第一話 ていうか、新大陸編の始まり始まり~♪
ザブーン……ザザーン……
「……快適……」
『そう言っていただければ幸いです』
どこからともなくニーナさんの声が響いた。
ここは船の甲板。
私はデッキチェアに寝転がって日焼けの最中。船室の屋根ではリルが日向ぼっこをしていた。例の事件以来、高所恐怖症がヒドくなったらしく……あれくらいが限界らしい。
なのに高い場所には行きたがる。猫の本能なのだろうか……。
「サーチ。ミカンでジュース作ってみたんですけど飲んでみます?」
朝から台所に籠っていたエイミアが、コップをお盆に乗せて出てきた。
「もらうもらう……ていうか、朝から籠ってコレだけ!?」
「そ、それだけじゃないんですよ!? ミカンの香りをつけたクッキーを焼いていたんです!」
クッキーねえ……。
「エイミア姉。クッキー燃えてる」
最近やたらとエイミアになついているリジーが棒読みで報告してきた。
「ぎゃあああああ!! また黒焦げだああ!!」
また、ねぇ……今まで籠ってた理由はそれか。
『消しておきました……残念ながらクッキーは炭になってしまいましたが……』
「す、炭……びえ〜」
あーあ……ニーナさん止め刺しちゃった……。
それにしても……平和ね…………着いたらそういう訳にもいかないけど……。
一日と半分くらい前。
アタシーのギルド内は騒然としていた。
「魔王が新大陸へ移動を開始したって……まさか再侵攻を開始したのか!?」
違うと思われる。
「しかも魔王並みの反応を持ったモンスターがもう一匹!? この近くにいるSクラスモンスターとなると……まさか地獄門のケルベロスかっ!」
びんごーっ!
「新大陸ということは……ランデイル帝国か。まさか勇者の子孫と決着をつけるつもりか!」
「そう言えば皇帝の一族は勇者の血筋にあたるのだな……これは大変なことになった」
……皇帝の血筋は勇者の荷物持ちなんだけどな……。実際の勇者はエイミアなわけだし……。
「ねえ……サーチ。誤解を解いたほうがいいんじゃないですか……?」
ムリ。
私にはそんな勇気はございません。
「ま……ここでホントのこと言ったって騒ぎがデカくなるだけだな……」
「一方的に私達が吊し上げくらうだけね」
「お前達が魔王を唆したんだろう!」とか言い出すヤツは絶対いるわね。
「なら全員ブッ飛ばす」
リジーの“首狩りマシェット”がギラリと光る。
「…………そのときは盛大に暴れてもらうから、今はジッとしてなさい」
「わかったサーチ姉」
……なぜか私とエイミアを姉呼ばわりするようになったリジーが大鉈を下ろす。
「頼むから暴れんなよ……大鉈振り回したら大騒動だぞ……」
「わかったニャンコ先生」
「ニャンコ先生言うなっつってんだろ!」
なぜかリルは先生に昇格した。ププッ。
「……サーチ……お前笑っただろ……」
滅相もございません。
……で。
私達と関係がないところで会議は紛糾し、結局「私達が斥候として新大陸へ渡る」という落とし所で落ち着いたのだった。
で、数日後に出港となったわけだ。
あ、そうそうルーデルはと言うと。
ゴシゴシゴシゴシ
『ルーデル。力が入っていません。きちんと磨きなさい』
「くぅ……! 何で俺だけ……!」
『あなたはパーティメンバーから外れました。サーチの温情でこの船に乗っているのですから……』
そうよ。働かざる者、食うべからずよ。ルーデルの故郷は新大陸なのでついでに送っているのだ。
えっ!? 扱いがヒドいって?
