第1話「的外れな思想」
第1話「的外れな思想」
夢は簡単に叶うわけでもないし、人に叶えてもらえるようなそんなあまいものではない。
流れる星にどんだけ願いを唱えたところで
叶うことなんかあるはずないのに。
お金を箱に入れ、手を叩き、心の中で願いを唱えてもそうなる保証も何処にも有りやしないのに。
いるわけでもない空想の人物に祈りを、頭を下げて願いを媚びても
聞き入れてくれる可能性も、叶う可能性だって
ある訳ないのに。
人類はいつの日も、叶いもしない
無意味で無慈悲で哀れで無様な姿で誰かに
何かに祈りを、願いを唱えたり、願ったり
人に頼る行動を幾度なく続けて来た。
それで叶った試しなんて、何処にもないのに。
だけど、そんな行動をも引っくるめて全て愛おしいなんて。
「私にしか思えない?そんな事はないよ!
だって君だってそんな人類の一員じゃない!
堰を切ったらみんな同じ!平等だよ!
そう考えたら愛おしく思えない?」
何だってこんなどうしようもなく無様で醜い人類をここまで愛せるのか、
俺には到底わからなかった。
「何でお前はどうしようもねぇ俺らに、
そこまで出来るんだ?
何か見返りがあるわけでもないのに」
すると彼女は胸を張って、両手で空を仰ぎながら答えた。
「これは私がしたいから!
面白いからしてるの!
だってこんな愛おしい人達には
幸せになってほしいからね!」
楽しくてやっているのか
俺ら人類の為にやっているのか
まったく、随分と的外れな神様だ。
だから....
だからこそ止めなければ。
「だとしたらお前がやろうとしてる事は間違ってるぜ」
そう言うと、彼女の顔色は一瞬にして暗くなり冷たい視線で
声色は低く、吐き捨てるかのように
「ほんっとツマラナイ。
だから君達はキライなんだ
大人しく願っていればいいものの
他人事にあれこれ首を突っ込み過ぎだよ
君のような人間は大っ嫌いだよ」
冷酷非道。
容姿とは裏腹に
そんな言葉が目の前の女の子にはよく似合っていた。
だが、彼女がしようとしている過ちを
そのまま見逃すような馬鹿ではない。
止めなければ、散々吐き捨てていたが
そんな世界が俺は居心地がいいと
何処かで感じていたんだ。
だから....
止めなければ.......
「はは.....その言葉そっくりそのまま返すぜ?
まぁ何にしても取りあえず
俺の首に当てているそのでっかい釜を
外してくれない?」
数メートルはありそうな巨大な大釜
歯には蛇の刺繍が入っており、
色は血のように赤黒く、そして周りの光を吸い込むような黒い霧が、その大釜を覆っていた。
そんな大釜の歯が首に数ミリめり込んでいた。
その傷口からは血が首を伝い流れていて
唇が震えて言葉が上手いように喋れない。
手足も震え、今立っていられるのがやっとで
妙な事を言うと今にでも首を飛ばされそうな
そんな最悪な状況だった。
「お前、幸せにするとか言ってたけど
本当はそんなつもりないんじゃねぇのか?
もっと他の理由が......」
その言葉に反応するかのように
彼女の手に凄まじい力が入る。
釜がガクガクと震えており、
震えながらも少しずつ首の肉を切り分けながら
頸動脈へと歯が迫り始める。
自分の寿命がそう長くないことを悟り、
飛ばされる覚悟で彼女の信念を突きに行く。
段々と意識が遠のくが、勇気を振り絞り
体の神経を集中させる。
突きつけられた釜の歯の反射により
背後にある机の上に無数の端末があるのを確認する。
「この状況で何考えてるの?
わかるよ?この状況から切り抜ける為に
必死に試行錯誤してるのが。
でも今にも私は君の命を終わらせる事はできる。
君は私の言う儘に願っていればいいの。
そうしたら君はもう人生一生困る事だって
未来永劫生き延びる事だってできるんだよ?」
不老不死なんて、死んでも願わないさ。
これが最後の警告だと、自分に言い聞かせ
それでも俺はその言葉に抗う。
次の瞬間、
「っ!!!」
俺はその釜から離れるように思いっきり横へ転がり
後ろの机目がけて駆け走った。
「待ちなさい!!
