンをお使いだったのね……貧乏なのかしら? それとも単なるケチかしら?」
「そ、そんなわけあるか! これは帝国貴族だけが使える最高級品だぞ!」
「……ならどうして折れたのかしらね……ちょっと違うか」
私はおもいっきり悪い笑顔になって。
「どうして斬れたのかしらね」
と言った。
「……!!」
係員は完全に腰が引けている。
さ・あ・て。脅し放題。
「あなたは羽ペンみたいにはなりたくないでしょう?」
係員は真っ青になった顔を激しく縦振りした。
「じゃあ何で勝手に試合の順番が入れ替わってるのかを言いなさい」
「そ、それは裏の注意書きを」
「建前なんかどうでもいいの!」
私は係員の顎に手をかけ。
「……あんたが知ってることを全部話しなさい」
と言うと同時にちょび髭の片方だけが落ちる。気づいた係員はとんでもない量の冷や汗を流していた。
……一時間後には冷や汗以外の様々な液体を垂れ流すことになる。
「あっきれた。帝国貴族の都合が最優先なんて」
聞き出した試合の入れ替わりの理由がこれだったのだ。要は貴族が「その日は私の都合が悪いから日にちを変更して」と言い出したら、その通りになる……ということだ。
「それって冒険者には通知されないんだよな?」
「そう。だから知らない間に、自分の試合が終わってた……なんていう笑えない話が結構あるみたい」
調べてみると、冒険者の優勝候補が「突然失格」というパターンがかなり多いことがわかった。
「……あった。ちょうど真ん中くらいに『試合の日程については帝国貴族の都合が最優先される』って書いてある」
真ん中くらいね。かなりの暇人でもない限り気づかないわ。
「……じゃあ何? 私を試合前に失格させようとしてたってこと?」
ふ……ふふふ。
「ごめん、みんな。私、今から出かけるから」
「え? どこへ……わぶっ」
「気をつけてな〜……」
バタン
「むー! むー……ふはあ! な、何で止めるんですか!?」
「エイミア……サーチだぞ? サーチなんだぞ?」
「……? はい、サーチですね……」
「サーチが今の話の流れで黙ったままでいるタイプか?」
「黙ったままで……いる訳ないですね」
「だろ? だったら何しに行ったか想像つかないか?」
「え……え〜っと……まさか?」
「そう、そのまさか」
夜半。
ある帝国貴族の館。
「ふん……帝国貴族たるこの私が、あんな露出狂の冒険者の相手をすることはないのだ」
高級ワインをグラスに注ぎながら、小悪党っぽい顔した貴族が呟いた。
「全く忌々しい……なぜ下賤な輩が帝国の偉大な大会に出場できるのか……」
「……だったらあんたは出る必要ないわね」
「誰だふぐっ」
めきごきぼきぃ!
「うぐううぅぅぅぅっ!!」
「さーて……こんだけ関節外してやれば十分か……」
泡吹いて気絶してる貴族を蹴飛ばした。
「……でも……貴族と対戦する度にこんな状態だとめんどくさいな……」
……そして私は悪い笑顔を浮かべて闇に消えた。
……数日後。
『今年の大会は珍しい展開だなあ……』
『全くだ。貴族の八割が辞退したんだろ?』
『何でだろうね……』
「……サーチ……やり過ぎですよ……」
「さあて? 何のことかしら〜♪」
「やっぱりサーチはサーチだったってことですね……いひゃ!」
「何を失礼なこと言ってんのかしら? この口は?」
「いひゃい! いひゃい! いひゃい! いひゃーい!」
……そんなエイミアを見ながらリルは。
「……エイミアはエイミアだってことか……」
と呟いた。