第三話 ていうか、リルとエイミアの異名。
隊商に合流できたことで、一気に加速した。
「やったわね。随分時間が短縮できるわ」
「……ああ、そうだな」
「……ええ、そうですね」
……まーだ不機嫌ね……。
「いい加減立ち直りなさいよ……」
そう言うとエイミアとリルは私をキッ!と睨んだ。
「「誰のせいだよ!」」
「……食べたのはあんた達でしょ……」
「……だって……あんなにサソリが香ばしくなければ……」
「……だって……あんなにヘビがコリコリしてなければよ……」
そうなのだ。
前回のご飯のときに、エイミアとリルが二人してサソリやヘビと味の比較をしてしまったのだ。久々にまともなご飯だったからムリもない。
だけどね……結果的に私達は全員まとめて「悪食」だと認識されてしまい。ご飯のたびに何か「一品」余分に出てくるようになった。ちなみに今日の朝は「ハチの幼虫の炒めもの」だった。私は美味しく頂いたけど、二人は悲鳴をあげて逃げ出した。
それから半日も馬車に揺られていると。
「海だ! 海だぞー!」
そう声を掛けられて外を見てみると、遥か先まで続いていた地平線が水平線に変わっていた。
「うわー! 海だ! やっと海だぞー!」
「うう……もう白い砂は飽きました! 青い水は最高です!」
そうなのだ。この砂漠の砂はなぜか白いのだ。
さあ、想像してみましょう! 雪みたいに真っっ白な砂漠。ジリジリと一日中太陽が照りつける砂漠。暑いだけだよ。照り返しハンパないよ。私もリルも真っ黒に焼けちゃったわよ。エイミアは日焼け対策バッチリらしくまだ白いけど。
「これで……サソリやヘビともお別れですね……」
「ああ……海なら魚だ! 魚だ! ひゃっほーい!」
さすが猫。お魚大好きなのよね。
「……そういえば海にもいるのよね……海サソリと海ヘビ」
あ。しまった。うっかり言っちゃった。恐る恐る二人を見てみると……。
「もうイヤです! 海まで行ってサソリなんですか……!」
「もう空しかないのか!? 私は空にいくしかねえ!」
空ねぇ……確か……。
「おいおいお嬢ちゃん。空にもスカイスネークってのがいるぜ」
ああ、止めだ。
リルが半分倒れかかってきたとき。
「敵襲だー! 盗賊だぞー!」
な、何てタイミングが悪い……!
「よっしゃあ! 憂さ晴らしに全員ブッ飛ばしてやる!」
「私の釘こん棒が唸りますよ!」
……ホントにタイミング悪いわ、あの盗賊。エイミアとリルが突っ込んでいった後には……。
「うわあ!」
「ぎゃあ!」
人があっちこっちに吹っ飛んでいく。次々に死屍累々と横たわる盗賊達が出来上がっていった。
「……私の出番はなさそうね……」
なんて思っていると。
「横からも来ました! 新手です!」
……やれやれ。見てみると砂煙をあげて突っ込んでくる騎馬隊が見えた。およそ十騎。
「仕方ない……一度試してみたかったし」
そう言うと私は魔法の袋から黒い珠を取り出し。
「……よっと!」
先頭の男に向かって投げつけた。
ぱかああんっ!
ぼふっ
……やたらと景気のいい音が響いたわね。盗賊達は茶色い煙に覆われる。
すると。
「へっくしょい! へぶしっ!」
「目が! 目があああ!」
「ごほごほごほ! い、息が……」
ぶひいいいんっ!
「う、馬が暴れだしたー!」
……すげー。見事な大混乱。
「……あとは総仕上げっと」
私はしっかりゴーグルとマスク代わりの布地で目と鼻をガードすると、煙の中へ突っ込んでいった。
「……大変に申し訳ありませんでした……」
……私と隊商の責任者は平謝りだ。
「い、いやいや……我らもちゃんと伝えなかったから……」
なんてことはない。横から突っ込んできた騎馬隊は盗賊をおっかけていた警備隊だったのだ。私が半分くらい蹴倒したあとで、鎧に描かれた紋章に気づいたのだ。恐る恐る隊商の責任者に紋章を確認してもらい…………現在に至る。
「しかし……あの煙幕には驚いたよ……」
そりゃそうでしょ。以前にリルに安く集めてもらった胡椒を練り込んだ、特製スタングレネードだから。
「でも効果は優秀ですなあ……ぜひ調合方法を教えてもらえませんか?」
あら、隊商の責任者さん、目が商人仕様になってる。
「値段次第ですけど……胡椒使うんで結構コストかかりますよ?」
「問題ありません。胡椒を安く仕入れるルートならどうとでもなります」
ならいいかな。
個人で作るにはコストかかるから、一個でやめてたんだ。結局金貨五十枚で交渉成立した。誰かさんが船を沈めてくれたから……まだ赤だったのよ。
レシピを書いたメモを責任者さんに渡している間、警備隊の人は怪我人を看て回っていた。
「弱ったなあ……半数が歩けないとなると……」
……ごめんなさい。
「とりあえず情報だけでも吐かせることができれば……」
警備隊の隊長さん曰く、ここにいる盗賊は全員ザコらしい。だから情報さえ引き出せれば縛って砂漠の真ん中にポイするつもりだとか。
……残酷だとか言わないように。コイツらはもっっとヒドいことをしてきてるんだから。
「……まあ、サーチのヘマの尻拭いくらいやってやるか」
ヘマって……あんた達が暴走してたからじゃない!
