第11話 散撃隊長ミア
オーク達が部隊の陣形内部に食い込んだブリードを仕留めようと押し寄せる。
しかしブリードはその波を容易く凌いでみせる。縦横無尽に駆け回り、遊撃兵としての役割をまっとうした。
オーク達が注意を逸らした隙に、王国軍の前線歩兵部隊が息を吹き返す。足並みを揃えてオーク部隊に突撃を仕掛け、徐々に戦線を押し上げていった。
魔族側はブリードの事を最優先で叩くべきだと判断したらしく、様々な種族が入り乱れてブリードを包囲する。
セントール達が騎乗槍を突き出しながらブリードを襲った。
ブリードは雪崩を打った突撃をひらりとかわす。その運足は空に舞う花弁であるかのように重さを感じさせない。
セントール達が潮が引くように退却していく。
ブリードは彼らの背へ追撃をかけんと一歩踏み出した。
それとほぼ同時、ハーピー達が羽根を無数に撃ち出してブリードを牽制する。
ブリードは上空をぐるりと見渡した。認識する世界が変わってしまうほどに高められた知覚が羽根の風切り音の一つ一つを正確に拾って聞き分ける。ほぼ一瞬で見切り、散撃のことごとくを双剣で打ち落とした。
しかし、その間にオーク達がセントール達を庇うようにブリードの前に立ちはだかる。
おかげでセントール達は方向転換して、再度の一斉突撃の体勢を整える事ができた。
「……いささか数が多いな」
ブリードはエルフ達の放つ自然現象の合間を飛び跳ねながらボソリとこぼした。
魔族の攻撃は苛烈を極めた。全周から壁が押し寄せてくるかのようだ。このままではこちらの手数が足りない。
「出番だぞ、ベガルタ!」
そこでブリードは左手のショートソードの能力を解放した。
次の瞬間、ベガルタの刀身が粉々に砕け散る。
いや、壊れた訳ではない。よくよく観察してみれば、破片一つ一つが宙を舞っているのに気付けたろう。日の光を乱反射させながら。
無数の刃が意思を持ったように動き出す。分散して周囲の魔族へと飛来した。彼らの身体に浅い傷をいくつも刻み込んでいく。
魔族は刃の群れに羽虫のごとく纏わりつかれ、かく乱されてしまう。
そこを見逃すブリードではない。一体また一体と、魔族の数を着実に減らしていく。
このまま王国軍の兵士達を引き連れて魔族の右翼陣を突破し、中央のリザードマン部隊に横から切り込む。密集陣形は正面への圧力が凄まじい代わりに、側面からの攻撃に脆いのだ。
そうなれば魔族は総崩れとなろう。ここが正念場だと、ブリードはいっそう気を引き締める。
いつの間にか、魔族がブリードを遠巻きにしていた。先ほどまでと一転して積極的に攻めてこない。後方からなんらかの指示でもあったのだろうか。
「低級魔族ではまるで歯が立ちませんか……これは予想以上ですね」
一体の魔族が仲間の輪を抜けてブリードの前に躍り出てくる。
「お初にお目にかかります、お強い聖騎士さま」
有角有翼の人型魔族がその碧眼にブリードの姿を映す。この場でひときわ強大な気配を発している。おそらくは将校――中級魔族だ。
「わたくしはミアと申します。魔帝インデッハ傘下、魔王ブレス軍独立大隊の散撃隊長を務めております」
ミアが戦場にはそぐわぬ使用人風の装いでブリードに恭しく一礼した。両手でスカートの裾をつまんで軽く持ち上げながら、左足を斜め後ろの内側に引いて右足の膝を軽く曲げ、背筋は伸ばしたまま腰を曲げて低頭――女性のみが行う伝統的な挨拶だ。
頭が上下した拍子に金色の長髪がふわりと揺れる。
ブリードは双剣を構えた。
