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第13話 魔王ブレス

「我が軍にとって最大の難敵であるあなたをこの場に足止めする――わたくしは己が役割をまっとうできたようですね」

「貴、様――!」


 ブリードは射殺さんばかりの視線をミアへ送る。自分は時間をかけすぎたのだ。


 これまでの戦いでミアの力の底は見えた。戦闘を続行すれば高確率で葬り去れるだろう。


 しかしこうなった以上、ミアなどに構っている猶予などない。自軍の撤退を支援せねば。


 ブリードは未練を断ち切って踵を返す。襲い来る魔族をことごとく切り伏せながら自軍の下へと急行した。


 ★ ★ ★


 王国軍と合流したブリードは殿しんがりを命じられた。しかも単騎で。


 いくら戦力に余裕がないとはいえ、この仕打ちには理不尽を通り越して呆れるばかりだ。


 あるいは忌むべき白ならば捨て駒にしても構わないと判断されたのかもしれない。


 ふと、自虐的な思いが過ぎる。


 しかし命令とあらば、拒否などできない。兵士達を背に庇いながら平原に留まって戦い続けた――結果、大軍の前に孤立してしまっている。


 そもそも勝敗は開戦の前から決まっていたのだろう。自分がこのザマに陥る事も。


「く、ううぅぅ――ッ!」


 ブリードはうめき声を漏らす。地面に片膝をついて眼前の敵を睨みつけた。


 矢面に立つのは三体の中級魔族。


 先ほどまで戦っていた相手ミア。


 半人半馬の美丈夫。


 人形じみた少女。


 おそらくはミア以外の二体も将校であろう。


 他の魔族はブリードの逃げ場を塞ぐだけで迂闊に手を出してこない。あくまで三体の支援に徹している。


 ブリードは苛烈な攻勢に晒され、すっかり消耗させられていた。


 ここからの挽回など不可能。自分はここで死ぬ。


 もう、歩みを止めてもいいのではないか?


 疲れた。すっかり擦り切れてしまったのだ。


 現時点で王国軍の残存兵の大部分を逃がす事には成功している。一人勇敢に戦って落命した自分の名はダーナ王国の歴史に刻まれる事だろう。その功績は忌むべき白達に十分な希望と勇気をもたらすに違いない。


 気がかりなのはシネイドの事だが、世話を託したディアリンならば悪いようには――


「死んで、たまる……ものか!」


 胸に生じた弱気を否定するように立ち上がった。こんな終わりでは納得できない。自分の生があまりに報われないではないか。


 ブリードは敵へと双剣を突き出す。


「かかってこいッ! 討ち取ってやるぞ……貴様らすべて!」


 満身創痍の状態でなお衰えぬ闘志。


 魔族が恐れをなしたようにざわつき始める。


 だが将校達はさすがに動じない。


「勇ましいねえ……こりゃあ簡単には仕留められそうにないな」


 美丈夫が目を細める。


 ミアが黒珠を自分の周囲に展開した。


 少女が身の丈に余る斧槍ハルバードを構えた。


 互いに距離を開けて向かい合い、場が膠着する。しかしそれも長くは続かない。


「――クハハ! 吾輩の下僕共を相手によく持ち堪えるものよ。敵ながら見事!」


 三体の向こうから唐突に大声が聞こえてきたからだ。


 魔族が道を譲るように列に穴をあける。


 進み出てくるのは仮面とローブを身に纏った者だった。


 ブリードはその者を見咎め、警戒心をむき出しにする。


「貴様は……!」

「吾輩の名はブレス。こやつらを率いる魔王よ」


 三体がブレスを守るように脇を固める。


「あら、ご主人様……どうされました?」

「指揮官が前線に出張ってくるのは愚策だぞ」

「まだ戦争中なの。ブレス様は邪魔」

「き、貴様ァ! いい加減、主人に対する礼儀を弁えんか!」


 ブレスが少女を叱りつける。しかる後、ブリードに向き直った。


「手を焼かされた女のツラを見てやりたくなってな。こうして吾輩自ら足を運んでやったのだ。光栄に打ち震えるがいい!」


 ブリードはブレスに値踏みするような眼差しを向けた。魔王を名乗る割に強者の気配を漂わせていない。配下の将校達の方が遥かに強いだろうと、見てとれる。


「わざわざご苦労な事だな。ならば仮面くらい外したらどうだ? 人前に出る格好としては無礼極まるぞ……もっとも、獣に礼儀を説くなど無粋か」

「フン……この状況で虚勢を張れるその根性、気に入ったぞ!」

「貴様なんぞに好かれて嬉しいはずなかろう!」


 ブリードは颶風と化してブレスとの距離を一気に詰める。ノコノコ前線に現れたのが運の尽き。指揮官を失えば、魔族の統制は乱れるだろう。その隙に撤退するのが唯一の突破口だ。


 低級魔族であれば反応する事さえ難しかったろうが、将校達は格が違った。自分達の主への攻撃をみすみす許さない。


 ミアの影から丸みを帯びた黒盾が浮き出て、ブリードが放つ斬撃の軌道に割り込んでいた。どうやら影から生み出せるのは珠ばかりではないらしい。


 勢いがつきすぎていた弊害で、ブリードは黒盾に身体ごと弾かれる。


 その間に、ブレスが少女に抱えられて飛び退った。自分より体躯の小さな相手に軽々と持ち運ばれている姿はなかなかに滑稽だった。


「貴様ら、できれば殺すな」


 去り際に簡潔な一言を配下にま告げて、ブレスが魔族の中に身を潜めてしまう。


「止めを刺すのにも骨が折れそうだってのに、あまつさえ生け捕りにしろとか……無茶を言ってくれるな、オイ」


 美丈夫が肩をすくめた。


 少女がブレスを置いて戻ってくる。


「ローワンが正面から突っ込むの。二人とも、左右からお願い」


 ハルバードを大きく振り上げながらブリードへと走り寄る。間合いに捉えるや否や、豪快に降り下ろさんとする。


 一連の動きは常人ならば目で追えない速度だろうが、ブリードからすれば問題なく見切れる程度でしかない。


 だというのに、ブリードはその単純な一撃に強烈な怖気を覚えた。反射的に横合いへと身を逃がす。巨木の倒壊にも勝る圧迫感に押され、必要以上に大きく距離を取ってしまった。


 ほどなく、ハルバードがブリードさえ捕捉しきれない速度を瞬間的に発揮して空を切った。その勢いのまま斧刃が地面と激突する。


 ――直後、隕石が落ちてきたかのような地鳴りが巻き起こった。

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