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第2話 魔王の提案

「……は?」


 耳を疑うような発言に間抜け面を晒してしまう。すぐさま己の失態を悟り、無表情を取り繕った。


「フン……私を懐柔しようとでも言うのか? 魔族側につけと?」


 ブリードは嘲笑混じりに吐き捨てた。


「あまり舐めてくれるなよ。我ら人間はすべからく太陽の子!」


 滾る信仰心を胸に吠える。


「どんな責め苦を受けようとも、日の光に忌まれた貴様らに首を垂れる者など一人もいない!」


 一息に言い切った。交渉は決裂。直後、激昂した魔族に殺されるかもしれないが、後悔はない。人間としての意地を貫くべきだ。


「…………」


 しかし予想に反してブレスがブリードを嘲るように喉を鳴らす。


 それが不気味だった。たまらずブリードは口を開く。


「な、なにがおかしい!?」

「ククク……貴様が人の代表面をして人を語るか。なあ、忌むべき白よ」


 ブリードは歯噛みした。ブレスの言う通り、ブリードはある身体的特徴を持って生まれたせいで周囲から疎まれてきた。お前は人ではないと面罵されたこともある。


 しかしそれでも――


(私は……人間だ!)


 必死で自らに言い聞かせる。


「どだい迫害される身。人の社会に貴様の居場所はない――だが、吾輩ならば貴様の居場所を作ってやれるぞ?」


 その言葉を聞いた瞬間、ブリードは胸が高鳴るのを自覚した。その事実を誤魔化すように叫ぶ。


「バカな事を抜かすな! 私を玩弄するつもりか?」

「いいや、吾輩は本気だよ。吾輩ならそれができる。吾輩の魔王としての能力、魔別コンセクレーションを以ってすればな」

「魔別……だと?」


 ブリードは聞きなれない単語に首を傾げた。魔族は種族によって多様な能力を持つ。しかし魔別などという能力の情報など耳にした事もない。


「そう、人を魔族へと転化させる能力だ」


 ブレスが誇らしげに宣った。


 ブリードは限界以上に目を剥いた。


「そ、そんな……能力が存在する、のか……!?」


 声の震えを抑えきれない。さすがは地上に初めて来襲した魔王。魔帝インデッハの血に連なる諸王の一角に相応しい邪悪な力を有しているようだ。


 愕然としたブリードの様子を見て、ブレスが満足げに腕を組む。


「フフフ……吾輩の偉大さに言葉もないようだな!」


 続いてローワンが我が事のように胸を張る。


「戦闘では何の役にも立たないブレス様の唯一の取り柄なの」

「いちいち悪口を挟まにゃ、まともに発言もできんのか、貴様ァ!」


 ブレスが声を荒げてローワンの頭を叩いた。硬い物を殴った時特有の鈍く重い音が小さく鳴る。


「痛っ……この石頭めェ!」


 手を抑えながら恨めし気にローワンを睨む。


 叩かれた当人はケロッとしていた。


「実際、お前は戦力外だろ。魔王のくせに低級魔族以下とか、冗談みたいな雑魚ぶりだし」


 コンホヴァルが悪びれもせず言った。


「あーあーあー、やかましいわ! 忠実で慇懃な下僕共を持てて、吾輩は幸せだよっ!」


 ブレスがヤケ気味に吐き捨てた。そのままイジけて隅の方へ行ってしまう。


 それを放置して、ミアがブリードに話しかける。


「実は、わたくし達もかつては人だったのですよ。あなたと同じく。わたくしをこんな身体にしてしまわれて……罪なお方。責任を取っていただかなくては」


 ミアがブレスの方を一瞥する。


 獲物を狙う肉食獣のような眼光に気圧されたか、ブレスが身震いした。


 ミアがブリードへと向き直る。


「最初は戸惑われるかもしれませんが、案ずる必要はありません。わたくしはご主人様をお守りできる今の立場に至福を感じていますもの」


 恍惚と目を細めるミアを前に、ブリードは絶句した。人から魔族へと変貌させられてしまったというのに現状を嘆く様子が一切見受けられない。間違いなく、精神を掌握されている。


 ゴクリと唾を嚥下する。自由意思を奪われて魔王の手先になるなど冗談ではなかった。


「貴様のような悪逆の輩は初めて見たぞ!」


 ブリードは挑みかかるような視線をブレスへ向けた。


「……貴様、なにか盛大な勘違いをしてないか?」


 対して、ブレスが戸惑いの混じる声を発した。


「貴様は……貴様だけは必ず、このブリードが仕留める!」


 ブレスがなにやら囀っていたが、もはやブリードの耳には入らなかった。人を魔族へと堕落せしめる力。断じて存在を許容できない。命を賭して討つべき敵だと理解した。


「釈然としないものを感じるが……まあ、よい――気丈に振る舞えるのも今の内よ! 直に、貴様の方から吾輩の下僕モノになりたいとこいねがう事になるだろうからな、クハ……クハハ、クハハハハアアアァ――ッ!」


 不快極まる高笑いが耳朶を震わせる中、ブリードはどうにかしてこの場を脱する算段を立て始める。現在地は敵の中枢たる魔侵領域ダンジョン。絶対の信頼を置く二振りの愛剣を奪われてしまった事実がどうしようもなく心許ない気持ちにさせる。


 果たして、こんな状態で魔王と魔王軍将校ら――眼前の四体を出し抜く事ができるだろうか?


 どうしてこんな事になってしまったのか。己が不覚を呪う内、ブリードの意識は自然と数日前に立ち戻っていった。

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