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第15話 遊撃隊長コンホヴァル

 ブリードは地面に叩き付けられ、受け身を取り立ち上がった。


 一本の木が美丈夫の着地点へと狙い澄ましたように這いよった。先ほどと同じ要領で投石機カタパルトのごとく美丈夫を射出する。


 ブリードは息つく暇もなく次撃への対応を余儀なくされた。


 美丈夫がブリードの眼前まで舞い戻ると凄絶に微笑みかける。


「一応、名乗っておくのが礼儀ってモンかね……俺はコンホヴァル。魔帝インデッハ傘下、魔王ブレス軍独立大隊の遊撃隊長だ。今後、長い付き合いになるかもしれんから、よろしくと言っとくぜ」

「長い付き合い、だと? ……笑わせる! 貴様らとの関係は今日限りのものだ。その薄汚い霊魂をマグ・メルへ送り返してくれる!」


 ブリードは抹殺を宣言し、コンホヴァルへ切りかかった。一瞬の間に打ち合い、コンホヴァルが駆け去っていくのを見届ける。


 一帯の林野はブリードを閉じ込める檻と化していた。コンホヴァルの領域ゆえに、好きに環境を整える事ができるのだろう。


 合わせ鏡の間を光が行き交うかのごとく、コンホヴァルは「木によって射出されてはブリードに挑みかかり、ブリードの下を離れては木の上に乗っかる」という工程を繰り返した。剣戟が幾度も交わされる。


 コンホヴァルがランスで前方を薙ぎ払った。


 ブリードは軽く跳んで回避する。


 だがそれは誘いだった。コンホヴァルがランスを手元に引き戻し、空中のブリードに突きを繰り出す。


 しかしブリードはこうなる事を想定していた。あらかじめ双剣で刺突を受け流す体勢を作った上で跳躍している。


 ランスに弾かれた反動を利用し、円舞ワルツのごとく回転しながらコンホヴァルの側面へと回り込む。大きく腰をひねって、体軸をブラさず足を振り上げる。流麗な回し蹴りがコンホヴァルの鎧へと吸い込まれるように命中した。


 脇腹に爪先が食い込み、コンホヴァルの身体が横へと押し込まれる。進行方向を強引に曲げられ、射出用の木が展開されていない場所に到着してしまう。


 慌てて手近な木を動かそうとするが、すでにその背後へとピッタリ張り付くブリードがあった。


 ブリードは地面を踏み切って宙に身を踊らせた。コンホヴァルの首を刎ねんと、挟んで交差させる形で双剣を水平に振る。


 コンホヴァルが身体を傾けて回避しようとする。しかし、もはや間に合わない。


 ――だから別の者が動いた。ローワンがかろうじてブリードに追いつくと、身体ごとぶつかっていくような突きを放つ。


 本来ならば、刺突の間合いにはまだ遠い。だというのに生み出す風圧だけでブリードを吹き飛ばしていた。


「ぐ、あァッ――!」


 ブリードは蹴られた小石のように地面を転がった。その勢いを殺さず立ち上がって、こちらに接近しつつある黒珠の群れから逃れ出でる。


 息遣いが荒くなっている。全身が痛み、徐々に力が入らなくなってきた。果たして、どこまで保つか。


 敵の三体は手強い。それでも一対一ならば勝利できていたろうが、未だまともに一太刀も浴びせられていない。


 焦燥感がいたずらに募っていく。このまま粘っても、結局は殺される未来しか見えない。局面を決定的に転換する一手が必要だ。


 ならば狙うは――


 ブリードは三体と交戦する風を装う。次々と迫る攻撃を巧みにさばき、あるいはかわしながら好機をうかがう。


 やがて、その時が訪れる。ブリードはローワンの突きに合わせて動く。軽業師のごとくハルバードの刀身の上に跳び乗った。


 ローワンが反射的に刀身の上からブリードを振り落とそうとする。


 呼応し、ブリードは刀身を蹴立てて空に舞った。相手の力も活かした大跳躍。あやまたず標的――戦いを静観するブレスの方向へと進んでいく。


 ブレスの反応は致命的に遅れていた。間抜けにも棒立ちしたままだ。


 周囲の魔族達も同様。


 ブリードは事態を察した三体の将校達が追いつくより速く仕留めんとする――最中、ブレスの像に違和感を覚えた。


(あれも幻影か……)


 気配がしない。ミアがあらかじめ自分に幻術をかけて、本物のブレスの姿を隠しておいたのかもしれない。


 しかしそれは無為に終わるだろう。こうして鋭敏に察知されてしまっているのだから。


 ブリードは周囲の気配を探り、即座に本物を看破する。鞭の先端を地面に突き立て軌道を修正、不可視の本物の前へと降り立った。


「死ねいッ!」


 気合一閃、ブレスの左肩から右脇腹にかけて斜めに切り下ろす、

「――な、に……!?」

途中でモラルタによる斬撃を止められてしまう。ブリードは驚愕に顔を強張らせた。


 すでにブレスの姿があらわとなっている。太く強靭なナラの木でグルグル巻きにされていた。


 モラルタがその木に食い込んだままピクリともしない。


 防御されたせいか、ブレス本体にダメージは及んでいないようだ。ブリードは自らの両手の延長と言える域にまで双剣の扱いを習熟している。ゆえに刃から伝わる微細な感触まで把握していた。


 その感覚が正しければブレスの肉体にまで刃がわずかに食い込んだ気がしたのだが、どうやら勘違いらしい。


 ブリードは急ぎ後退しようとする。


 だが一歩遅く、複数のナラの木が足元から地面を突き破って出現した。


「お、のれェ――!」


 全身を取り巻かれ、ブリードは毒づいた。


 ブリードはこれが罠であった事を悟る。


 ブレスはわざとブリードの前にやってきて、その存在をアピールした。そしていつか攻撃されるのを予期し、自らの命を秤にかけて二重の策を用意したのだ。


 一つはミアの幻術によって自らの命を惜しむ姿勢を見せる事で、ブリードの警戒心を薄めたこと。


 その上でもう一つ。ブリードが幻術を見破る事を前提に、攻撃を受け止められる手段と直後にブリードを捕える手段を、コンホヴァルに準備させた。


 ブリードは迂闊にも攻撃をしかけ、このザマに陥ったという訳だ。


「こ、んのおおオオオォォォ――ッ!」


 聖装の加護によって怪力を発揮し、木々の拘束を破らんとする。


 枝や幹がブチブチと嫌な音を立てながら千切れていった。


 今少しで縛りを抜けるという時、ブリードの無防備な後頭部に衝撃が奔った。


「が、ハッ……!」


 視界がぼんやりと滲み、立っているのもままならなくなる中、振り返る。


 ローワンがハルバードを振り下ろした体勢で立っていた。こちらが身動きできない内に近づいてきたのだろう。


 その姿が目に映ったのを最後に、ブリードの意識は暗転した。

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