第五話 ていうか、ますます混迷する帝国。
あまりにもアッサリと黒幕が判明した日の明け方。このままアプロース公爵家に命を賭けて忍び込んでも意味ないな……と感じた私は旅館に引き上げた。
「あーもー! やってらんないわよ……」
魔王様に貰った軟骨亀製のビキニアーマーを脱ぎ捨てながら、個室風呂へ行く。
そういえばこのビキニアーマー、伊達に魔王様お手製じゃなかった。何と自動修復されるのだ。カップの繋ぎ目についている赤い宝石に、何か魔術がかかってるらしいんだけど……それが修復の基点になってるらしい。ただ軟骨みたいに軟らかいため……その……ある一部分がよくわかっちゃうのだ。なので最近はインナーとして使っている。
「あーー……あっつぅ……」
ここはお湯が熱めだとは聞いていたけど……徹夜明けの疲れた身体には最高だあ……!
しばらく湯船に浸かってからサッとシャワーを浴び、朝十時くらいまでゆっくりと……のつもりで仮眠した。
「サーチ、起きてますか〜?」
ドアを叩く音で目が覚めた。時間は……九時半か。まだ寝足りない気分だけど……仕方ない。
「はいはーい。今開けるわよ……」
ガチャ
「あ、おはようござ……な、なんて格好してるんですか! 早く着替えてください!」
あ、また全裸だったわ。
「今さら何よー。いつものことじゃない」
「そのいつもの事が問題なんじゃないですか! お客さんを連れてきてるんですから、早くしてくださいね!」
……お客さん?
「男? 女?」
「男の方です!」
「わかったわ、速攻で着替えるわ」
……お客さんがいるってことを、もっと早く言ってほしかったんだけど……。
「お前が竜の牙折りのリーダー、サーチだな?」
お客さんは……いかにも「権力を振りかざして威張ってます!」と言わんばかりの警備隊だった。
「ハーティア新公国の方からの呼び出しである。ついてくるがいい」
「ハーティア新公国って……帝国と……」
私がわざと語尾を濁すと、警備隊の人は察してくれたのか。
「今は停戦中だ。何の問題も無い」
そう言ってくれた。
ハーティア新公国は現在帝国と交戦状態にある。完全な敵国であるハーティア新公国の人が、帝国内で私を呼び出す……か。嫌な予感しかしない……! できれば行きたくないんだけど……!
「……わかりました。私だけでいいですね?」
「そう聞いている。お前だけでいい」
……断るなんて……できるわけないですよね……。
一応警備隊の人に断りをいれてから、エイミアに話しかけた。
「エイミア、私が戻ってくるまでの間に、闇ギルドで情報集めてきてもらえない?」
「……もしかしてハーティア新公国のことについてですか?」
「ビンゴー! あんたもちゃんと考えるようになってきたわね!」
「びんごが何かわかりませんけど……サーチすっっごく失礼ですよ!」
「はーいはい。でも頼みたいことはそれだけじゃないわよ」
「……はぐらかそうとしてるのは見え見えなんですけど……まあいいです。必ず問い詰めますけど」
……なかなか根に持つわね……。
「……おほん! ……エイミアに頼みたいのは回復アイテムの調達よ。絶対に品薄になるからできるだけかき集めて」
「へ? 品薄に?」
「いいから! わかった!?」
「は、はい。わかりました……」
少し前に闇ギルドで「ポーションを大量に買い歩いてるヤツがいる」という話を聞いたんだけど……もしかしたら買い占めが始まったのかもしれない。
「多少高いくらいならジャンジャン買っちゃって。それと、私達と同じようにポーション買いまくってるヤツがいたら教えて」
「……わかりました。いざというときは念話水晶に連絡しますからお願いします」
「わかった……じゃあ行きましょうか。すいませんお待たせして」
後ろでタバコを燻らせていた警備隊の人に頭を下げる。
「構わない。もう良いのだな?」
「はい」
「では行くぞ……あまり時間は無いのでな」
……すいません……。
警備隊の人に連れられてたどり着いたのは……。
「…………普通ね…………」
「立場的に目立つ場所は避けねばならんのでな」
……私達が泊まっている旅館の隣の民宿だった。民宿がこっちの世界にもあるのには驚いたけど……前の世界と同じように旅館と民宿の区別はわかんない。
「ここの二階の一番奥の部屋だ」
…………。
「……私一人で?」
「一人では行けないのかへぶぅっ!」
「行けるわよ! あんたの面通しは必要ないのかっつってんの!」
「ぐぶふ……そ、そういう事か。私は入ることを禁じられている。入っていいのはお前だけだ」
? まあ……いいか。
「わかったわ……じゃあ」
「うむ……ではせいぜい気をつけてな」
……行っちゃった。
最後まで上から目線だったわね……。
「しまった……もう少し強く蹴ってやるんだった……」
思わずポツリと呟くと。
「今回は見逃してやるが……次は捕縛するからな」
聞こえてたのねー!
何故か誰もいない民宿の二階にあがる。
「妙ね……ホントに人っ子一人いない……」
……一番奥の部屋……にも気配を感じない。
「どちらにしても……行くしかないか」
一応罠に警戒しつつドアの前に立つ。
二回ノックしてから。
「!!!」
少し右側へ頭を倒す。
私の頭があった空間を槍が通り過ぎた。
「ふっ!」
ドスッ!
≪偽物≫で作った短剣をドアに突き刺すが……。
「手応えが……ない」
「いやいや、いい反応だ」
!!
後ろをとられた……!
「誰! ……ていうか、“刃先”?」
「少し振りだな……」
……何? 少し振りって……。
「“刃先”、ありがとうございました。これでサーチさんの実力を計り見ることができました」
「……依頼人からの頼みだからな」
依頼人?
てことは……。
「“刃先”……あんた、新公国に雇われてるのね……」
「仕事に関する質問には答えるつもりはない」
……ああそうですか。
まあ、状況的にそれしかあり得ないんだけどね。
「試すようなことをしてしまい、申し訳ありませんでした」
いかにも上品な身なりをした女性が私に深々と頭を下げた。
「……理由にもよるけど……あなたは?」
「……重ね重ね申し訳ありません……自己紹介がまだでしたね……」
女性は胸に手をあてて答えた。
「私はロザンナ・ヴァン・ハーティア。ハーティア新公国の公爵です」
公爵!?
「公爵って公爵よね!?」
「……公爵は公爵以外にないと思いますが……」
「侯爵」
「……あなたは何がしたいのですか……」
「あ、すいません。公国の公爵ですから、もしかして一番偉い人なのかと……」
「そうですよ」
え゛っ!?
「私はハーティア公ロザンナでもあります」
…………あーあ。
やっぱりめんどくさいことになった……。
闘技大会始まらないぞ…?