第5話 聖騎士団長ポーリク
当事者達の視線が声の主へと集中する。
目の覚めるような美貌の男がこちらへ向けて悠然と歩を進めてくる。鮮やかな赤の長髪を撫でつけて後ろに流していた。宝石そのものの煌きを宿す碧眼が見る者の心を捉えて離さない。
「だ、団長!?」
コルムが驚愕を声に表した。
残りの二人が射竦められたかのように直立する。
場の中心に躍り出た男、聖騎士団長ポーリク・マックールがコルムと目を合わせた。
「随分と物騒な雰囲気を漂わせていたね。神の住まう庭に荒事を持ち込むのは感心しないな」
コルムが即座に居住まいを正す。
「はッ! ……実を申しますと、そこにおわすディアリン殿が息荒いご様子で、いきなり我々を糾弾するような言葉を投げかけてこられまして……なにやら不幸な誤解があったらしく困惑していたところなのです」
ブリードはコルムへと刺すような視線を浴びせた。どの口が言うのか。責任をディアリンに擦り付けようとする姿は見苦しいの一言。
ポーリクが声のトーンをやや落として告げる。
「僕の目には君達が一方的に因縁をつけていたように見えたが? 君はこの僕の前で虚言を弄するのか?」
「い、いえ! それは……」
言い募る事も許されず、コルムの顔から冷汗がドッと吹き出る。
「まあ、いい。大事には至らなかったようだし、今回だけは目こぼししよう」
コルム達が顔を見合わせて上瞼を弛ませる。
「選ばれた者であるところの貴君らはさぞかしご立派な活躍を見せている、あるいは今後、見せてくれるのだろうね? 平民いびりに終始するだけではないと、信じているよ」
大貴族出身で実力も兼ね備える聖騎士の吐いた皮肉に、下級貴族に過ぎないコルム達が面白いくらい顔を青褪めさせる。胸に手を当て恭しく一礼すると、逃げるようにこの場を退散していった。
「困った者達だ。一人の戦士としていざ戦場に立った時、家柄など何の役にも立たないというのに……」
彼らの背を見送り、ポーリクが嘆息した。一挙一動が恐ろしいほど洗練されており、この男ならばどんな格好であれ絵になるという格がある。
「ディアリン、気にする必要はないよ。彼らは君に嫉妬しているだけだ。勇猛と精強を以って知られる我が聖騎士団の中でも槍さばきにおいて君の右に出る者はいない。僕は君を高く評価している。これからもその力を神と国の為に役立ててくれ」
ディアリンが神妙な面持ちでポーリクの言葉に耳を傾けている。
「それはまた……平民の俺なんかにゃ勿体ないお言葉で」
「自分を卑下するような言動はやめたまえ。僕は身分の貴賤で『人』を判断しない。唯一神ルーの祝福――日の光は誰の下にも注がれるべきなのだから」
「それなら、俺なんかよりこいつの事を褒めてやってくれませんか?」
ディアリンがブリードの事を手で指し示した。
脇で木石のように控えていたブリードは顔を強張らせる。
「ディアリン!?」
疑念に満ちた眼差しを向けた。ディアリンは自分とポーリクの深い確執を知っている。だのに、なぜ引き合わせるような真似をするのか。
「いいじゃねえか。お前さんはそれだけの功績を打ち立てたんだ。もうちょっと報われてもいいと、俺は思うぜ――団長、こいつも人間ですよ」
ディアリンの呼びかけを受け、ポーリクがブリードへ視線を移した。
途端、ブリードは心臓を鷲掴みにされたかのような悪寒に襲われる。
ポーリクの眼光に宿る感情は一言で形容できない複雑さをたたえており、容易には読み取れない。
しかして、その芯を構成するモノが何であるかは想像に難くない。
――すなわち敵意。どれほど相手を憎悪すればこんな目ができるのだろうか。親の仇であろうと、ここまで憎まれまい。
ブリードはこの眼差しが苦手だった。虫ケラを見るような視線に晒された事は多々ある。
だが「己の全てを懸けて存在を否定してやる」と言わんばかりの視線を向けてくるのはポーリクだけだった。ある意味、対等の存在と見做されているが、そこに気安さは一片たりとも存在しない。
つまるところ、ポーリクが語るところの『人』の範疇にブリードは含まれないのだろう。ポーリクがブリードを認めてくれる日など永遠に来ない。
ブリードは今すぐ逃げてしまいたい衝動に駆られる。必死で堪え、ポーリクを真っ直ぐ見返した。反抗的な目つきになっていないかは、自信がない。
交錯は一瞬。ポーリクがアッサリと視線をそらす。
「……友人は選んだ方がいいと忠告しておこう」
ディアリンに対し一方的に言い置くと、踵を返して去ってしまう。
ポーリクの姿が見えなくなったのを確認してからディアリンが舌打ちした。
「ダメだったか! イケると思ったんだが……かえって不快な気持ちにさせちまったな、すまん」
ディアリンが眉間にシワを寄せた。己の不明を恥じているのだろう。
「……いいさ。悪意がなかった事は理解している。貴方なりに私の立場を慮ってくれたのだろう?」
ブリードはディアリンに別れを告げて一人歩き出す。まだまだ前途は多難だが、立ち止まる訳にはいなかった。多くの国民が忌むべき白への認識を改めるその日まで。