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第1話 囚われの女聖騎士

「くっ……殺せ!」


 そんな代わり映えのしない台詞を吐いたのは鎖に繋がれた女だった。澄んだ声が石造りの地下牢に反響する。


 女は眼前に立つ者達を毅然と見上げる。


 先頭の人物が女を見下ろし肩を揺らしていた。


「く、ククク……クハハハアアアァ――ッ!」


 こらえきれぬとばかり邪悪な哄笑を上げたソイツは奇異な恰好をしていた。丈の合わないローブで全身を覆い隠し、極めつけに仮面を被っている。


「抜かったな! ダーナ王国聖騎士団随一の戦士、ブリード・オディナ!」


 仮面の奥から響く声に、なぜだか聞き覚えがあった。


 いや、そんなはずはない。聖騎士フィアナたる自分に魔族フォモールの知り合いなどいるはずがないのだ。ブリードは疑問を押し殺し、仮面の名を呼ばう。


「……魔王ブレス」

「いかに貴様が強く恐ろしかろうと、聖装キュクレインさえ奪ってしまえば、ただの人間! その程度の枷すら破れまいて! いいザマだなあ……吾輩の下僕共をあたら殺してくれたツケを払ってもらおうか!」


 ブレスがブリードを言葉で嬲る。


 ブリードは美貌を屈辱に歪めた。魔族に囚われた人間がどんな目に合うのか――きっと想像を上回るほど悲惨な末路が待ち受けているのだろう。


 だが、気持ちだけは負けてはならない。己を鼓舞する意味も込めて威勢よく吠える。


「煮るなり焼くなり、好きにするがいい――だが! ゆめゆめ覚悟する事だ。聖騎士の肉を魔族が口にすれば、たちまち内腑が焼け爛れて無残な死を迎える事だろうよ!」


 ブリードの啖呵を耳にしたブレスが一瞬、硬直した。


「……ちょっと待て! 貴様、魔族われわれが人肉を食らうとでも思っとるのか!?」


 心外とばかりにブリードへ詰め寄る。


「違うのか?」

「当たり前だろう! どんな蛮族だと思っとるんだ!」


 そうは言っても、ブリードの常識では魔族とはかくあるものなのだから仕方ない。かつて唯一神ルーにより深い地の底へと追いやられた邪悪な獣である、と教会から教えられてきた。


 いったいブレスは自分をどうしたいのか、どうにも解せない。ブリードは必死で頭を巡らせて――はたと別の可能性に思い至った。ジャラジャラと音を鳴らしながら自由の利かない体を縮こませる。


「ハッ……!? 貴様、まさか私を魔族の慰みものとするつもりか!? おのれェ! どこまでも卑劣な!」

「それも違うわ! 想像力豊かだな、貴様!」

「どれだけ辱められようと悪には屈せんぞ!」

「こちらの話を聞けや、コラァ!」


 ブレスが辟易とした声を出した。無機質な仮面のせいで表情こそ窺えないものの、どんな顔をしているのか、なんとなく予想できる。


 ブレスの背後に控えていた者がその袖を引っ張った。


「ブレス様、さっさと本題に入る。どうせポンコツ対話術じゃ、いつまで経っても話が先に進まないの」


 たどたどしい口調で言葉を紡ぐ。小柄な少女だった。クリクリと大きな丸目。すっと通った鼻梁の脇に伸びる控えめな小鼻。緩やかなラインを描くふっくらとした顔の輪郭。微笑めば花の綻ぶような可憐さだろうに、ムッツリと口元を引き結んでいる事が惜しまれる。


 陶器のごとく光沢を宿す白きかんばせが人ならざるモノであることを明確に示していた。


 ブレスが弾かれたように少女の方へと振り向く。


「き、貴様ァ――! 下僕の分際で吾輩を愚弄するか!」


 声を上擦らせ怒鳴った。魔王の威厳など欠片もない。


「ローワン、事実とはいえ言葉が過ぎますよ」


 人形じみた少女ローワンの横に立つ、落ち着いた声音の持ち主がローワンをたしなめた。


 切れ長の細目、高く鋭く直線的な鼻、広角の上向いた大きな口元、面長な顔立ち――理知的な美貌を持つ妙齢の女性である。丈の長い黒のワンピースの上から純白のエプロンドレスを身に纏った使用人姿。額の左右から突き出した一対の巻き角が横髪を押しのけている。艶のない漆黒の両翼が折り畳まれた状態で背中に収まっていた。


「『事実とはいえ』は余計じゃ、ボケェ! ミア、貴様……それで吾輩を擁護しとるつもりか!?」


 ブレスが怒りの矛先を召使い然としたミアへ変えた。


 ミアが涼しい顔で謝罪する。


「これは失礼いたしました、ご主人様。つきましては、至らぬわたくしめにお仕置きをいただきたく存じます。それはもう徹底的に! はしたない我が身にご主人様のいきり立ちを注ぎ込んでくださいませ……さあ、早く!」


 流し目でブレスを見やり、手弱女のごとくしなだれかかった。


 たちまちブレスが狼狽の素振りを見せる。


「な、ななな……何を言っとるんだ、貴様は!」

「うふふ、相変わらずウブなお方。ここまでされて指一本動かさぬとは……救いようのないヘタレでございますね」

「おのれェ! いつもいつも吾輩をオモチャにしおってからに……!」


 ミアが硬直したままのブレスの胸を指でからかうように撫で擦っていた。


「仲いいねえ、お前ら」


 最後尾でブレス達の様子を眺めていた男が揶揄するように言った。飄々とした佇まいの美丈夫である。人間の上半身を持ち、黒馬の胴体が下半身を構成している。


 ブレスが美丈夫を忌々しげに睨み付けた。


「黙って見とらんで、さっさとこの痴女サキュバスを止めんかっ!」


 美丈夫がやれやれと肩をすくめ、ミアに呼びかける。


「その辺で解放してやれ。お客人の前でもある事だしな」


 ミアが美丈夫の方を向いて唇を尖らせる。


「情交の邪魔なんて無粋はやめてちょうだい、コンホヴァル。それに、こういうのは観客がいた方が燃えるでしょう?」


 半人半馬コンホヴァルが得心したように頷く。


「なるほど、確かにな」

「『なるほど』じゃないわ!」


 ブレスがぞんざいにミアを振り払った。


 ミアが大して気分を害した風もなく笑みをこぼす。


「続きはまた後ほど。夜更けにご主人様の寝所に参りますゆえ。タップリ可愛がってくださいましね」

「続きなんぞあるか!」


 ブリードはブレス達の喜劇じみたやり取りを見せつけられ、呆然となっていた。なんだ、これは? 何を見せられている? 捕虜を尋問する際にあってしかるべき緊迫感が欠片も感じられない。


 次第に腹が立ってきた。もっと真面目にやれと突っ込みたくなる。


 ブレスが咳払いを一つ、ブリードへと向き直る。


「……さて、ブリードよ。先の戦で貴様を捕らえた吾輩には貴様の去就を決める権利がある。それが世の習いというものよ。今から貴様へと沙汰を下す。心して聞くがいい」


 いささか以上に話が横道に逸れていたが、ようやく本番か。ブリードは険しい表情でブレスの言葉を待った。


「――貴様には吾輩の下僕となってもらおう」

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