逃がさないんだから!!
君だけは、放しておくわけにはいかない!!」
彼女の怒号を背後に、俺は全力で走り抜ける。
「陸上部から、「ふざけるな!」と言われそうな
無茶苦茶な走り方だけど
今は、世界がかかってんだ!
フォームなんざ気にしてはいられないんだよ!」
すると背後から空気を裂きながら
禍々しい大釜が俺目がけて振り下ろされる。
「危ねえええ!!!!」
ギリギリ寸前で大釜を避けるが
歯が肩を擦り、切り傷がついてしまった。
だが、悍ましい速度で振り下ろされた事により
傷は大きく、振り下ろした衝撃により
ダイナマイトに匹敵する爆風と瓦礫が背中を殴る
「くっ!!!!!!!」
ぐっと歯をくいしばるが、想定外の痛みが体を走る。
体の節々が悲鳴を上げ始め、徐々に走ることさえ
困難になってきた。
それでも走り続けた。
痛みを押し殺しながら机に一直線で駆け走る。
だが、机を直前に
「ぐわぁあががあぐぎぃああがああ!!!???」
振り下ろされた大釜は
今度は外すことなく右肩に命中。
肉と骨を断ち切り、右腕は完全に切断された。
凄まじい勢いで傷口から血が噴き出す。
味わったことのない痛みに悶えながら
俺は地面に勢いよく倒れ込んだ。
体を思いっきり叩きつけられ、その衝撃で
咳とともに口からも血がで始めた。
痛みでもう起き上がる事は出来ない。
絶望的な状況になり悲惨な光景を
冷たい視線で吐き捨てる様に彼女は言った。
「素直に願っていれば、こんな事にはならなかったのに
選択を誤ったね
しょうがない、これが所詮君の運命だ。
人間の身で世界を救おうだなんて
馬鹿げた考えすら思いつかなかったら
嘸かしいい人生を送れたろうにね」
もう、威勢良く反論する事は出来ない。
掠れながら、今にも消えてしまいそうな声で
俺は苦笑いしながら
「ハハ.....笑わせやがる
お前の........しようとしてる事より
よっぽど..........いい行いに思えたけどな......」
そう言うと彼女は俺を睨みながら
「五月蝿い!!
君の言う事なんか聞くものか!!
何も出来やしない、声を発する事しかできない
君には何を言われようとも!!」
俺はその怒号に覆いかぶさる様にして
「ハハ........やっぱり.........お前........
図星だったか................」
すると彼女は
「五月蝿い!!五月蝿い!!五月蝿い!!
五月蝿い!!五月蝿い!!五月蝿い!!
五月蝿い!!!!!!!」
大釜で俺の体を切り刻み始めた。
白い肌に赤色の血が飛び散る。
服も血が飛び散って、赤に染まって行く。
無我夢中になり、体を切り刻む彼女の目からは
涙が浮かび上がり、頰を伝い流れていた。
「何........泣いてんだ............お前......っ!!!
人を平気で殺す奴がよぉ!!」
頭に血が上り、最後の力で神を怒鳴り散らす。
「オメエみたいな神様!!
誰も幸運になんか出来ねえよ!!
っ!!!!
何が楽しい事だ!!
お前がしようとしてる事はただの自分勝手な.....」
彼女は怒り狂う様に大釜を振り下ろした
「うるさああああああいいいい!!!!!!!」
大釜で体を真っ二つにされ、意識が途端に遠のいて行く。
(どうか、人類よ。こいつを止めてくれ.........)
もう二度と起きる事ない人間だった
肉塊を眺めながら彼女は足を掬われたかの様に
床に膝をつき、泣き始めた。
子供の様に泣いて泣いて泣いた。
「何で.....何で.....いつもこうなるの!!
こんな事したくないのに!!
私だって.......私だって!!!!!!」
その場には彼女の泣き声だけが響いていた。
快晴だった空は次第に曇り、雨が降り始めた.....。