第十五話 ていうか、戦いの後始末……そして湯治♪
迷宮食らいを倒してから十分ほど経っても、みんなケガと疲労でボロボロなので、一先ず寝転がったり座り込んだりしていた。
「エイミアはまだ目が覚めないみたいね……」
「いきなりエイミア姉が迷宮食らいを圧倒しだした時は吃驚した」
「私は気絶してたから、何があったかよくわからねえんだけど……」
私だって気がついたら助けられてたんだしね。
「リジー。わかってることだけでいいから、教えてくれない?」
「わかった」
そこで何が起きていたかを聞いた。私が絞め殺されかけてるときに、突然エイミアが変化を起こしたそうだ。
「なんだかエイミア姉の魔力の波長が変わった」
魔力の波長が? ちなみに魔力の波長は、個人個人でバラバラ。指紋みたいなものなので個人の特定もできる。当然、波長が変化するなんてことはあり得ないんだけど……。
「……今は変化してないわね」
「やっぱり勇者であることが関係してるのか?」
「それしか考えられない。じゃなきゃ魔法が使えないはずのエイミアが、私を助けられるはずないもの」
エイミアが使った回復魔術≪修復≫は特殊な魔術だ。普通に使われる≪治療≫系の魔術と比べても、上位に位置するのは間違いない。
ただし回復できる範囲や込める魔力の量など、かなり繊細な調整が必要になる。結果、≪修復≫を使うよりも≪治療≫を使った方が効率がいい。
「あのときエイミアは、私に≪修復≫を使って『ある程度なら走れる』くらいにまで回復させた」
もしも私を回復させようとしてた人が普通の回復魔術士だったなら、たぶん九割は≪治療≫の連発を選んだだろう。
「……だけど≪治療≫を使われていたら……私は助からなかったと思う」
≪治療≫は体全体を均一に回復させたり、局所的な回復には向いている。ただ私みたいな重傷者には相当量のMPを消費するだろう。たぶんMP不足で意識を失う程度には。
一方、≪修復≫は微調整ができる利点がある。だから重傷者の傷の具合を正確に把握できれば、やり方次第では≪治療≫以上に回復を促進させて、尚且つMP消費を最低限に抑えることができる。ただそれには相当な知識と経験が必要になる……はず。
「その両方がないエイミアが一瞬でやってのけたのよ」
こんなことができる回復魔術士は、世界中でも数人がいいとこだろう。
「……こうなってくると勇者のことをちゃんと調べたほうがよさそうね」
今までずっとおざなりにしてきたけど……勇者を知ることがエイミアを知ることに繋がる。
「ん? 誰か来たみたいだぜ」
リルがいう通りに人の声が聞こえてきた。
「お客さーん! 大丈夫かー!?」
「いたら返事してくださーい!」
……どうやら旅館の人が私達を探しにきてくれたらしい。
「やれやれ……これでこのダンジョンとおさらばか……」
「ホントにつっかれた〜……でも……生きて帰れたわ……」
すっかりだらけモードの私達を、旅館の人が救助してくれるまで……もう少し。
今回の件は旅館側が責任をとる、と言って聞かなかった。
普通自分たちが経営してる旅館の地下に、ダンジョンが育ってるなんて思いもしないでしょ……責任はないと思うんだけどなあ……。
「お客さんが全快されるまでは、私どもが責任をもってお世話させていただきます」
……うーん……でも無下にしちゃうと逆に失礼か。
「わかりました。よろしくお願いします」
この場は私達が旅館側の好意に甘えることで決着した。
「……気持ち良いんだけど……」
やっぱり露天風呂じゃないと味気ないなあ……底が抜けちゃったわけだから、風呂どころじゃないんだけどね。
「まあいいじゃねえか……屋内でも風情はあるぜ」
まあ……確かに。
桧(と思われる)風呂の香りはやっぱり屋内じゃないとね……。
周りを見ても……壁や天井に使われている木(種類はわかんない)が年月を感じさせる絶妙な味を出している。
「本当に気持ち良いですね〜♪」
………………。
「エイミア……どう? 何も思い出せない?」
「……ダメです……サーチが捕まったとこまでは覚えてるんですけど……」
エイミアはあれから二日ほど寝込んだ。身体に異常があるわけでもなく、お医者さんの見立てでは「単なるMP切れ」でしかないらしい。
ただ、エイミアのMP回復速度が異常に遅いことがわかった。長く寝込んだのはこれが原因だったのだ。
「じゃあ魔術は使えない?」
「……何回も試しましたけど……≪明かり≫すらできないです……」
……だそうだ。
うーん……なぜエイミアは魔法を使えたの?
「サーチ姉」
ちょうどウンウン唸っていた私に、リジーが声をかけてきた。
「ん? 何?」
「エイミア姉のあの時の状態、多分私がわかる」
え?
「どういうこと?」
「あの時のエイミア姉はエイミア姉じゃない」
「私が私じゃないって……私に何かが乗り移ったみたいな言い方ですね……」
乗り移った……ね。
「そう。それ」
それ?
「エイミア姉は剣に操られていた」
「“知識の聖剣”に!?」
「そんな……聖剣があったから、私達は助かったんだろ!」
確かに。
あの聖剣が私の魔法の袋から飛び出してきたから…………え?
「ちょっと待って。何で私の許可無しで袋から出てきたのよ!?」
魔法の袋の中身を扱えるのは本人だけ。これは絶対よ!
「……サーチが許可したんじゃないのか?」
「あの状況でそんな余裕あると思う?」
「「……確かに」」
我ながらすごい説得力だったわ。
「魔法の袋が発明されてから今まで。持ち主以外が中身を取り出せたことはなかったはずよね?」
「……んなことできるんなら盗賊も苦労しないな」
「いえ……例外があります」
「ウソ!? 知らないわよそんな話!」
リルとリジーも頷く。
「いーえ! 知らないはずないですよ。神話で有名な話じゃないですか!」
「…………“知識の創成”が罪人を裁くときに……証拠品を隠した魔法の袋から中身を全て取り出してみせた奇跡……の下り?」
「そうです!」
……なるほど。
「わかった……わかったわ……」
なぜ神と聖剣が同じ「アカデミア」と呼ばれるのか。
先代勇者がなぜソレイユに聖剣を渡したのか。
つまり。
先代勇者は魔王に敗れたんじゃないんだ。
先代勇者は聖剣と縁を切ったのだ。
「エイミアに乗り移ったのは“知識の創成”本人ね」
そして。
勇者とは。
“知識の創成”が現代に干渉するための依り代なのね……。
間に合わなかったー!
めっちゃ難産だったー!