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第3話 帰郷

 ブリード達は用意された馬車で市内を見て回った。その過程でブリードはブレスが魔族ならではの領地運営を行っている事を悟る。


 人間の領民のみならず、配下達にも漁業や土木工事に従事させていたのだ。魔族の身体能力があれば、やれる事が増える。通常よりも作業が捗っているのは一目瞭然だった。


 リザードマンやオーク達が一抱えほどもある漁網や資材を軽快に運搬していた。


 セントール達が馬代わりとなって馬車を引っ張っている。


 エルフ達が炎を生み出し、かまどに容易く火を熾していた。


 ハーピー達が建築途中の家屋の周囲を足場もなしで自由に飛び回っている。


 人が技術を、魔族が力を、それぞれ活かし協力していた。半年間で交流を深めたのか、人と魔族が談笑している姿も見受けられる。


 ブリードはしかめ面で馬車の席に腰かけていた。ブレスが市内の様子を見学させているのは自分達の良さをアピールする為だろう。お前もこちら側に来いと手招きしているのだ。


 断じて認めるわけにはいかない。


「どうだ? 吾輩の手腕に言葉もあるまい」


 向かいの席に座るブレスが偉そうに宣った。


 悔しいが、否定する材料が見つからない。ブリードはせめてもの抵抗とばかり沈黙で答える。


 やがて馬車は市外へと出た。


 辺り一面に農園が広がる。いずれの場所も実り豊か。季節外れの作物さえ育っている。


「コンホヴァルの豊穣の力を利用すれば、土壌や気候の条件など関係ない。ゆえに領民が飢え死にする可能性を潰せる」


 ブリードはブレスの解説を聞きながら、車窓ごしに農民達の様子を眺めていた。彼らの顔は一様に穏やかだった。過酷な強制労働を強いられているようには見えない。


「吾輩は無駄な浪費を好かん。むやみに税を取り立てるような真似はせん。人の貴族共に支配されていた時代よりも楽な暮らしができているであろうな」


 ブリードはギリッと歯噛みした。


 しばらくして馬車が留まった。ブリード達は地面に降り立つ。


 そこは土がむき出しの開けた平地だった。


「うおらあああァァァッ!」

「はああアアアァァァッ!」


 勇壮なかけ声がそこかしこから耳に届く。


 多くの魔族が集って、軍事訓練を行っているのだ。


 右の集団が陣形の練習に励んでいた。上官らしき魔族の号令に従い、動きを揃えて陣形を組み替えていく。一糸乱れぬ――とはいかぬまでも、無様とは言えぬ水準に達していた。


 左の集団は武器を手に一対一の模擬戦闘をこなしている。けたたましい剣戟の音が周囲の森を震わせていた。


「貴様らが知るように、魔族の間では、個の強さをなにより尊ぶ思想が蔓延っている。軍団としての纏まりを持てるよう教育するのには骨が折れた。これもひとえに吾輩の統率力があってこそのものよ」


 ブレスが咳払いをする。


「さて、領内の紹介はこれで一通り終わった訳だが……ローワンよ、ここからならば貴様の村が近いぞ。ついでに寄っていくか?」


 ローワンがブレスを見上げる。少しの思案の間を置いてからコクリと頷いた。


(村……だと?)


 ブリードは主従のやり取りに疑問を抱いたものの、とくに突っ込む事なく、ローワンに引っ張られる形で馬車に再度乗り込んだ。


 練兵場にほど近い場所へと到着する。小規模な村落だった。


 村内に足を踏み入れたブリード達に村人達の探るような視線が突き刺さる。


「ローワン……」

「ローワンだ!」


 なぜか、口々にローワンの名を呼んでいる。その声には明確な怯えが感じられた。


「――ヒッ……な、なんでアンタがここに!?」


 取り巻く村人達の一人が奇声を上げた。勝気そうな少女である。顔立ちがローワンに似ていた。


「……お姉ちゃん」


 ローワンが少女を見て呟いた。ゆっくりと少女に近づいていく。


 少女がジリジリと後退する。


「恨んでるんでしょう? 憎んでるんでしょう? アタシ達の事を! 遂に復讐しに来たってワケ!?」


 ローワンが少女の眼前に迫った。おそるおそる手を伸ばす。


「触らないでよ、バケモノ!」


 少女が乱暴にその手を叩いた。


 途端、他の村人が色めき立つ。


「おっ、オイ……よせ!」

「下手に刺激したら皆殺しにされるぞ!」


 一人の例外もなく、ローワンに怯えている。


 ローワンが彼らの態度を目の当たりにして、わずかに眉をひそめた。望まれざる来訪だと悟ってか、クルリと踵を返す。


「……また、来るの」

「もう来ないでよッ!」


 少女が半ば狂乱ぎみに叫んだ。


 ローワンは振り返ることなく、ブリード達の下に戻ってくる。


 そこへと進み出てくる人影があった。


「魔王ブレス様、それにローワン……様、お久しゅうございます」


 初老の男性がブレスに跪く。


「此度は何用で、このような辺鄙な場所にお越しになったのでしょうか?」

「吾輩に用はない。ただ、ローワンが故郷の様子を見に行きたいと申してな。貴様らが息災であるか、こやつは常々案じておったのだぞ?」

「左様でございますか」


 男性がローワンに向き直る。


「私共の仕打ちを鑑みれば、御身がお怒りになられるのも無理はございません――ですが、どうかご慈悲を頂けないでしょうか? どうか、儂の首一つで手打ちにしてくだされ」

「……違うの、村長さん。ローワンは本当に村のみんなとお姉ちゃんの顔を見たかっただけなの」


 ブレスがローワンを庇う。


「こやつは卑怯で醜悪な貴様らとは違う。愚かなほどに純粋な吾輩の下僕だ」


 そう言い捨て、ブリードとブレスを連れてこの場を立ち去った。

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