いいのよ。ちょっと前に私のことを「彼女だ」とか言って回ってるのが三冠の魔狼にバレて大変だったんだから。
三冠の魔狼が『下僕ならば許そう』と言ったので現状になっている。
「ちくしょお……! 何でサーチを紹介しただけでこんな目に……!」
「……誰があんたの彼女になったのよ!!」
「ぐぼおっ!!」
あ、しまった。股関に足が。
「うわあ……それは痛いぞ」
『……稀にショック死することもあるそうです……』
……ごめんなさい。
「ニーナさん、申し訳ないんだけど……」
『わかりました。丁重に葬っておきます』
死んでないから!
『冗談です。ちゃんと治療しておきます』
バン! ひゅ〜〜……
……バタン
「ちょっと! ルーデル落ちていったけど大丈夫!?」
『無問題です』
……最近ニーナさん、お茶目になってきてる……?
するとリルが私の肩をポンッと叩いた。
「確実に持ち主の影響だな」
うるさいっ!
船の中は、ニーナさんの結界術によって創られた異空間がいっぱい。当然、船の中のことはニーナさんが自由にできる。
だから……。
「ニーナさん。でっっかいお風呂作って」
……なんてムチャ振りも。
『わかりました。三十分で工事完了』
となる。
「こんな快適すぎる船旅だったらいつでも歓迎だぜ……」
肩までどっぷりと湯船に浸かったリルがふやけていた。
『私が皆さんに無理強いしてしまったお詫びでもあります。ワガママは何でも言ってくださいね』
「そんなに気にしなくてもいいのに……どうせ新大陸のダンジョンも、いつかは行かなくちゃならなかったんだから」
『そう言っていただけると……』
「ワガママ何でもいい?」
「リジー! あんたは空気を読むことを覚えなさい!」
「わかった……くうき」
「ホントに読むな!!」
『サーチ落ち着いて……リジー、いいですよ。何でも言ってください』
ちょっとニーナさん……リジーを甘やかすと……。
『心配し過ぎですよサーチ』
「はあ……わかったわ」
「ニーナいい?」
『はい、大丈夫ですよ』
ニーナは珍しくニッコリして言った。
「自分の部屋欲しい」
「「「あっ!」」」
……盲点だったわ……。
風呂上がりにエイミアとリルと私で涼む。
「しかしリジーが自分の部屋を欲しがるとはね……」
「まあ私達にも無かったんだから」
リジーの提案をうけて、私達も個別の部屋をもらえた。といっても私の部屋なんかはまだ何もしていないのでガラーンとしているが。
「さっそくリジーは部屋に籠っちゃったんですよね? 何してるんでしょうか……」
…………。
「ニヤリ」
「サーチお前……」
「また何か企んでますね……」
私はニッコリしたまま頷くと、ニーナさんに再びお願いした。
『……プライベートなことですから止めたほうが……』
「いいのいいの! ニーナさんに責任はない!」
「でもニーナさんの言う通りだぜ……」
「そうですよサーチ……」
しっかりついてきてるあんた達に言われたくないわ!
「静かにして……ここだわ……そーっと、そーっと」
「……仕方ねえな」
「わくわく」
エイミアめっちゃノリノリじゃない!
ギイ……
「うふふ……うふふ……」
「「「………………」」」
……そこには。
今まで収集したおどろおどろしい呪いグッズを部屋中に並べて。
「うふふふふ……」
……ニコニコと頬擦りするリジーがいた。
「うふふ……あ」
「「「あ」」」
………………。
「……殺」
シャキインッ
リジーが大鉈を抜き放つ!
「リジー、落ち着いて!」
「は、発案者はサーチだからな!」
「何よ! あんた達だってついてきたじゃない!」
「じゃあ失礼しました」
「「一番ノリノリだったのはエイミアでしょ!」」
「そ、そんな〜」
ブンッ
ザクゥ!!
……大鉈が床に突き刺さっていた。
「天誅」
「「「い、いやあああああああ!!」」」
それから。
一晩中追いかけられ、三人揃って謝り倒して、やっと許してもらえた……。
『だから知りませんよ、と言ったんです……』
新大陸編開始です。




