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第4話 庭園での騒動

「貴方がいてくれただけで救われたよ」


 ブリードはディアリンの分厚い胸板を気安く叩いた。


「…………」


 ディアリンが物言いたげに口をモゴモゴと動かす。


 ブリードは気付かないフリを装い、話を続ける。


「それに、希望はある。今日、私が叙勲されたのがその証拠だ」


 つい先日まで、ダーナ王国は海を隔てたお隣のアンヌン王国と戦争していた。この度、和平を結ぶに至った訳だが、その立役者こそブリードだった。


 戦功があまりに大きい故に、国はブリードを叙勲せざるを得なかった。


「忌むべき白が国から認められたという事実が後に続く者達に勇気を与えると信じている」


 国への忠誠と唯一神ルーへの信仰を示す為、ブリードは聖騎士に叙任されて以来、戦い続けてきた。自分は人間であると証明する事こそが生きる意味。


 そして自分の存在が他の忌むべき白達の進むべき道を照らし出す光になれば、と願っている。


「少なくとも俺はお前の事を仲間だと思ってるぜ」

「ありがとう」


 ブリードは相好を崩した。首都に戻ってくるまでずっと戦地にいたので気を緩めるのは久しぶりだ。


「今日はもう非番だろ? 存分に羽を伸ばしとけよ。明日には戦地に向かうんだからな」


 ブリードは叙勲と同時、新たな任務を拝命していた。半年前に突如、地上に出現した魔族の軍勢を討たねばならない。


「アンヌン王国の次は魔族か……ずいぶんと忙しない事だ」

「俺は首都こっちに居残り組だからお前さんの力にはなってやれないが……」


 ディアリンが申し訳なさそうに俯く。


「死ぬなよ?」

「当然だ。私はまだ死ねない。やらねばならぬ事がいくつも残されている」


 二人が別れの挨拶を交わそうとしていた時だった。


「――なぜ、平民ごときが貴族の式典に紛れている?」


 横合いから悪意剥き出しの声をかけられる。


 ブリード達は揃ってそちらを振り向いた。


 ニヤニヤと挑発的な笑みを浮かべた三人の男達がこちらに近づいてくる。


「そのように下賤な面構えをしていながら、よくも抜け抜けと顔を出せたものだ!」

「まったくもって場違いも甚だしいな!」


 その顔ぶれを見て、ブリードは目を細めた。彼らは聖騎士団の同僚である。


「家畜が服を着ても滑稽なだけだぞ!」


 リーダー格の眼帯をつけた男がディアリンを揶揄した。


 残りの二人がディアリンを指差し、いやらしく囁い合う。


 平民出身でありながら聖騎士にのし上がったディアリンの事を快く思わない者は少なくない。


 家柄が何より大事な彼らにとって自分達より実力のある平民ディアリンの存在が癪に障るのだろう。事あるごとに難癖をつけてディアリンに絡むのだ。


 友を侮辱されては黙っていられない。ブリードは彼らに抗議しようとする。


 しかしディアリンがそれを手で制した。彼らの前へと一歩踏み出す。


「そう冷たくしてくれるなよ、コルム。仲間だろ?」


 途端、眼帯の男コルムが心底嫌そうに眉をひそめた。


「貴様なんぞが仲間であるものか! 身の程を知れよ!」

「腹を割って話してみれば意外と気が合うかもしれねえぞ? ――そうだ! 今度、一緒に飲みに行こうぜ。いい店知ってんだよ。そこの看板娘がまた別嬪でな」


 ディアリンがコルムと強引に肩を組む。


 コルムが慌ててディアリンを引き剥がした。


「触れるな、穢れるだろうが!」


 つれなくされたディアリンが肩をすくめる。


「フン……やはり平民は平民だな! 礼儀を弁えておらんらしい!」


 コルムを庇うようにディアリンに詰め寄った男が声を荒げた。頬に走る大きな裂傷が特徴的である。噂によると女性関係のトラブルで付けられた傷らしい。名誉の負傷でもなんでもない。


「ああ、スマンスマン! こちとら無学なモンでね。その辺も含めて、ご指導ご鞭撻を賜りたく存じます――敬語はこれで合ってるか?」


 罵られようとディアリンは気色ばむ事なく、調子よく振る舞っている。


 頬傷の男ブレンダンがすっかり毒気を抜かれていた。


「噂は聞いてるぜ。あんたと交友を深めるなら娼館あたりがいいか?」


 痛む腹を探られたらしく、ブレンダンが顔を引きつらせる。


「ね、根も葉もない噂に惑わされるとは……し、所詮は平民か。それに、薄汚い売女なんぞに身体を触れさせるなど辛抱ならん話だ!」

「ひどい事言うな。娼婦達だって生きる為に必死なんだぞ」


 三人はディアリンの手玉に取られていた。


 ブリードは人知れず安堵の吐息を漏らす。もとより自分の出る幕ではなかったようだ。ディアリンのように悪意を受け流す世慣れた対応などできない。正論を武器に噛みついて三人の反感を買うばかりだったろう。


 もっと要領よく、愛想よくできればよいのだが……あいにくとブリードは器用ではないのだ。黙して語らず、行動で示すのみ。


 ちっとも堪えた様子がないディアリンを前に、三人がつまらなそうに押し黙ってしまう。


 どうにか吠え面をかかせてやろうとばかり、ニキビ面の男ショーンが周囲に視線を巡らせ――やがてブリードに目を留めた。


「忌むべき白なんかの相手をしてるなんて……アタマおかしいんじゃないか?」


 付け入る隙と見たか、他の二人も追随する。


「ひょっとして貴様も魔族なのではないか?」

「あるいはもしや……その女を好いておるのか? 獣とまぐわうのが趣味とは……平民は恐れ知らずだな!」


 瞬間、ディアリンの顔から表情が消え失せる。


「あのよぉ……俺の事を何と言おうが構わんけど、こいつの事までバカにすんのはやめてくんねえかな?」


 あくまで平静な声で三人に話しかける。しかしそこには尋常でない迫力が込められていた。


 ディアリンの豹変を察し、三人が後ずさった。


「き、貴族に盾付くつもりか!?」


 コルムが声を絞り出した。精一杯、虚勢を張っているのが透けて見える。


 三人が一気に殺気立ち、腰に佩いた得物にそれぞれ手を伸ばす。


 それに応じてディアリンが背負う愛槍に手をかけた。


 一触即発の空気の中、ブリードは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。


 この流れは、マズい。いくら聖騎士の立場にあるとはいえ、平民であるディアリンが貴族と揉め事を起こすのは今後の去就に差し障る。しかもディアリンは自分なんかの為に怒ってくれているのだ。


 なんとしても止めねば。ブリードは対峙する者達の間に割って入ろうとする、

「――何の騒ぎかな?」

より速く、爽やかな響きの声が対峙する者達の足を縫い止めていた。

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