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第10話 聖装モラルタ

 魔族の軍勢の練度は王国軍に及ばないものの、『軍団』の体を為していた。訓練を受けていなければ、こうも統率のとれた動きはできまい。


 また魔族が携える武器は原始的なものではなく、しっかりとした加工を施されていた。製鉄など鍛冶の技術を有する訳もなし、以前の戦で王国軍から鹵獲したのかもしれない。


 さらに、魔族は王国軍兵士の足を傷付けて行動不能にした後、わざと放置して先に進んでいる。


 別の兵士が負傷兵を救助しようとするのにも目をくれない。支援に回った部隊の陣形など、とうに瓦解しており、戦うに値しない。むしろ救助に人手を割いてくれれば、そのぶん全体の陣形の密度が薄くなって攻めるに有利だ、と言わんばかりに。


 極めつけに、魔族は王国軍の中央陣を一点突破すると見せかけて左右にも部隊を展開していた。常人より戦闘力に優れた魔族だからこそできる戦術だ。


 人の軍勢が同じ事をやってもこうはいくまい。寡兵の状態で兵力を分散させれば、またたく間に押し潰される。


 獣が理性を宿して戦えばかくも恐ろしいのだという事を体現し、6倍の兵力差をものともしない。


 対して、王国軍はどうだ。相手はしょせん獣であるとタカをくくった挙句、圧倒されている。まともに戦えているのは各地に分散した聖騎士ぐらいのものだ。


 ブリードは魔王を名乗る指揮官が侮りがたい難敵であると結論を下す。それと同時、胸中に強烈な怒りが沸き上がった。


(卑しい獣の分際で人がましい真似をするなッ!)


 魔族が知性を宿すなど断じて許せない。心中で毒づいた。


 王国軍はすでに魔侵領域――瘴気の漂う範囲内へと踏み込んでいる。


 瘴気は魔族に加護を与える。魔族は日の光に晒されると、たちまち全身を焼かれて死んでしまうというのに屋外で戦えているのはそれが理由だ。


 逆に、瘴気は人にとって毒となる成分を含んでいる。吸うと体内が爛れてしまうのだ。


 常人は瘴気の毒を浄化しうる聖装の使い手、聖騎士の近くでしか戦えない。


 ゆえに聖騎士は単騎で魔族に抗しうる王国軍の最高戦力ながら、戦場を身勝手に動き回る事は許されない。それぞれ、所属部隊の周囲の毒を浄化する役割を担うからだ。


 ブリードは左翼陣の指揮官の前に進み出る。


「前線部隊の一つをお下げください。私が単騎で打って出ましょう」

「……海と陸では戦の勝手が違うぞ?」

「このままではラチが開かぬのも事実でございましょう。ご決断を」


 わずかな思案の末、指揮官が前線に出向いている部隊の一つへと伝令を飛ばす。


 ほどなくして、同僚の一人が部隊を引き連れて後方に帰還した。


 ブリードは入れ替わるように王国軍左翼陣と魔族の右翼陣が衝突する前線へと駆け出す。


 身に纏うは聖騎士団の皮鎧。防御力より身軽さを重視したものだ。


 兜など不要。聖装の加護によって常人をはるか超える域にまで研ぎ澄まされた視覚と聴覚の邪魔にしかならない。


 騎兵すら上回る走力で以って一息に前線へと辿り着く。


 さて、それでは――


「ラチを開けるとしようかッ!」


 敵影を認め、ブリードは腰に佩いた二振りの愛剣を抜き放った。


 モラルタ、ベガルタとそれぞれ銘打たれた双剣こそがブリジットの聖装だった。


 日の光を浴びて育った樫の木には唯一神ルーの加護が宿る。そして樫の木を切り出して作った武器にも加護が宿るのだ。


 このような武器は魔族との戦には必須である。


 だが神木を傷つける行為は教義に反するので、神木教会の者達は次善の策をとった。


 すなわち樫の木に寄生した宿り木を切り出す。宿り木にもまた加護が分け与えられていたのだ。


 宿り木を加工して生み出される聖装は扱う適性のある者が手にする事で、身体強化と瘴気の毒の浄化――二種の基本能力に加えて、それぞれ独自の能力を発揮する。


 そして今、ブリードの聖装の持つ力が解放されようとしていた。右手に握ったロングソード、モラルタの刀身が目の眩むような光熱を纏う。


 ブリードはモラルタで敵の右翼陣へと切り込んだ。オークの頑健な胴体をバターのように切り裂く。


 上下に分かたれたオークが切断面から勢いよく燃え上がり、やがて全身が炭化した。


 周囲の魔族達に動揺が走る。


 ブリードは間髪入れる隙を与えず、次なる標的を定めた。一呼吸の間もかけず別のオークの懐に飛び込んで、先ほどと同じ運命を辿らせる。


 これぞ、モラルタの持つ聖光の能力だった。刀身を包む聖光は魔族に日の光と同様の効果を及ぼす。瘴気の加護を突破できるが故に、対魔族戦において最強を謳われている。


 オーク達がブリードの周囲を取り囲む。棍棒を一斉に振り上げた。


 ブリードは霞むような速さで双剣を振るった。四方八方から迫る打撃を巧みに受け流す。


 空を切った棍棒の群れが地面を抉ると同時、閃光が綺麗な弧を描いて迸った。


 直後、オーク達の首が胴体からズレ落ちる。ブリードが翼のごとく両腕を広げたまま横にクルリと一回転したのだ。丁度、斬撃の軌道にオーク達の首を巻き込む形で。


 華麗な剣舞を披露したブリードは獣のごとく地を這う姿勢となって横合いへと疾駆する。


 静から動への急激な変化。オーク達から見れば、突如として姿が掻き消えたように見えただろう。案の定、慌てて周囲を見渡していた。


 ブリードは一体のオークへと忍び寄る。足元の死角から飛び上がってモラルタを縦に一閃。


 縦に断割されたオークの死体が地面へと倒れこむ。


 モラルタを振り上げた体勢のブリードに向かって、オーク達が背後から迫る。


 ブリードは背中に目がついているかのような反応を見せた。滑らかな重心移動によって素早く体勢を整え、振り返ると同時にオーク達めがけ突撃する。


 間断なく押し寄せる棍棒の攻撃を、身をひねって回避しながらオーク達の横を駆け抜けた。期せずして稲妻のごとくジグザグの軌道を描く。


 またその際、モラルタでオーク達の脇腹を切りつけるのも忘れない。ブリードは厳しい修練の末、全力疾走しながらでも精妙さを失わぬ剣さばきを会得している。


 切り傷自体は致命傷には至らぬものの、魔族がひとたび聖光に触れれば焼死の運命からは逃れられない。背後のオーク達が苦悶の絶叫を上げ、薪のごとく炎に巻かれていった。

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