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第9話 開戦

 ダーナ王国西部に存在する平原地帯。その手前のなだらかな丘に対魔族の前線基地が設営されていた。


 馬車に揺られること二日。早朝である現在、ブリードは王と諸侯、その配下たる将校らの集う天幕へと足を運んでいた。


 中央では、軍師として派遣された高名な祭司がテーブルの上に置かれた戦域地図――無数の書き込みが随所に施されている――を指差しながら周囲に語りかけている。


 ダーナ王国において王の持つ権威は弱い。諸侯に各領地の自治を認めており、国の中に小さな国々が点在しているようなものだ。王は諸侯の取り纏め役にすぎない。


 大きな戦を起こす場合、王直属の常備軍だけでは心許なかった。


 そこで人心を束ねるに最も適した立場の組織――神木教会が戦争に介入する。「これは唯一神ルーのご意思に基づく聖戦である」と喧伝した方が諸侯の私設軍を動員しやすいのだ。


 祭司が現在までの戦況を説明していく。


 この半年間、ダーナ王国軍は東西に分かれて戦線を形成していた。国土東部の海域でアンヌン王国と相対し、国土西部の陸域にて魔族の軍勢を相手取る。


 アンヌン王国との和平を締結した以上、東部戦線に割り当てられていた兵力――ブリード含む――が西部戦線に加わるのは必然の流れといえるだろう。


「――かくいう経緯を経て、魔族を眼下の平原にまで追い込む事に成功しました。騎兵を運用しやすい平野部での交戦は自軍有利な展開を望めるでしょう」


 本来ならば専門外のはずだが、祭司の軍議進行には迷いがない。神木教では厳しい修行を耐え抜いた修道士のみが祭司に叙階される。膨大な知識を頭に詰め込まねばならず、軍事学もその一つなのだ。


 今回の大戦に際し、各地より集った兵の総数は約3000。斥候の報告によると、魔族の軍勢は500程度であるらしく、6倍の兵力差である。


 このまま魔侵領域の中心まで攻め込んで瘴門を破壊し、魔族の侵攻を阻止する。周囲からはそんな意気込みが感じられた。


「諸兄らもご存知のように、魔族との戦では夜間の交戦を極力避け、日中に交戦する事が望ましいとされております」


 日が昇る頃には開戦の準備が整うだろう。ゆえに自軍の勝利は揺るぎないものであると、祭司が言葉を締め括った。


 数時間後、遂に戦端が開かれる。


 呼吸が止まるような睨み合いを経て、先に動いたのは魔族。地鳴りのような鬨の声を上げながら王国軍に突撃をかける。


 王国軍はそれを迎え撃った。


 さほど時の経たぬ内、左翼陣の後方で戦況を見守っていたブリードは自軍の劣勢を悟る。


 当初、王国軍は中央、右翼、左翼の三つに分かれて布陣していた。右翼と左翼を敵方向にせり出させ、前進してくる敵軍を包囲し、そのまま押し潰さんとする構えである。


 対する魔族の軍勢は二足歩行する大蜥蜴型の魔族、リザードマン達に最前列で横陣――横並びに密集させた陣形――を組ませて直進した。リザードマンの硬い鱗は陣形を乱そうと放たれる王国軍弓兵の矢をものともしない。人の兵科に当てはめるなら重装歩兵といったところか。


 リザードマン達が手に携えた槍で以って、最前列の歩兵部隊を貫いていく。


 中には槍をかわして懐に飛び込み、身体の柔い個所を剣で貫いてリザードマンを倒す歩兵もいた。


 しかし後ろに控えていた別のリザードマンがその歩兵を槍で串刺しにすると、最前列に空いた穴を埋めてしまう。


 そこで歩兵部隊はリザードマン達を分散させながら自陣に引きずり込もうと後退した。魔族はなまじ個の力が強いせいで数の強さを軽んじるフシがある。個々人で好き勝手に敵陣へと突っ込んでしまうなど、集団行動にはおよそ不向きな性質を持っているのだ。


 そうなれば包囲して各個撃破すればいい。少なくとも今まで王国軍が相対してきた魔族はそうだった。


 だが今回の魔族は毛色が違う。どれだけ誘いをかけようともリザードマンは単騎で突出しようとはしなかったのだ。


 一纏まりとなったリザードマン達の突撃を前に、中央陣は苦戦を強いられた。


 ならばと王国軍は左翼と右翼を動かし、リザードマン達の密集陣形を横合いから叩こうとする。


 しかしそれは叶わなかった。リザードマン部隊の後背に展開していた、熊ほどの体躯と緑色の肌を持つ人型の魔族、オークの歩兵部隊が両翼の動きに呼応して突撃の方向を変えたのだ。二手に分かれると左右それぞれへ向かった。


 オーク達が手にした巨大棍棒を振り回して派手に暴れ始めた。


 両翼陣の歩兵が数人がかりで盾を構えてオークの怪力を抑えている内、半人半馬の魔族、セントールの遊撃部隊が馬蹄の音を響かせて現れる。高い機動力を活かした突撃で横から歩兵を跳ね飛ばした。


 両翼陣の歩兵達はすっかり陣形を乱されてしまう。


 立て直す隙を与えようと、王国軍の騎兵部隊が遊撃を行おうとした。


 そこへと火や氷、石礫などが弓矢のごとく飛来する。褐色の肌と木の葉のごとく鋭く尖った耳を持つ人型の魔族、エルフ達がオーク部隊の後方に散開して様々な自然現象を生み出し騎兵めがけて放っていたのだ。


 王国軍の騎兵達は遠距離攻撃に撃たれて突撃の勢いを殺がれてしまった。


 魔族の軍勢はまだまだ攻勢を緩めない。女面鳥身の魔族、ハーピー達が腕代わりの翼をはためかせ、動きの鈍った騎兵部隊へと空襲を仕掛けた。翼から射出された鋭利な羽根が甲冑の隙間を抜けて生身に突き刺さる。急降下し、足のカギ爪で騎兵をガッシリと掴んで再度浮上した。


 馬から引き離された騎兵が空中で必死にもがく。


 高高度に達するや否や、ハーピーが騎兵からカギ爪を放した。


 騎兵が次々と地に引かれて落ちていく。


 地面に叩き付けられた衝撃で圧死する者が続出した。生き残った者も痛みにのたうち回っている。


 かくのごとく魔族の軍勢に戦場を散々掻き回された結果、王国軍は徐々に兵数を減らしていた。


 兵士達の士気が明らかに下がっている。なぜこんな事になっているのか皆目見当がつかないとばかり表情を青褪めさせていた。


 分析するに、戦況が魔族側に傾いた理由は魔族の身体能力が常人を大きく上回っているからではない。そんな事は初めから織り込み済み。


 問題なのは今回派遣された魔族の指揮官が兵の運用に関する確かな知識を持って戦に臨んでいること。

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