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第5話 脱走

 突如としてローワンが村に現れた翌日、ローワンの姉メイは森の中を歩いていた。


「なあ、メイ……ホントに行くのか?」

「やっぱり子供だけじゃ無理だよぉ」

「今なら間に合うって! 帰ろうぜ!」


 随伴させた子供達が不安げに囁き合っている。


 今更、なにを怖気づいているのだ。メイは勢いよく振り返った。


「帰りたければ帰れば?」


 そう言ったきり、スタスタと先に行く。


「ま、待ってよ!」


 子供達が慌てて追いかけてきた。


 生贄として連れ去られたローワンは魔王の手により魔族へと生まれ変わった。そして戦場で活躍している。


 かような風の噂が村に伝わってきたのは数か月前。昨日の一件以来、それが事実だと明らかになった。


 ゆえに村の者達は怯えきっている。今まで虐げてきた分のツケを払わされるのではないかと。


 メイも他人事ではない。ローワンが忌むべき白に生まれたせいで自分と両親は肩身の狭い思いをしてきた。さいわい自分は容姿と社交性に恵まれた為、同年代から仲間外れにはされなかったものの、ローワンに辛く当たっていた。


 さすがに生贄にされると聞いた時は止めるべきだと思ったが、大人達の必死さを見ているとなにも言えなかった。


 魔族が村を訪れた当日はどんな顔をしてローワンを見送ればいいのかわからなくて、家にこもってしまった。


 間違いなく、ローワンは自分の事を憎んでいる。じきに殺されてしまうだろう。


 だからこそ、こうして魔侵領域からの脱出を試みているのだ。わざわざ街道を避け、草木を掻き分けて。こんな道を通るのは獣か猟師しかいるまい。


 魔王は奇特な奴らしく、今のところ人の生存を許しているものの、いつ気が変わるか知れたものではない。弱腰の大人達に代わって、王国軍に魔侵領域内の実情を伝える者が要る。


 この国の植生としてカシの木はメジャーなものである為、無色無臭の瘴気の毒に侵される危険性は低い。子供でもやれるはずだ。メイは村全体を救うのだと勇み足で進み続けた。


 ――しかしその行為は蛮勇と言わざるを得ない。魔族が地上にやってくる前から、森の奥深くに入るのは大人達にかたく禁じられていた。相応の理由があるからだ。


 今、危険それがメイ達に文字通り牙を剥く。


 前方から葉擦れの音がかすかに聞こえてきた。剣呑な唸り声と共に。


 一行は足を止める。


「なん、だ……?」


 肩を寄せ合って繁みの奥を見やる。


 音は複数、あちこちから発されている。しかも徐々にこちらへ近づいていた。まるでメイ達を取り囲むように。


 至近で音が鳴った時、ふいに嘘みたいな静寂が訪れる。


 直後、飛び出した影が子供達に襲い掛かった。


 ★ ★ ★


 ブリードは領主の館に泊まる事を命じられた。一応、客分待遇らしい。


 もっとも、いついかなる時も中級魔族一体、あるいは低級魔族二体を監視としてつけられていたが。


 一夜明けた朝、ブリードはローワンに付き添われて市外の練兵場に赴いていた。ブレスはなにやら用事があるらしく、朝早くから遠出している。


 ローワンが長大な木製の棒を構える。殺傷能力を抑えた模擬戦闘用の武器だ。


「――行くのっ!」


 対面する複数の魔族へと跳びかかった。棒を大きく振るう。


 魔族達が大盾を前面にかざして必死でローワンの猛攻をしのいでいる。


 しかし徐々に圧されつつあった。あわや盾が砕けて魔族達が吹き飛ばされる、というところで別の集団が横合いからローワンに攻撃を仕掛ける。


 ローワンが彼らの攻撃を無防備に受け止め――容易く弾いてみせた。


 今この場では模擬戦闘訓練が行われている。本来ならば一対一が基本のはずだが、低級魔族一体では中級魔族に対抗しうるはずもない。そこで魔族達は束になってローワンに襲いかかっている。


 だがローワンは彼らをまるで寄せ付けない。愚直な突進で包囲網を破り、彼らの背後から一撃。


 攻撃を受けた魔族達がたまらず倒れ込んだ。


 ローワンが次々と迫りくる魔族達をちぎっては投げ、ちぎっては投げる。


 最中、手にした棒が木端に砕け散った。度重なる負荷に耐えきれなかったのだろう。


 それを合図として模擬戦はいったんの休止となった。辺りには肩で息をしながら寝転ぶ魔族の姿が多々見受けられる。まさに死屍累々といったところか。


「みんな、お疲れ様なの。付き合ってくれてありがとう」


 ローワンだけが平然と屹立していた。


 聞けば、ここにいる者達はローワン直属の歩兵部隊らしい。一体のオークがローワンに話しかける。


「いやはや、ローワン殿は相変わらずお強いですな。それに比して、我らのなんと不甲斐なき事か……しかしながら、いまだ力任せに武器を振るうクセが抜けてらっしゃらぬご様子。攻撃は腰のひねりや足の踏み込み、腕のさばきなど――種々の動きを組み合わせ、自身の全体重を乗せて繰り出すものです。腕の力だけで放つものではございません。具体的には――」


 武器の扱いを知らぬのも無理はあるまい。半年前まで、ただの村娘だったのだから。


 ローワンがオークの言葉に真剣に耳を傾けている。


「うん、わかったの。頑張るの!」


 一つ頷くと、精力的に素振りの練習を始める。


 周囲の魔族がそんなローワンに温かな眼差しを注いでいる。


 脇で観戦していたブリードは苦虫を噛み潰したような表情になっていた。とてもではないが、ローワンがブレスに精神を操られているようには見えなかったのだ。


 そんなこちらの心境を知ってか知らずか、ローワンが駆け寄ってきた。


「お待たせなの。この辺で訓練を切り上げるの。どこか行きたい場所は? 好きな場所に案内するの!」


 魔族の将校の一角として、ブリードの勧誘という役目をまっとうせんとしているらしい。


「……一つ問いたい。君は今の立場に疑問を感じないのか? 他に居場所がないから仕方なく戦っているだけではないのか?」

「当然、ローワンは望んでここにいるの!」


 ローワンの返答にはわずかの迷いもない。

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