第十一話 ていうか、ケルベロスの力を獲得。
ワンッ! ワンワン!
「……おい……サーチ……」
……またか。
「ごめん……こら! 静かにしなさい!」
……三冠の魔狼に噛まれてからずっとこんな感じだ。何故か左腕のケルベロスをあしらった刺青が吠えるのだ。最初のうちは敵が近いと教えてくれる……ぐらいの程度だったのだが、次第に敏感に吠えるようになっていき……今じゃ風が吹いただけで吠えだす始末。一応躾をしてるんだけど……自分の左腕ペシペシ叩いてるのって……周りから見れば変人よね……。
これがきっかけで緊張の糸が切れてしまい、塔の三階まで進んでマッピングを終えた時点で引き返し、また明日から攻略開始……ということになった。
塔の外に作っておいたベースキャンプに戻って軽く夕食を済ませると、早々と解散となって各々の簡易テントに入った。私も清洗タオルで身体の汚れを拭き取ると、ビキニアーマーや投げナイフの手入れを始める。
すると。
「ふん〜ふふん♪ ……え? ……わわっ!?」
なんと、左腕が伸び始めたのだ!
「どっかのゴム人間かよ!」
と一人でつっこんでいると。
ニュルニュルニュル〜……ぽんっ
『サーチよ』
「こ、子犬!? しかもケルベロスの!?」
『お前に言わなければ……』
「か〜わいい」
『ならぬことがあって……』
「か〜わいい」
『おい、聞いておるのか』
「か〜わいい」
『……がぶっ』
「いてえええええっ!」
しっかりと歯形が残った右手に薬草を塗り込みながら、子犬……もとい三冠の魔狼を睨む。
「乙女の肌に傷をつけるなんてサイテーよ!」
『何を言っておる。腕を食い千切った仲であろう』
「どういう仲よそれ!」
『食べてしまいたいぐらいの仲』
誰がうまく言えと……?
『それよりもだ。サーチ、お前はなぜ刺青を叩く?』
「うるさいからよ!」
いちいちワンワン吠えるって、どんだけ躾がなってないのよ!
『うむ? 我はサーチにこの腕について教えようと……』
「犬語がわかるかあっ!」
『犬語ではない! 狼語だ馬鹿者め!』
あんまり差がないわ!
「ていうか、人間の言葉が喋れるんなら、最初から人間の言葉を使ってよ」
『何を言うか。我が番ならば、狼語を理解できずに何とする』
やな花嫁修業ねそれ!
「……ていうか番って何なのよ……私は了承した覚えはないわよ」
『我が決めたことだ。覆すことは叶わぬ』
あーそうでしょうね! そう言うと思ったわよ!
『サーチ。我を敬うことを止めたか』
「いきなり左腕食い千切った相手に敬意なんぞ払えるか!」
『うむ……違いない』
なら食い千切るな!
『仕方なかろう。我とサーチの血と肉を馴染ませる為には必要なことだった』
「血と肉を……?」
『我の力の一端を使えるようになる。我がサーチに説明したかった事だ』
三冠の魔狼の力をねえ……。
『相手に噛みつく事で毒を流し込める』
…………噛むの?
「あー……噛まないとダメなの?」
『いや、液状にして体外に排出することも出来る』
「……刃物に塗ったりとか」
『できる』
……これは……またアサシンじゃないのにアサシン的強化なのね……。
『本人には効果が無いから安心しろ』
当たり前よ! 毒蛇が自分の毒で死んだらバカなだけじゃない!
注! 一部の毒蛇は自分の毒で死にます。コブラなどが該当するようです。
……あ、そうだ。
「えーと……三冠の魔狼様?」
『様は要らぬ』
あ……はい。
「一つ頼みが……」
『我が番であるサーチの願いならば何でも叶えよう』
……どうも。
「基本的に……私が望むことがない限り、私に助太刀は一切しないで」
『何故だ? サーチが望むならこの世界の覇権であろうと与えるぞ?』
「私は私の力で前へ進みたいの。私が積み上げてきた経験、必死に鍛え上げた肉体、そして知識。三冠の魔狼の力が手に入ったら全てムダになるじゃない?」
『己の力のみで突き進むと?』
「それでこその冒険なのよ……私は楽しくて仕方ないの。お願い、水を指さないで」
『……ふふふ……はははは! それでこそ我が番よ! その気性があってこそよ!』
……誉められた気がしない。
『よかろう……心行くまで楽しむがよい。我はいつまでも地獄門で待つとしよう』
そう言うと三冠の魔狼は私の左腕へと戻っていった。
「心行くまで……か。正直待ってられても困るだけなんだけど……」
『時間は余る程にあるのでな』
えっ!?
『サーチは確か巨乳に憧れているのだろう? 我としてはそれぐらいでちょうどいいぞ……』
「な、何で知ってるのよ!?」
『先程左腕を使ってマッサージしておったろう? そこまでせずとも我は我慢してやろう』
「よ、よ、余計なお世話よーーー!! 私が許可するまで出てくるなって言ったでしょー!!」
次の日。
暴風回廊にもう一回昇る。塔の外周の階段を昇っている最中に、空のモンスターがばんばん襲ってくるので。
「……試しに」
口の奥にできた毒の分泌腺から痺れるタイプの毒を出し、口から吐いた。
プーーーッ
緑色の霧がモンスターの群れにかかる。
すると……。
ギャアアア!
……空を飛んでいたモンスターはバタバタと地面へ落下していった。
「うわあ……すごい効き目ですね」
地面に叩きつけられて絶命するモンスターを見ながら、エイミアが呟いた。
「……おい、今のってケルベロスの……」
「そう、毒霧」
使い方さえ気を付ければ……ここも楽勝ね。
「てことは……お前ケルベロスの力を貰ったのか?」
……貰ったというよりはムリヤリ押しつけられたと言うか……。
「へえー……サーチも新しいスキルを覚えたんですね」
……一応確認したけど……いろいろ増えてた。
毒生成、毒の知識、毒耐性などなど。余計なことするなって言ったんだけどね。
「でもどうやって毒を口から?」
リングサイドでこっそり補充してます。
「とりあえず先に進みましょ……あれ? リディアは?」
「え? あれ……リ、リディア!? 大丈夫ですか!」
リディアはすぐ後ろでぶっ倒れていた。
「どうしたんですか!? ……あれ? 痺れてる?」
「……あんた毒霧の中に突っ込んだの!?」
痺れてるから答えられないみたい……。
「風で流れてきたんじゃないんですか?」
「それはないわ。リルに風向きを調べてもらったら、完全に風上だったそうだから」
ん〜……なんで毒が……?
「あれ? リディアが何か指差してますよ?」
え? 靴?
「どれどれ……うわ、ビリビリくる……すごい呪いね」
「呪いですか? ……あ、これって……」
「わかるの?」
「祝福ですね」
またそのパターン!?
「えーと……たぶんこれ“癒しの靴”です。歩く度に傷や状態異常を治してくれる靴です」
「何で知ってるの?」
「確か実家に」
これだから貴族は……!
「で、触った感じなんですが……祝福に刺激されて呪いが活性化してるみたいです」
「……その呪いが毒霧を呼び寄せた?」
「……たぶん」
………………。
「リディア……あんた祝福の装備は禁止ね」
……リディアは力なく頷いた。
この後。
リルのヒゲによる風探知。エイミアの≪充力≫による雷対策。私の毒とリディアの攻撃力によってモンスターを粉砕する。
……このパターンで順調すぎるほど進み、ついに最上階の前まで迫った。




