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生徒手帳の写真

 規則正しい音が聞こえる。何の音だろう? いつから聞こえていたのだろう? 何時? あぁ、この音は時計だ。今何時だろう?

 あたしはゆっくり目を開けてから辺りを見渡した。眠っていた感覚があるけれど、ここは自分の部屋じゃない。……なんとなく見覚えがある。どこだっけ?

「こんばんは、お姉ちゃん」

 声のした方へ顔を向けると、そこには少年がいた。窓に向かってパイプ椅子に座り、首を曲げてこっちを向いている。

「こんばんは。……またこの世界に来ちゃったんだ」

「ホラーな世界へようこそ。……まぁ、怖いかどうかはわからないけど」

「この前の時、あたしは怖かったよ。いきなり幽霊出てくるし、ホラー映画の犠牲者っぽい感じになったしさ」

 思い出して来た。やっぱり、あの幽霊に捕まったら死んでいたのだろうか。

「それは何よりだね! 怖いお話の世界だし、お姉ちゃんが怖がってくれるとそれっぽくなるよ」

「結構ヒドイこと言うんだね」

「期待しているんだよ!」

 期待……。この世界であたしは、かたという役割なのだそうだ。そして、この少年は案内人あんないにん

「君の役割は案内人だったよね?」

「そうだよ」

「幽霊の所に案内する感じ?」

「それもあるよ。もちろん、お姉ちゃんが死なないようにサポートもするし」

 サポート……。少年はこの前、幽霊を追い払ってくれた。その点では頼りにしていいはず。

「この前の時、どうやって幽霊を追い払ったの? あたしにも出来たりする?」

「えっと、手と手を思いっきり叩いただけだけど……」

 座っている椅子の向きを、うつ伏せで寝転がっているあたしの方へ向けて、少年は両手を合わせた。

「それからどうするの?」

 手を合わせたその先が知りたい。呪文か何かを念じるのだろう……。この前の時、険しい表情で手を合わせていたし。

「それから? …………。それで終わりだけど?」

 呪文はきっと秘密なんだろう。確か、ある種の魔術が使えると言っていたし……。素人が使うのは危険なのかもしれない。

「ある種の魔術が使えるんだったよね? 呪文とかって難しい?」

「その時々で違うけど……。コツが掴めると簡単ではないけど何とかって感じかな……僕の場合」

 なるほど、コツか。……コツを掴んだら教えてくれる感じなんだろう!

