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第2話 港湾都市ガリブ

「いったい、なんの真似だ?」


 ブレスとの面会を終えて早々、ブリードは兵舎らしき建物の地下牢から出された。


「私を拘束しないでよいのか? 豪胆な事だな」

「問題ないの。貴方がなにかしでかす前にローワンが止めてみせるの」


 ローワンが気負う風もなく、そう言った。


 囚人の扱いとしてはあまりに不用心とはいえ、常人と中級魔族にはそれだけの知覚能力と身体能力の差がある。こちらが行動を起こそうとした矢先に、あっさり制圧されてしまうだろう。


 ブレスとローワンがついてこいと促してくる。


 今は黙って従う他ないが、いずれ脱出のカギを見つけ出してみせる。そう決意し、ブリードは二人の後を追う。


 兵舎を出た途端、ブリードは目を見開く。


「人が、いる……だと!?」


 街には無数の人々が行き交っていた。


「どういう事だ……なぜ生かしたままにしている!?」


 人の生活圏の周囲と主要な街道沿いには必ずカシの木が植えられている。木に宿った神の加護が瘴気の毒を浄化してくれるからだ。


 ゆえに、魔族は制圧した地域のカシの木をすべて伐採し、人間達を死に至らしめるのが地上侵攻の基本とされている。


 そもそも、聖装を失ったブリードが未だ息をしていること自体が異常なのだ。


「こやつらは吾輩の手足たる領民だ。貴重な労力をいたずらに消費する訳もなかろう」


 ブレスの言葉通り、人々は日常の営みを保っていた。商人達は威勢よく声を張り上げているし、子供達はにぎやかに走り回っている。


 衛兵の役割でも担っているのか、武器を持った魔族とすれ違った。ブレスを見るや、胸に手を当て、恭しく一礼してくる。獣が騎士じみた真似をする姿はどこか滑稽だった。


 周囲の人々は、さすがに近付こうとはしないものの、魔族に怯えている風もない。


 ここが魔侵領域だとはとても思えなかった。


「吾輩は今までの戦う事しか知らん魔族バカとは違う。利用できるものは人でも利用するのだ」


 市内を巡りながらブレスが話しかけてくる。


「先の戦における貴様らの敗因はわかっておろう――吾輩達を侮ったからだ」


 あの戦は歴史的な大敗として後世に語り継がれる事になるだろう。


「吾輩がこのガリブを制し、まず行ったのは領地の引き継ぎだ」


 ブリードはブレスの言から現在地を把握する。ここはダーナ王国西部、つまりコナハト地方の最西に位置する港湾都市ガリブなのだろう。潮の匂いが周囲に漂っている。


「捕虜の中に領主の執事と将軍がいてな。助命を条件に、そやつらから政務と軍務を教わった。吾輩は地上の事情に疎いからな。色々と学ぶ必要があった……かくして敵を知り、備えを怠らず、戦に臨んだという訳だ。貴様らは吾輩達を平原に追い込む事に成功したとでも思っておったのだろう? しかし逆だ。吾輩達が貴様らを平原まで誘い込んだのだよ」


 なるほど。王国軍が勝てぬ訳だ。魔族が持っていた武器はてっきり王国軍から鹵獲したものかと思っていた。だがこの様子なら自領の鍛冶屋達に用意させたのかもしれない。


「他の魔王きょうだいは人も、人の技術も、見下しておるが、吾輩は違う。戦力の向上に繋がるならばなんでもしてみせよう。そして必ずや王国を制圧してやろうではないか!」

「そうはさせんぞ……!」


 ブリードはブレスを睨み付けた。


 ブレスはそれを意にも介さず、こちらへ向き直る。


「さて、貴様にこんな話をしている理由は一つ。貴様の心変わりを誘発したいからよ。なにやら勘違いしておるようだが、吾輩はむりやり貴様を自軍に引き込むつもりなどない。自らの意志で戦わん者など戦力にならんからな」

「ふざけるな!」


 ブリードは大きく腕を振って、邪悪な誘惑を一蹴する。


「先の敗走は王国にとって大きな痛手であろう? 各地から兵を必死でかき集めたというのに、あのザマではな。勢いはこちらにある。勝つのは吾輩達だ。王国に義理立てしてもためにならんぞ。勝ち馬に乗りたいとは思わんのか?」

「勝てそうな方につく――私がそのような変節漢だとでも思うか? 私が忠誠を誓うのは唯一神ルーとダーナ王国のみだ」

「フン……されど、相手方はそう思っておらんのではないか? 貴様ら忌むべき白を弾圧するばかりではないか」

「そ、それは……」

「自分を認めん者達に従う理由がどこにある?」


 ブリードは即座に言葉を返す事ができなかった。帰る場所はダーナ王国だと思っている。今や家族もいるのだ。


 しかし自らの境遇に疑問を抱いた事がないといえば、嘘になる。


「――問おう。貴様はどこに立脚点を置いている?」

「…………」


 聖騎士として、魔王などに言わせたい放題にしておく訳にはいかない。けれど、反論は何も浮かんでこず――


「あー、まおーだ!」

「ホントだ!」


 ブリードが沈黙を貫いていると、道端を歩いていた子供の一団がこちらに気付いて駆け寄ってくる。


 そしてブレスに群がった。ローブの端を乱暴に引っ張ったり、足を蹴りつけたり、身体によじ登って仮面を外そうとしたりする。


「き、貴様ら! 吾輩は偉大なる魔王であるぞ! もっと敬わんか!」


 ブレスが声を上擦らせて、子供達を威嚇する。


 子供達はブレスの様子に構わず、無邪気にはしゃいでいた。


「まおー、なにしてんの?」

「あそぼー」

「クソガキ共めらァ……今日という今日は許さんぞ! 吾輩の恐ろしさを総身に刻み込んでくれるわ!」

「まおーが怒ったー!」

「にげろー!」


 ブレスが両腕を大きく広げると、子供達が蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。


 ブレスが子供達を追い回す。しかし、きゃあきゃあ騒ぐ子供達にすっかり翻弄されていた。


 その場に取り残されたブリードは呆気にとられてしまう。


「あの子達はブレス様の学校の生徒なの」


 ローワンが話しかけてくる。


「学校、だと?」

「うん。『知恵は自分の身を助ける』というのがブレス様の方針なの。だから平民の子達にも勉強を教えてあげているの」


 これは革新的な行いである。平民は読み書きも計算もできないまま一生を終えるのが普通なのだから。


 前方に目を向けると、ブレスが一人の子供に足を引っかけられて転がされていた。なんとも鈍くさい。


 子供達がブレスを指差して笑っている。


「……あらゆる意味で、奴は魔王らしくないな」


 ブリードは心に抱いた印象を自然に述べていた。


 ローワンがブレスに冷ややかな視線を注いでいる。


「あんな情けない姿を見せては臣下達に示しがつかないの。でも――」


 一拍、間を置いてから再び口を開く。


「――あんな風に誰かと真剣に向き合うブレス様の姿はカッコイイの」


 表情こそ平坦であったものの、ローワンの口調は誇らしげだった。

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