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語り部と案内人

 地面が濡れている。時間は夜……。

 見上げると空は曇っている。でも、その向こうに明るい光がある。太陽の光とは色が違うように見える。……ここはどこだろう?

 ここに来るまでの記憶が無い。

 辺りを見渡すと建物がある。建物の雰囲気から、ここがどこかの学校であることがなんとなくわかる。

「学校……でも、あたしの通っている所じゃない」

 夜の学校に一人でいるという不安というか怖さから、あたしは声を出してみた。

 ここはあたしの通っている学校じゃない。それなのに、あたしは学校の制服を着ている。自分の学校の制服を。

「空が曇ってるし、地面が濡れてる……雨だよね?」

 いつから自分がここにいるのかがわからないけれど、着ている服は濡れていない。

 髪を触ってみても濡れていない。

「まだ雨降るかもしれないし、雨宿りできるところに行こう」

 この建物……校舎の玄関の場所がわからないけど、壁伝いに歩いて行けば玄関に辿り着けるはず。

 あたしは校舎を左手にしながら歩き出した。

 しばらく歩くと何か聞こえて来た。

「誰かいるの?」

 何か聞こえた方へ声を掛けてみる。しかし返事は無い。

 さらに何か聞こえる方へ歩いて行くと、それはうめき声だとわかった。苦しそうな声だ……。

 歩く歩調はいつの間にか小走りになっていた。その声は女性のものに聞こえたから。

「大丈夫ですか?」

 月の光で、校舎の影になっている所から聞こえる声の主へあたしは声を掛けた。

「ぅうおぅううぇおぉ、ごぉえん……ぬぅあ」

 何だか声がおかしい。ひょっとして大怪我してるの!? あたしは混乱してきた。怪我人を手当てするやり方をよく知らないから。

「あの……」

 声を掛けながら一歩踏み出した時、違和感を感じた。その人はなんだか透けているように見えたから。

「あぁあぁぁぁぁ……」

 あたしに気付いたその人……それは、透けていた。少なくても、あたしの目にはそう映っている。

「え? なにこれ? え?」

 透けているそれは、人の姿をしている。でも、その姿は……。

「ぐぅおおおおお、ごふぅぇ」

 大けがをしている姿をした半透明なそれは、口から黒い液体を吐いた。液体が地面に落ちる音が聞こえる。

 関節では無い所から曲がった腕をこっちに向けながらうようにして近づいてくる。

「幽霊?」

 あたしは後ずさる。怖いのに目が離せない……。近づいてくる。捕まったらどうなるんだろう……殺されちゃうのかな。走って逃げたいけど、背中を向けるの怖い。急に早い動きで近づいて来たら……。

「あぁぁぁぁあぁいだ……いいゃでぁぃ」

 よくわからない呻き声を上げながら近づいてくる。距離がどんどん縮まる。なんでこんなことに!?

 ホラー映画とかを見ていると、走って逃げればいいのに何でにらめっこしながらゆっくり動いてるの? と思ってたけど……怖い。変に刺激したり、目をそらしたら急に飛び掛かって来そうで怖い。

 ゆっくり後ずさっていると、左足のかかとが地面に変にこすった。

「……っ!」

 最悪だ。足が絡まってバランスが崩れて尻餅しりもち着いちゃった。地面濡れてるのに……。それより、これじゃあ本当にホラー映画の幽霊に殺される役の人じゃない!

 こんな時に自分が意外と冷静なことに気付いた。……これって、噂に聞く死ぬ前に見る走馬燈そうまとうってやつの前触れ?

 もう少しで足を掴まれそう。距離を詰められてるのに早く動けない。鏡が無いから自分で見ることが出来ないけど、口元が引きつってるのがわかる。目が笑っていればいい笑顔かな……。