「まずは、あまり危険じゃない幽霊の所に案内してよね!」

「う~ん、とりあえずこの間の幽霊でお話を紡ぐ感じで行く予定なんだ」

「えぇ~、あれってかなり危険な感じがする。あの時、君が来なくて足を掴まれてたら、あたし死んでた気がする」

 あの関節じゃないところから曲がっている手に掴まれるところを想像すると鳥肌が立った。

「死んでたかもね。掴まれたら、お姉ちゃんもアレと同じ感じになって、次の犠牲者を引きずり込む役にジョブチェンジだったかな」

「……。…………」

 喋ろうとしたけど声が詰まった。あの時、足を掴まれていたら、あたしもあんな風になっちゃってたってこと? 想像すると怖いというより恐怖心が湧き上がってくる。

「アレは、あの校舎の屋上から飛び降りて死んだ女子生徒の霊だよ。種類としては地縛霊だね」

 少年が、この世界の案内人らしいことを言い始めた。

「地縛霊って響きからして怖いんだけど」

「地縛霊……地に縛られた霊。地に縛られているからそこから離れられない。だから、そのエリアから離れられれば基本的には大丈夫」

 基本的には? 例外もあるってこと? あたしは、宿直室の入り口……玄関の方へ視線を向けた。あの地縛霊が外にいるような気がしてきた。

「あの地縛霊、外にいないよね?」

「それはお姉ちゃん次第かな。お姉ちゃんの想像がアノ地縛霊をここに呼ぶこともあるし……」

「……」

 時計の音が聞こえる。そういえば何時だろう。時計を探したけれど視界に入らない。

「なんだか急に大きい声出したら、今のお姉ちゃんはビックリしそうだね」

「そんなことしたら殴るからね」

 少年が一緒にいるから、怖いけどうつ伏せで寝転がったままだったけれど、だんだんと怖さが増して来た。

「お姉ちゃんが怖いこと言った」

「それは君が、あたしをおどかすからでしょ!」

 立ち上がって少年の側に行く。

「もうすぐ、時計の針が4時44分44秒になるね……」

 少年の視線の先、自分の背後を見ると、そこには安物の時計が掛かっていた。時計の針たちは4時40分40秒を指していた。

「その時間になると何か起こるの?」

「とくには何も……。怖いお話によくあるから言ってみただけ」

 てっきりあの幽霊が飛び降りた時間かと思った。

「さて、そろそろ、ひと段落に向けて進んで行こうかな」

 ひと段落……。ひと段落するとあたしは元の世界に帰れる。

「幽霊の所に行くの?」

「いや、あの幽霊について少し知ってもらう感じで、ひと段落になると思う」

「まぁ、いいけど」

「あの幽霊……とりあえず、Aさんは飛び降りる時に迷いは無かった」

 少年は椅子から立ち上がると部屋の隅に置かれている机の引き出しを開けて何かを探し始めた。

「何を探しているの?」

「Aさんの生徒手帳…………お、あった」

 引き出しから生徒手帳を取り出すと、あたしに手渡して来た。

「……あの幽霊の面影がある。この子があんな姿に……」

 生徒手帳の写真に写っている女子生徒は、普通の女の子だった。

「Aさんは、死ぬことを覚悟して飛び降りたんだ。でも、地面に近づくにつれて死ぬのが怖くなってしまったんだよ。ここで迷いを持ったのはよくなかった……」

「どうして?」

「生きることへの未練を呼び覚ましてしまったから。それ以上に悲劇なのは、地面に叩きつけられても即死しなったことだよ。叩きつけられた衝撃で、骨は色々な個所が折れて、内臓も色々と破裂。死にたくなくて……助けを求めていずった……。けれど、彼女の最期は誰も見ていない。ただ、這いずった形跡のある死体として発見された」

「アレ……あの子はあたしに助けを求めていたの?」

「”あの子”の時ならそうだろうけど、今のアレは自らの苦しみを和らげる為だよ」

「それって助けを求めていることと違うの?」

 あの幽霊と写真の女の子が重なって、あたしは何とかしてあげたいと思っている。

「考え方は色々あるけど、地縛霊が新たな犠牲ぎせいしゃ者を求める理由は何だと思う?」

「……寂しいから?」

 思ったことを率直に言ってみた。すると少年は、唇に右手の人差指を横向きに当てて何かを考えている。

「……それもあるね。……えっと、この世界の案内人として案内する考え方は”そこで自分が苦しんで死んだという事実を薄める為”だよ」

「死んだ事実を薄める為?」

「同じ場所で同じように死ぬ者が出れば、人々の意識は新たな死者へも向う。苦しみが分けられるんだ。もっとも、時の流れで人々から忘れられても行くけどね」

「人々の意識……? 亡くなったあの子自身の意識が重要なんじゃないの?」

 あの子自身が苦しんでいるんだから、人々の意識は関係ない気がする。

「Aさんの意識はもう無いよ。しん……亡くなってしまったからね。戻ることは無い」

「じゃあ、どうしてあたしに助けを求めて近づいて来たの?」

 少年の表情に悲しみが浮かんでいる。

「あの幽霊は、お姉ちゃんに助けを求めていたわけじゃなく、犠牲を求めていたんだよ」

「……犠牲」

 あたしがあの子に出来ることは犠牲になること?