「獣の分際で名乗りの口上を述べるか――だが! あいにくと私は獣に告げる名など持ち合わせていないぞ」
「あら、手厳しい――ですが、不要ですわ。あなたの事は以前から聞き及んでおりますよ、ブリード・オディナさま」
ミアの足元から闇を固めたかのような球体が無数に泡のごとく浮き上がってくる。これがミアの魔族としての能力なのだろう。
「二年前の戦でも多大な損害をもたらしたと、瘴門から逃げ帰った者達が恐ろしそうに語っておりました」
ミアが翼を広げて空に舞う。
同時、黒珠が一斉に放たれた。矢を置き去りにするような速度でブリードに迫る。
一つ一つが石ころほどの大きさであり、まともに食わっては無事では済むまい。ブリードは横へと走り出す。呼応してベガルタの破片を操作、黒珠へとぶつけていく。
破片と黒珠がぶつかり合い、互いに弾かれた。
けれど多勢に無勢。後続の黒珠が続々と攻めてくる。
ブリードは渋面を浮かべ、さらに足を速める。通り過ぎた地面から土煙が巻き起こった。黒珠を振り切らんと進行方向を曲げていく。
しかし黒珠は逐一軌道を変えてこちらを追尾してくる。
その内の一つがブリードの脇腹をかすめた。
瞬間、ブリードは力の抜ける感覚を抱いた。地を蹴立てる足がわずかに重くなる。
「ご注意を。わたくしの珠には生気を吸い取る性質がございます。その身に何度も受けてしまえば、干からびてしまいますわよ」
ミアがクスクスと笑う余韻を漂わせながら言った。
このままではいずれ包囲されてしまうだろう。その前に本体を叩くしかない。ブリードは上空を見上げた。
ミアが滞空しながら眼下の様子を俯瞰している。その直下から後続の黒珠がとめどなく湧き上がっていた。
なぜか高度を上げる事も、上下左右に飛び回る事も、ない。このままでは弓矢のいい的だというのに。
ブリードは即座にミアの能力の特性を看破した。
黒珠はミア自身の影から生まれてくるのだ。あまり高く飛ぶと地面の影が消えてしまう。また黒珠を発生させるには身体を静止させた状態でなければならない。
この二つがミアの不可解の理由に違いない。
それならばやりようはある。ブリードはわざと迂闊な動きで黒珠から逃げ回った。
ほどなくして黒珠がブリードの前後左右を包囲してしまう。
ブリードは顔を引きつらせ立ち尽くした。状況はまさに絶体絶命――を演出している。
静止から一転、目にも留まらぬ速さで腰を落とす。
そしてたわめた足の力を一気に開放、バネ仕掛けのごとく飛び上がった。
「――ッ!?」
こちらを呑気に眺めていた上空のミアへと。ミアが息をのむ。その顔色からサッと血の気が引いていた。
かつて海戦において船と船の間を跳躍して渡ったブリードの脚力は一時的な飛翔さえ可能とする。ゆえに黒珠が頭上を塞ぐより速く、油断しきったミア本体めがけてモラルタを突き出す体勢で上空に身を逃したのだ。
(殺った!)
ブリードは勝利を確信し、一撃必殺の切っ先をミアに食い込ませる。
直後、ミアの姿がフッと掻き消えてしまった。
「――幻影かッ!」
ブリードは目を剥き、とっさに首を巡らせた。
背後で本物らしきミアが宙に浮いている。
しまった。誘いをかけられていたのはこちらの方だったのだ。
満を持し、ミアが黒珠でブリードを狙わんとしている。
他の魔族も同様だった。ハーピーが羽根を撃ち出し、エルフが自然現象を繰り出す。
ブリードは空中にいる為、身動きが取れない。せめてもの抵抗とばかりベガルタの破片を自分の周囲に引き寄せる。
だが、その程度で防ぎきれる攻撃密度ではない。様々な遠距離攻撃がそこへと殺到した。