「よし……まずお前から」
「な、何だよ……」
「知ってること全部吐けってさ」
「へっ! 知るかよ! 殺すんだったらさっさといっってえええ!」
何もしゃべりそうにない盗賊の爪の間に、爪楊枝をぶっ刺す。あれ痛いよ……。
「な、何すんだよ!」
「どんだけ鍛えてもね、どうしようもならない痛みってのがあるんだってさ」
……それ私が教えたやつ……。
「さて……どうする?」
「だ、だから知らね痛い痛い痛いいい!」
リルの深爪攻撃は続く。
「わ、わかった! 悪かった! だから深爪やめてええええ!!」
……うわあ……。
多少の痛みには耐性がありそうな盗賊の皆さん、マジで震え上がってる……。
「隊長さーん。全部話すってよ」
……隊長さんまで顔がひきつってる……。
「ぐすっ……痛い、痛いよ……」
マジ泣きしてるし。
「何なんだよ、あの女、えげつない……」
「深爪だ、深爪女だ……」
そう言われたリルは盗賊達を睨んだ。
「うるせえな。お前らもっとヒドいことしてきてんだろ!? それぐらいで泣くなよ」
「「「ムチャいうなー!」」」
……リル……深爪はマジで痛いのよ……。
「リルー! 終わりましたかー?」
「エイミア……どこ行ってたのよ」
「え〜っと、お花摘み?」
「エイミア! それは男性の前で言うことじゃないわよ!」
「リルに……」
「エイミアか……」
……盗賊達がボソボソ話してる。
「……何? 名前を覚えたところで、復讐できるとでも思ってるの?」
≪偽物≫で針を作って盗賊を威嚇する。
「いや……オレ達はどの道生きて戻れねえ……」
「だからよ……そういう時は命を懸けた仕返しするのさ……」
そういうと小さな青い石を見せた。
「これは『伝言の石』と言ってな、言葉を吹き込める石だ……これで仕返しするのさ!」
……何を?
「おい、隊長さんよ。こんなオレ達でも遺言くらいは認められてるよな?」
「む? あ、ああ。法によって保証されている」
「そうか……へへ」
そう言うと盗賊は『伝言の石』に向かって叫んだ。
「いいかテメエら! オレが死んだらな、今から言うことを実行しろ!」
……何? 部下を使って復讐する気?
「オレ達を追い込んだ猫女……アイツに〝深爪のリル〟って異名つけて広めまくれ! いいな!?」
………………。
「それと! 少しボーッとしたデカパイ女には〝お花摘みのエイミア〟てので広めとけ!」
………………。
「ほれ。これがオレの遺言」
「やああああめええええろおおおおっ!! その石よこせええええ!」
「いやあああ! お花摘みなんていやあああ!」
……ダメだ、我慢できない!
「深爪……お花摘……ぶっ! あっはははははははははははは!!」
お、お腹痛い……!
「「サーチ! 笑うな!」」
「あははははははは……けほけほ! ……あっはははははは!」
「くっ……! とにかく石を取り上げる!」
あ、あれ? リルとエイミアが凄い勢いで隊長に向かっていった。すると無事だった警備隊員達が、隊長さんの前に壁を作る!
「「「隊長には手出しさせぬ!」」」
すげえ! リアル鉄のカーテン!
「どけええ! どけどけどけええ! 深爪のリルなんてイヤニャーー!!」
「お願いですから! お願い! お花摘みはいやあああ!」
バタバタ暴れるリルとエイミアを尻目に。
「へっ! ざまあみやがれ!」
……今回は盗賊の勝ちね、リル、エイミア。
これより後。
リルは〝深爪〟でエイミアは〝お花摘み〟という何とも微妙な異名に、ずっと付きまとわれることになる。
盗賊さん、敵ながら天晴れ。
……ぶふっ! ふふふ……あはははははは!
「天晴れじゃねええ! ていうか笑い過ぎだ!」
そして。
暑いのに全身鎧で固めたご苦労な警備隊の中に。
「……サーチだった?」
……変なのがいた。