「少し話がそれたかな……。アレはAさんの砕けた魂の断片に、人々の意志が材料となって形成された心なんだよ」

「……」

 魂の断片? 人々の意志が材料? よくわからない。

「Aさんは無残な姿で苦しみながら一人死んでいった……。ここには無いけど遺書もあってね、それには僕がさっき言ったように、死ぬことに迷いが無い事が書かれていた。けれど、発見された遺体は助けを求めて這いずったように見たそうだ。人々の意志がその意味を考え、その考えがあの心……霊を呼び出したんだよ」

「ごめん、よくわからない」

「……案内人としての力不足を感じてる」

 少年は自分でも説明が下手なのを自覚しているのか、うなだれている。……下手なのか難しいの、かわからないけど。

「人々の意志ってことは、あたしも含まれているの?」

「……人々の意志は深い深い所で繋がっている。人々は共通の記憶を無意識下にもたくさん持っているんだ」

「そうなんだ」

 微妙にわかる様なわからない様な感じだけど、とりあえずわかった感じに言ってみた。

「考え方の一つだけど、阿吽あうんの呼吸とか、付き合いの長い相手の考えていることがわかったりするのは、共有されている無意識下での繋がりが強くなって、そこを経由して相手の意識に触れるからなのかもしれない」

「う、うん」

 幽霊の話からそれてしまっている気がする。

「ということで、あの幽霊のことを知らなかったお姉ちゃんが、あの幽霊に会ったのは共有されている深さの無意識下から記憶を拾い上げたからなんです!」

「……どんな感じで、ということになるのかわからないけど」

 少し少年の言ったことを整理して考えてみよう。あの幽霊は、魂の断片に人々の意志が材料になって呼び出された心で……。えっと、その心のことを霊って言ってたかな? 人々の意志はあたしも含まれていて、無意識下の記憶を……うん? ……まぁ、そんな感じで。共有されている無意識下の繋がりを経由して相手の考えていることが伝わったりする……感じ。とりあえず、こんなところかな? ……語り部はあたしだけど、紡ぎ手は別……紡ぎ手の頭も悪いのかな。

「……なんとなく紡ぎ手に失礼なことを考えた感じが伝わって来たけど?」

「気のせいだよ」

 これもその無意識下の繋がりで、あたしが”紡ぎ手の頭も悪いのかな”と考えたことが伝わったってことなのかな。……少年にはとぼけてみたけど。

「気のせい……。まぁ、いいや。これも考え方の一つだけど、霊感というのは共有されている無意識下へのアクセス能力の一種なのかもしれない」

「あたしは霊感あるのかな?」

「どうだろう? ここはホラーな世界だし」

「君は霊感ある?」

「それも、どうだろう? 僕が使えるある種の魔術は……どうなんんだろう?」

 また少年は、年は唇に右手の人差指を横向きに当てて何かを考えている。たぶんこれは考える時のくせなんだろう。

「それは考える時の癖?」

「……そうかも」

 唇から人差し指を放して、今度はひたいを叩いている。

「それも癖?」

「これは、たまたまかも」

 癖を見つけられて恥ずかしい……。そう思って惚けている気がする。……少年とあたしの無意識下での繋がりが強くなったのかな?

「無意識下の繋がりが強くなくても、意識下での洞察でもなんとなく解ったりもするけどね?」

 今度はあたしの考えが読まれた? 意識下の洞察で??

「難しく考えてもモヤモヤするだけ。相手を思う気持ちでなんとなく伝わり合えばいいんじゃないかな?」

「あたしより年下なのに、何だか大人っぽく感じたよ」

「……一応、案内人だからね」

 少年は照れたように窓の外に顔を向けた。

「それで、あたしたちは、あの子に何か出来ることは無いの?」

「それをもう少し考えよう……。……どうやらひと段落みたいだ。時計は4時44分44秒を結構過ぎているね」

 窓から光が差し込んでくる。その光はまぶしくて時計が見えない……。

 光に包まれながら、あたしは元の世界へ戻っていく。

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