きみが見えるまえに
“春”と出逢ったのは、小学校3年生のちょうど春のことだった。
その日俺は、泣いていた。
学校の帰りに寄り道をして迷子になったからだ。
今思うとその頃の俺はアホで、家から学校までの道なんて全部自分のテリトリーだと思ってた。
だからわくわくした気持ちで、すんなりと細道に足を踏み入れた。
家に帰れるかなんてのは考えもしないくらい、当然のように思っていた。
細道を通り抜けたその先には見たこともない景色が広がっていて、やっぱりアホだった俺は喜んで駆け出していった。
何も気にすることもなく。
ただ、見たことのない場所に心を弾ませて。
そして見事に、迷った。
帰り道なんて分かるはずもない。
さっきまで楽しかった世界が、急に不安でいっぱいになる。
もうじき、日も落ち始める。
どうしよう____
帰れないよう、と呟いてからはもう一瞬のことだった。
弾かれたように声をあげて泣いた。
「帰れないよう……帰れないよぅ…!」
耳元で、声がした。
「わたしも」
「え……?」
「わたしも、かえれないの」
一緒だね、と鈴のように響く声。
その声が心地よくて、だけど少し儚げに聞こえて、なぜか思ったんだ。
守ってあげなきゃ、って。
会ったばかりの、誰とも知らない君を。
だから俺は言った。
多分、ほとんど無意識のうちだったんだろうと思う。
「俺が、探してやる!」
その言葉に浮かべた驚きを一瞬で消して、ありがとうと君は言った。
それから歩き始めて、気持ちも落ち着いてきた。
さっきの会話を最後に、交わした言葉はまだ無い。
そんな時ふと、咲いている菜の花を見て俺は呟く。
「・・・・春だ」
「・・・はる」
思いがけず独り言に反応したその声に、振り返る。
そこで初めて俺は、“春”と出会った___。