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第7話 行商人エオフ

 ブリードは青年に向き直る。


「よくぞ、そこな少女を助けてくださった。聖騎士団を代表してお礼を申し上げる」


 改めて青年の風貌を矯めつ眇めつ観察した。


 赤髪に碧眼というダーナ人に多く見られる特徴を持っている。生意気そうなタレ目が勝気さを演出し、ややこけた頬が幸薄そうな印象を与えていた。


 目鼻立ちの整った顔からは気品が感じられる。着ている物も仕立てがよく、肌が綺麗に手入れされていた。おそらくは裕福な身分の人間。豪商の子息といったところか。


 青年が尊大な口調で喋る。


「別に褒めてほしかった訳ではない。あの手の輩が大嫌いなだけだ!」

「躊躇いはなかったのか? 忌むべき白は忌避される存在だぞ? 謂れのない差別を受けるなど珍しくもない」

「くだらんな! 根拠のない風説に惑わされるなど愚物の所業よ!」

「ふふ、そうか。このご時世には珍しい御仁のようだ」


 忌むべき白を人と認めない者が多い中で、こんな人物もいるのか。ブリードは救われた気持ちになった。左手の親指と中指を擦り合わせる。浮かれた時に出るクセだ。


 忌むべき白は生まれてすぐ間引かれる事が多く、よくて捨てられてしまう。この少女もおそらくはブリードと同じ。


 ブリードは少女の前に屈んで目線を合わせた。


「悲しい事だが、この世界は平等ではない。我らの前には生まれから大きな壁が立ちはだかっている。これからも辛い日々が続く事だろう――だが決して腐ってはいけない」


 少女がビクンと身を竦ませる。しかし相手も同じ忌むべき白だと気付いてか、おそるおそるブリードを見上げた。


「天にまします唯一神ルーはいつでも我らの事を見守ってらっしゃる。堂々と胸を張れる生き方をしなければならん」


 ブリードは少女の髪を撫でた。


「君の名前は?」

「……シネイド」

「では、シネイド。二度と盗みをしないと誓えるか?」


 シネイドがブリードの目を見てコクンと頷いた。


「私と共に来るか? ちょうど、使用人を雇いたいと思っていたところなのだ」


 ブリードはとっさに思い付いた口実を述べた。自分も今日で貴族の仲間入りだ。使用人の一人も雇わねば格好がつくまい。


 明日から戦地に飛ぶ身だが、ディアリンにシネイドの面倒を見てもらえばいい。子煩悩な彼の事だ。そのまま養子にすると言い出すかもしれない。


 シネイドが目を見開く。


「……いいの?」

「もちろんだとも。こき使ってやるから覚悟しておいてくれ」


 見る見る内に、シネイドの目元に涙が溜まっていく。溢れると同時、ブリードの胸元に飛び込んだ。


 ブリードは嗚咽を漏らし始めたシネイドをあやしながら青年に声をかける。


「見ての通りだ。我々はこれで失礼するよ。その前に、勇敢な貴殿の名前をお尋ねしてもよろしいか?」

「……エオフ。行商人だ」


 一瞬、間をおいてから青年が短く名乗った。


「その名、しかと胸に刻ませていただいた。ご存知かもしれんが、私はブリード・オディナ。聖騎士団に所属している者だ。縁があれば、またお会いしよう」

「存外、再会は早いかもしれんぞ」

「うん? それはどういう――」

「こんなところにいたのか。探したぞ」


 ブリードがエオフの意図を問おうとした時、新たな人影が路地に入ってきた。商人風の装いをした男である。


「イーガンか。出迎えご苦労」


 エオフがイーガンという名らしき男の姿を認め鷹揚に呟いた。


「見知った場所じゃないんだ。あまりウロチョロと出歩かないでくれよ」


 エオフとイーガンは主従関係にあるのだろうか。それにしてはイーガンの口調が気安い。


 ブリードはエオフがこの場を去ろうとする気配を察し、別れの慣用句を告げる。


「貴殿の進む道に太陽の導きのあらん事を!」


 イーガンに先導されるエオフからの返事はなかった。


 不愛想な態度を目の当たりにして、ブリードは首をひねる。はて、自分は何か失礼な事を言っただろうか。


 頭を悩ませる内、身体がわずかに引っ張られる感覚を覚える。下方を見やると、シネイドが自分の外套の端を掴んでいた。


「行こうか」


 ブリードは気を取り直してシネイドと手を繋いだ。


 二人して路地を歩いていく。


 かつて失い、また新たに得た家族。ブリードは掌中の温もりに喜びを噛み締めていた。

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