第七話 ていうか、ニーナさんの正体。
ニーナ・ロシナンテは異名の〝結界術士〟が示す通り、結界術を得意とした人だ。ていうか、この世界でただ一人、結界術というものを使いこなせる人。理屈で言えば防御魔法の応用になるわけだけど……そんな「枠」には入りきらない。今、各地の町や村を包んでいる結界のほぼ全てを張ったのがニーナ・ロシナンテだと言えば、その凄さがわかるだろう。
魔法の勉強をしていれば必ず教科書に出てくる。そんな人だ。
「……院長先生から『突然いなくなった』と聞いていたんですけど……」
まさかギルマスやってるとはね……。
『ある一部の人が原因でギルドマスター人気は低いですが……本来は冒険者の憧れだったんです』
……御愁傷様です。
あの変態ギルマス……ホントに害悪にしかないわね……。
『……リディアさんがギルドへ入ってみえます』
ニーナさんが言うと同時に。
「……ちぃーっす」
真リディアが入ってきた。革の鎧に頑丈そうな鉄の盾。一通り揃えてこれたみたいね。
「ちょうどいいわ。いまあんたの仮登録を済ませたとこだからさ」
「わかった。あとは面通せばいいんだな……おいロシナンテ! 戻ったぜとぅわい!!」
背後から真リディアの膝をカックンした。
「な、何しやがるんだテメエ!」
「あんたね、ギルドマスターの名前を呼び捨てってどういう了見よ! あのリルでさえギルドマスターには敬意をはりゃう!?」
……今度は私がリルから膝をカックンされる。
「……とりあえず後からな。話が進まねえから」
「「すいません……」」
すると『クスクス……』と笑い声がしてきた。ニーナさんにはウケたらしい。
『仲が良いみたいですね……良かったですね』
……何かニーナさんが仲人したがる親戚の叔母さん的に見えてきた……。
「ば、ばばばか野郎! そそんなことは」
…………頭痛い。
「あ、あれ! もしかしてリディアって……!」
「へ〜意外だな。こういうのが好みなのか……こりゃ物好きでぅぼおっ!」
「……物好きは余分だっつーの」
鳩尾をド突かれてのたうち回るリルは放置して。
「どこら辺が良かったんですか? 性格? 見た目?」
「いいやあのあのあの」
……はあああ。
ぼわあああああああああんんんんん !!
「みぎゃあああああっっ!!!」
「んぐゎあああああっっ!!!」
「……二人とも黙ってなさい」
≪偽物≫で作った銅鑼を霧散させる。
『…………すごくビックリしたので止めてください』
あ、すんません。
そんな感じに楽しく会話している最中。
『……あなた方なら……できるかもしれませんね……』
ニーナさんが突然切り出してきた。
『サーチ。あなたは〝飛剣〟から私のことを聞いていますか?』
「え? い、いえ。さっき話したことが全部です」
『そうですか……〝飛剣〟があなたを選んだのなら……』
……?
『ロシナンテ。聞き覚えはありませんか?』
へ? い、いきなり何?
「ええっと……ニーナさんの姓……ですよね?」
『他には?』
他にぃ? ……えーと……えーと……あ。
「前の勇者パーティが乗ってた船の名前」
『そうです』
「そうです……ね」
『わかりませんか?』
「ニーナさんの姓と船の名前が一緒……ですね」
『そうです。私はニーナ・ロシナンテ』
ニーナ・ロシナンテ…………え!?
「まさかこの船があなた自身!?」
『そうです。私は闇深き森に自生していた長老樹を加工して造られた、木造船の自我です』
ふ、船の自我……ん? ちょっと待って。
「長老樹が材質? て? え! ウソ! この船の壁から床まで全部“賢者の杖”なの!?」
『そういう事です。内緒ですよ』
これでわかった。結界術なんてのができる理由が。
結界術は理論的には不可能ではない。ただ消費MPと必要な魔力の数値が人間には不可能なだけで。
そりゃあ全部“賢者の杖”で出来てる船だったら、どれだけの魔力とMPを引き出せるか……。
たぶんニーナさんはギルドにやって来る人間の魔力とMPを増幅させて、体内……じゃなくて船内に貯蔵してるんだ。
「……だから前の勇者でも顔を見たことないんだ……」
元々顔ないし。
「でも……何でそんなことを私に?」
『あなたに……託したいお願いがあるからです』
お願い?
『私にはどうしようもできない……だから……』
「……何をしろと? そして……見返りは?」
『お願いは二つ。私はいま舵が故障してしまい、ここから動けない状態です。修理に使えるであろう“賢者の杖”が暴風回廊に納められていますので……』
「それを持ってくればいいのね。もう一つは?」
『それは……』
『……ということです』
「んんん……何か納得いかないけど……わかったわ」
『ありがとうございます。見返りですが……私の忠誠……ということでよろしいのですね?』
「忠誠なんて堅いものじゃないわ。私が行きたい場所があったら乗せてってくれればそれでいい」
『わかりました。私はいつでもあなた方のそばへ駆けつけましょう……そろそろ三人とも回復しますね。ではサーシャ・マーシャにもよろしく伝えてたえてください……さようなら』
ブンッ
うおっ!? あ、あれ?
「……外だ……」
……やっぱりそうか。
ニーナさん、強力な結界で直接空間に干渉してあの空間を生み出していたんだ……そりゃあ職員なんかいらないわよね……。
「さて……結局ダンジョンへ行かなきゃならないのね……」
私は三人を引き摺りながら宿へ戻った。
「お、重い……!」
で、夜。
昼間にニーナさんから頼まれたことを、かいつまんで説明する。
「…………あの船全部が“賢者の杖”……」
さすがにリルもビックリしている。
「どちらにしても……暴風回廊には行くんですね?」
「私はそのつもりだけど……」
あとはみんな次第。
「私は賛成だ。なにより船は魅力的だしな」
「私も。ロシナンテさんを助けてあげたいです」
で、問題は……真リディアだけど……。
「……オレか? オレはお前らが行く場所ならどこでもついていく」
「サーチの行く場所なら……じゃねえのか?」
「な、ちちち違う違う断じて違う」
動揺しすぎでしょ……はあ。
頭痛い。
「あ、リディア可愛いです! やっぱりサーチが好きなんですね」
「こりゃからかい易いヤツが加入したな」
「オオオレはからからからかわれたく」
っっっごぅおおおおおおおおおぉぉぉぉぉんんんんんん……
「「「○¥△@□∀◇√〜〜!!」」」
……私が気合いで作った寺の鐘が室内に響き渡った。言葉を超越した叫び声をあげて三人は失神した。
「……私は女同士の趣味はないし」
でも。
ニーナさんが言っていた通り。
身代わりの像が手に入るのなら……あるいは。
今日は間に合えばもう一話アップします。