第六話 ていうか、ハーティア新公国の職員の皆様に聞きたい。
部屋の中に案内された私は……唖然とした。
「何よここ……部屋の広さが民宿の規模と伴ってないじゃない……」
ドアの開けてすぐのびっくりシャンデリア。
大理石の床に、香木が贅沢に使われた家具に。「ここまでデカい必要性無くね?」と言いたくなるようなベッドエトセトラエトセトラ。
「この部屋だけで建物の六割を占めています」
「ろ・く・わ・り!?」
意味ねえ……民宿の意味全くねえ……。
「この建物は民宿に偽装した我が国の……別荘のようなものですね」
「……別荘というよりアジトね……」
「アジト……ですか……あまり良い言い方ではないみたいですが……」
……この人あんまり堪え性ないわね。誤魔化してるように見えるけど……言葉の中にイラつきを感じる。
よし、揺さぶってみるか。
「そこの家具の下。反対側の壁の向こう。天井裏。窓のすぐ下……。全員で六人いますね」
あ、面白い。
ロザンナさん一気に顔色が変わったわ。
「窓のすぐ下の人は、次第点をあげられるけど……あとはダメダメね。天井裏のなんかナイフを抜く音を響かせるようじゃ……」
アサシンや密偵の類いじゃなく……単なる衛兵ね。
「ロザンナさん。私と何を話したいかはわからないけど……この状態はあまりにも私に対して失礼じゃありませんか?」
ロザンナさんは口をパクパクしてる。
「警備上必要だ……とか仰りたいのならご心配なく。そこの“刃先”がいれば、まず問題ないかと」
……竜の牙折り全員で一斉攻撃しても負けるだろうしね……。
話を向けられた“刃先”は肩を竦めた。
「……く……良かろう。私は心が広い故に、あなたの指摘を受け止めましょう。全員下がりなさい!」
自分で「心が広い」なんて言うかね…………あ、気配が遠のいていく。
……ん?
「……≪偽物≫」
ザスッ!
私は短剣を床に突き刺して言う。
「……私のすぐ下に来た理由はわからないけど……退散しないなら刺し通すわよ」
…………しばらくして床下の気配も去っていった。
私が短剣を引き抜くと、先端に少しだけ血がついている。我ながら絶妙な刺し加減だったわ……と考えながら短剣を霧散させた。
「……これはあなたの指示ですか? それともあなたの配下の暴走ですか?」
「…………許してくれ……私に対する忠節なのだ……」
……“刃先”は「我関せず」か……。
「わかりました……お互いに話し合う環境は整いましたね」
まだ若干顔色が悪いロザンナさんではあるが、気を取り直したようで。
「始めるとしましょう」
……私をまっすぐに見つめてきた。
「……えっと、つまり……」
「何か?」
「話を総合すると……私に挨拶がしたかった! 以上……で良かったですか?」
「総合しすぎる感もありますが……概ねその通りかと」
バカだ。
「あ〜……今さらですが……例えば道すがら『そこにいるのはサーチさんじゃないですか、私はハーティア新公国の以下略。それではお見知りおきを』て感じの軽い挨拶でよかったのでは?」
……自分で自分の演技力の無さに嫌気がさす……。
「そのような庶民が使うフレンドリーな言葉使いを私にしろと!? 無礼ではないか!」
……フレンドリーって言葉も充分に庶民的な言葉だと思うけど……。
「そうではなくてー……あのー……」
……言いにくい。
「つまり『そんなくだらん用事でわざわざ呼びつけるくらいなら、どこかで会ったりしたときに軽く挨拶するくらいでいい』と言いたいんだ」
いや、“刃先”の場合は、フレンドリーを通り越して嫌みをぶっこんでるよね!?
「お、おのれ……! どこまで私を愚弄すれば……!」
ちょっとちょっと!
今のは“刃先”が完全に悪いからね!
「落ち着け。国のトップがこんなちんけな小娘に愚弄されたくらいで、逆上してどうする……うお!」
ち、惜しい。
あと3㎝くらいだったのに。
「……お前……今どこを蹴ろうとした?」
「ん? 急所」
「男を代表して言う。止めろ」
はいはい。
「ぷぷ……クスクスクス…………ふう、こんな些細なことで怒ることが馬鹿馬鹿しくなりました」
あ、やっとクールダウンしたわね。
「見苦しかったですね……申し訳ありませんでした。サーチさん」
「……はい」
「我が国は女性の活躍を尊ぶ国。それは貴族だろうと、冒険者だろうと、関係ありません」
……?
「“刃先”に聞いていた通り……いえ、それ以上でした」
何が?
「サーチさん……あなたが大会史上初の女性優勝者になって下さい」
はあああああっ!?
……適当に言葉を濁して退散してきたけど……。
「……なんで私に『優勝しろ』なんてムチャを……」
「ハーティア新公国について何も知らないのか?」
「ていうか〝刃先〟! あんたがロザンナさんに変なこと吹き込んだんでしょ!」
〝刃先〟はまた肩を竦めた。
「ひどい言い方だね。言っておくけど俺は聞かれたこと以外は答えてないよ」
「え? そうなの?」
「……自分から面倒事に巻き込まれようとは思わない」
まあ……確かに。ロザンナさんに告げ口するって事は、巻き込んでくださいって言ってるようなもんだし。
「ハーティア新公国自体の問題だ。気になるなら自分で調べるんだな」
「……知ってるんなら教えてよ……ってあれ?」
いない。
「……なんてヤツよ……」
……今まで気づかなかった。
〝刃先〟は私についてきてるときから気配がなかったのだ。
「はは……〝刃先〟が出てないだけマシか……」
……とりあえず勝つより何より……生き残る……ていう大前提を一番大事にしないとね。
あーあ。
ホントにめんどくさい国ね……帝国内部では貴族が幅をきかせてるし。
かと思えば獣人至上主義を地で行く自治領はあるし。
戦争中の相手国のトップがなぜか帝都に潜伏してるし。
「そうなんです! 規模の大きな国はやっぱり面倒事が多いはにゃ!」
「あんたは〜! いきなり人の思考に割り込んでくるんじゃないわよ!」
「す、すいませ〜ん」
結構な荷物を抱えたエイミア。ちゃんと頼んだことは果たしたみたい。
「ポーションは……かなり確保できたみたいね」
「バッチリです」
「あと情報は? 何かわかった?」
「……ハーティア新公国のことですよね……」
……?
「どうしたの? 浮かない顔して?」
「……はい……この国……変です」
変……でしょうね。
一番偉い人がロザンナじゃあね……。
「まあトップにかなり問題ありそうだから」
「そういうことじゃないんです!」
……?
「どういうことなの?」
「闇ギルドで新公国について調べてる時に気になったんですけど……要職についているのが、なぜか女性ばかりだったんです」
「ふうん……珍しいって言えば珍しいけど……」
「そうなんですけど! 何か引っ掛かってさらに詳しく調べてみたんです! そしたら、ほら!」
エイミアが私に何かの書類を見せてきた。
……新公国の税務関連の職員の名簿?
………………。
……何よこれ。
「これ……ホントなの?」
「間違いありません」
この名簿には。
一人も男の名前がなかった。
明日からようやく予選が始まります。
リルは間に合うのか?