第4話 憎悪の連鎖
牢獄に押し込められてから丸一日が経過した。
ブリードは鎖に繋がれ、なにが悪かったのかを心の中で問いかけ続けていた。自分はダーナ王国の聖騎士としての立場を貫いたつもりだ。迷いながらも魔族と戦う決意を固め、真実を包み隠さず打ち明けた。
その報いがこれかと、やるせない気持ちに襲われる。
ふと、檻の向こうで物音がした。俯いていた顔を上げると、廊下にポーリクの姿が見えた。
看守役の兵士がポーリクに敬礼した。
ポーリクがその兵士にブリードの牢の扉を開けるよう命じる。
「団長! どうか話を聞いてください! 私は人間です!」
ブリードは牢の中に入ってきたポーリクに呼びかける。
「貴様はまだ殺さない」
しかしポーリクはこちらの言葉に答える事なく、一方的に喋った。
「ブレスの企みが知れ渡った時、国内は未曽有の混乱に見舞われる事だろう。早急に対策を立てねばならない。ゆえに現在、総力を挙げて国内に潜む魔族の仲間――忌むべき白狩りを始めている」
ブリードは背筋が凍りつくような悪寒に襲われた。胃が鉛を飲んだように重い。
「なん、だと……?」
ポーリクが『なにか』を手に下げていた。それは――
「コレは貴様の手の者なのだろう?」
それをブリードの手元へ投げ寄越す。
「ポーリク……貴、様アアアアァァァ――ッ!」
床に転がったのは胴体から切り離されたシネイドの生首だった。
「この子がなにをした! ただ、生きていただけだというのに……貴様はッ!」
ブリードはポーリクの喉元に喰らいつかんばかりに詰め寄った。しかし四肢を拘束されているせいであと一歩届かない。鎖がギリギリと軋む。
ポーリクが間近でこちらを睥睨してくる。
「混乱が収まった後、貴様は反乱の首謀者として、公衆の面前で処刑される。それまで、己の罪を悔やみ続けるといい」
「ふざけるな! 私は人として――ダーナ王国の者として正しくあろうとした! 裏切ったのは貴様らの方ではないか!」
もはや交わす言葉などないとばかり、ポーリクが踵を返す。
「戻ってこいッ! 貴様は……貴様だけは許さん! 殺してやる! 殺してやるぞ、逃げるなああアアアァァァァ――ッ!」
渾身の憎悪を込めた絶叫も虚しく、ポーリクの姿が視界から消える。
「おのれ、ポーリクポーリクポーリクポーリクポーリクポーリクポーリクポーリクポーリクポーリクポーリクポーリクポーリクポーリクポォォォオオオオリクウウウゥゥゥ!」
ブリードは声が枯れるまで叫び続けた。
やがて精も根も果て、床にへたり込んでしまう。
「あ、あああ……シネ、イド……」
シネイドの首を労わるように持ち上げ、その顔を覗き込む。
恐怖に歪んだ表情のまま事切れていた。
ブリードはその瞼を閉じてやる。
短い付き合いだったが、確かに家族だった。欠かせない存在だったのだ。これまでは明日を夢見る事のできない境遇であったからこそ、これからは未来への希望を胸に生きてほしかった。その助けがしたかったのだ。
「いや、いやあ……いやああああアアアァァァァ――ッ!」
ブリードはしゃがれた声で生涯二度目の慟哭を上げた。
★ ★ ★
王国側がブレスの計画を看破してから二週間が過ぎた。事実を知った者達には緘口令が敷かれたものの、人の口に戸は立てられぬもの。詳細な噂が市井の間に広まっていた。
「お帰りなさいませ、旦那様」
王都にあるクール侯爵家の別邸に足を運んだポーリクを迎えたのは老齢の執事だった。
「久しぶりだね。僕が留守にしている間、大事はなかったかな?」
普段は修道院内の個室で寝起きしているが、時折こうして様子を見に来ていた。
