第3話 叙勲式
本日はダーナ王国において革新的な一日であり、ブリードにとって記念すべき一日であった。
首都アートの小高い丘にそびえる王宮。その隣に建立された神木教の大聖堂。
純白の貫頭衣を身に纏った祭司の長が祭壇へと跪き、唯一神ルーに祈りを捧げている。
背後に控える者達もそれに倣っている。
やがて祭司長が祈りを締めくくった。
この場に集った者達が一斉に起立する。
祭司長に促され、国王が叙勲式の開催を宣言する。
「聖騎士ブリード・オディナ、前へ」
大聖堂の端に控えるブリードに厳かな口調で呼びかけた。
「はッ!」
ブリードは歯切れよく返事をして動き出した。アーチ型の天井の下、祭壇への通路を進んでいく。
脇に居並ぶ、式典用の礼服を身に纏った国の重鎮達の不躾で険しい視線がブリードを容赦なく突き刺した。
「忌むべき白なんぞが……!」
「穢れた混血め!」
ブリードに親愛の情を向ける者などほとんどいない。国王と祭司長こそ、嫌悪を表情に出してはいないものの、ひそひそと囁き合う連中を咎めない事がその本音を如実に示していた。
ブリードは息苦しさを感じつつも、それを決して表情には出さなかった。代わりに、聖騎士団の制服の詰襟をわずか緩めた。
大聖堂の奥、祭壇たる石舞台の下まで辿り着く。待ち構えていた国王と祭司長の手前で片膝をついた。
天井のステンドグラスを通して燦燦と降り注ぐ日の光を背に、国王がブリードの打ち立てた功績を読み上げていく。
曰く、先のアンヌン王国とのダーナ沖海戦における貴君の功績は云々――
まったく心の込もっていない言葉を降り注がれ、ブリードは顔をしかめた。明らかに不敬な振る舞いだが、首を垂れているので悟られまい。
その後、式典はつつがなく進行していった。
国王が叙勲式の終了を宣言すると、参加者達がバラバラに動き出した。ある者は即座にこの場を立ち去る。またある者は自分より立場の高い者へと積極的に話しかけていた。得意のおべんちゃらを駆使して保身と社交、つまりは政治に余念がないようだ。
式典の終了を以って、ブリードは騎士爵から男爵へと陞爵――貴族の一員となり、修道士から祭司への昇格を果たす。客観的に見て大した栄進のはずなのだが、ブリードにねぎらいや称賛の言葉をかける者はいない。
「お疲れさん」
いや、『いなかった』というべきか。ブリードが外の庭園に出た直後、大柄な男がブリードの肩に手を置いた。
ブリードは男の方へと振り向く。
「ディアリンか」
聖騎士団の同僚ディアリンが屈託のない笑みを浮かべていた。ゴツい顔つきと筋骨隆々な体格をしており、一見して近寄りがたい男である。
しかし実は、彼がとても気さくで愛嬌のある奴だという事をブリードは知っている。ブリードにとって唯一、友人と呼べる相手だった。
「美人の晴れ姿、この目にキッチリ焼き付けさせてもらったぜ」
美人などと褒めてくれるのはこの男くらいである。ブリードは苦笑した。
「お世辞は勘弁してくれ。面映ゆすぎて身体が痒くなる」
「俺はマジで言ってんだけどな……それにしても、お歴々は相変わらずお前さんに冷たいな。お前さんがどれだけ国に貢献してきたか分からん訳でもあるまいに。もう少し態度を改めてもいいんじゃねえの?」
ディアリンがうんざりした顔で周囲を見渡す。
「仕方ないさ……」
ブリードは寂しげに呟いた。髪をかき上げながら横を向いた時、どうしても好きになれない自分の顔が噴水の水面に映り込んでいる事に気付いた。
肌は雪のように白く、瞳はバラの花のように赤く、髪は羊毛のように白い。間違いなく美人の部類に入る端正な顔立ちなのだが、ブリード本人に自覚はなかった。
ブリードのような身体的特徴を持つ者達を忌むべき白と呼ぶ。国に少数存在する彼らは先天的に日の光に蝕まれるという性質を持っていた。
ゆえに被差別の対象となっている。日の光は太陽の化身たる唯一神ルーの恩恵であり、それを受けられない者達は神の祝福を拒んだ邪悪だとして。
魔族の血が混じっているなどと根拠のない風説を信じている者がこの国には大勢いる。
だからブリードが忌み嫌われるのは仕方のない事だ。