「委細、問題ございません」
「それはなによりだ」
「此度のご滞在はどのくらいになりますでしょうか?」
「ゆっくり羽を伸ばしたいところだけれど、そう長くはいられないな」
今、国内の人心はかつてないほど揺れている。街中ですれ違う者が実は魔族側の密偵かもしれない――人はそんな状況に耐えられない。民草の間で暴動が巻き起こり、忌むべき白のみならず、魔族との関係を疑われた者達まで私刑にかける事態に発展していた。
周囲への不信感が膨らんで爆ぜ、怨嗟の声に満ちている。一刻も早く対処をせねば。具体的には、恰好の槍玉たる忌むべき白を一掃する事で、反乱をひとまず収めたと国民を納得させるのだ。
そう思いを強くしていると、屋敷の奥からこちらへと歩を進めてくる人影が見えた。
使用人として雇った元奴隷の少年ニールである。
「ニール君、元気にしていたかい?」
ポーリクはニールに微笑みかける。
だがニールは無反応。フラフラと頼りない足取りとうつろな眼差し――明らかに様子がおかしかった。
「こら、旦那様の御前であるぞ! 挨拶ぐらいせんか!」
執事がニールの不躾な態度を叱責した。
「構わないさ」
ポーリクは執事を手で制しニールの下へ駆け寄った。しゃがんで目線の高さを合わせる。
「体調が優れないようだけど、大丈――」
「シネイドの……仇ッ!」
それは一瞬の出来事だった。
ニールが自らの懐に手を伸ばしてダガーを取り出し――いきなり突きかかってきたのだ。
完全に油断していたポーリクは刺突をまともに腹部に受けてしまう。
「な、にを……?」
それは致命傷である事を悟った。自分が、ではない。ニールが、である。
接触の瞬間、ポーリクは騎士として磨き上げた危機回避の直感に従い、機械のごとく反射的かつ自動的に身体を動かしていた。すなわち、ニールに先んじて、レイピアを抜き放ち、その喉を貫いていたのだ。
「旦那様!?」
執事が慌てて近づいてくるのと同時、ニールがうつ伏せに倒れた。
「ご無事でございますか!?」
執事がポーリクの傷口を検める。
しょせんは戦闘訓練も積んでいない子供の一撃。聖装の加護で高められた自己治癒力を以ってすれば、短時間で治る程度の損傷である。
「……問題ないさ」
そんな事より、自らの手でニールを殺めてしまった事の方が余程、ポーリクの精神に負荷を与えていた。
「旦那様から大恩を賜りながら……仇で返しおって!」
執事がニールの遺骸を足蹴にしようとする。
「やめてくれ!」
ポーリクの叫びが執事の足を縫い止めた。
「人間同士が傷付け合う姿なんて見たくない」
ポーリクは痛ましげな表情でニールを見下ろす。
彼は最後に『シネイド』と口にしていた。それは確か、ブリードの使用人の名だったはず。自分の知らないところで個人的な親交があったのだろうか? そして殺したのが自分である事をどこかで知り、復讐を遂げんとした。
もしそうであるならば、彼もまた被害者だ。忌むべき白が人間がましい振る舞いで人間を惑わせた例の一つである。
「ニール君を丁重に弔ってあげてほしい。彼は悪くない……ただ、魔族に騙されていただけなのだから」
ポーリクは執事にそう言いつけた。どうかニールの罪を赦したまえと唯一神ルーに祈りを捧げる。
もはや立ち止まれない。魔族も忌むべき白もすべて殺し尽くし、王国に平和を取り戻すのだ。それがニールに対するせめてもの贖罪になると信じて。
忌むべき白は断じて人間ではないのだ。そう線引きしなければ、神木教会に支えられた人間社会が成り立たない。
だというのに、腹の傷口が疼いて仕方ないのはなぜだろう?