 こんな死に方……嫌だな。でも、もう……靴の先に幽霊の手が届く……。

 最後のあがきにと、尻餅をついたまま後ろに下がる速さを上げようと、地面についている両手に力を入れた。……入れたつもりだけどダメだ。

 ああ、もうだめだ、あの関節じゃないところから曲がっている手が下ろされたら掴まれる。あの手はこごえるように冷たいのか――――。

 幽霊の手が下ろされ始めた少し手前の時、背後で空気が破裂するような音がした。その音は驚くほど大きく響いた。

 あたしはその音に驚き、後ろを振り向いてしまった。

 そこには学ランを着た少年がいた。両手を合わせてけわしい顔をしている。

 しかしそれを見ていたのは、ほんの数舜すうしゅん。あたしは、再び幽霊の方へ顔を向けた。

「お姉ちゃん、大丈夫?」

 背後から少年の声が聞こえる。自分のことを心配して声を掛けてくれているのはわかるけれど、あたしは視線の先から目が離せなかった。

「あれは、幽霊……」

 振り向かずにあたしは言葉を口にした。

「大怪我して痛そうな姿”だった”ね」

「うん……」

 目の前の何もいない空間を見ながらうなづく。これが放心状態というのかな。あたしは自分の今の心を表現するのに適した言葉を思い浮かべた。

「ところで、地面に座ったままだとスカートが……」

 少年の言葉の意味が、最初わからなくて、あたしは少年の方、背後に顔を再び向けた。そこには手を差し伸べている少年がいた。

「…………あ、地面濡れてる!?」

 現実的な状況に意識が向き、少年の手を借りて立ち上がる。

「大丈夫そう?」

「……スカートは濡れてるけど、中は大丈夫。……もちろんスカートが濡れてるのは、濡れた地面のせいだからね!」

 なぜかあたしは少しムキになって喋っていた。

「幽霊に遭遇して危うい感じだったし、スカートの中の方から濡れていても仕方ないよ」

「だから濡れてないって!」

 初対面の上に、助けてくれた相手に向かって失礼かとも思う口調で言ってしまった。でも、この年で粗相そそうをしたと誤解でも思われたくなかったから。

「僕としたことがデリカシーが無かった。ごめん」

 少年は軽く頭を下げた。

「それで……。君が幽霊を追っ払ってくれたんだよね?」

「そんな感じだね。お姉ちゃんがアレの……えっと、妖気? に囚われていたから空気を破っただけだけど」

 改めて少年を見ると、特に霊能力者っぽい感じがしない。それっぽいと逆に胡散臭うさんくさいけど……。

「君は霊能力者だよね?」

「違うよ」

 あっさりと違うと答えられた。

「で、でも、今幽霊追っ払ったじゃない?」

「う~ん、でも僕は霊能力者ではないと思うよ。ただ……少し……。ある種の魔術の心得があるだけ」

 魔術? ……まぁいいか。なんとなく少年に興味が沸いた。別に変な意味でじゃない。……変な変な意味で? ……幽霊でちょっと忘れていたけど、ここはどこなのか聞かなくちゃ。

「そういえば、ここはどこの学校?」

「……名前は探せばわかるかもしれないけど、学校としか言いようがない」

「君にもわからないんだ……」

 自分より年下に見え、あたしをお姉ちゃんと呼ぶ少年に対して年上らしい対応をしないと、と思えてくる。

「とりあえず、まだ雨も降りそうだし……この先の宿直室しゅくちょくしつに行こう」

 少年は空を見上げてから歩き出した。あたしもその後に続く。

「君の他にも誰かいるの?」

「いないよ」

 即答だ。誰もいない核心をもっているのかな?

「君はいつからここにいるの?」

「今さっきからかな」

 あたしと似た感じなのかな?

「どうやってここに来たの?」

「さぁ? 気付いたらお姉ちゃんの後ろにいた」

 気付いたら……。あたしもここにどうやって来たかの記憶が無い。ここは本当に現実なのだろうか。

「ここは現実だよね?」

「現実といえば現実という設定だね」

「やっぱりそうだよね。げんじ……」

 何だか答え方が変だ。設定?

「設定って?」

「その辺は宿直室についてからにしよう。ほら、あそこにあるプレハブ小屋がそうだよ」

「……」

 そういえば、どうしてこの少年は宿直室のことを知ってるの? 気付いたらあたしの後ろにいたって言ってるのに……。

 少年は宿直室のドアを開けると、扉のすぐ近くのスイッチを入れた。人工的な光がその中を照らす。

「さぁ、どうぞ」

 招かれたあたしは、靴を脱いで畳張りの室内に足を踏み入れた。

「ねぇ、どうして宿直室のことを知ってたの?」

 本当は宿直室に入る前に聞かなきゃいけないことのはずだったのに、電気の明かりに惹かれて上がり込んでしまった。今更だけど、あたしは少年と距離を多めにとる。少年とはいえ男……腕力的には劣るかもしれない。身を守るためには武器になるものが必要……。金属バットがある。いざとなったら……。

「……お茶って入れたことないんだよな」

 少年はあたしの質問に答えずに棚からお茶の入った缶を取り出して振っている。

「……どうして、宿直室のこと知ってたの?」

 聞こえなかったと思ったので、もう一度尋ねる。

「どうして知ってたか? ……それは、僕が案内人の役割を持っているから」

 水道で急須きゅうすすすいでいる少年は妙なことを言う。

「案内人?」

 予想していた答えにそれは無かった。

「うん。僕は案内人で、お姉ちゃんはかただよ」

 少年の言っていることが、よくわからない。

「茶葉はこれくらいかな。……これであとはポットのお湯を……」

 慣れない手つきでお茶を入れようとしている。あたしがやっても同じ感じだろう。やったことないし……。

湯呑ゆのみはどこ?」

「確かその辺りに……」

 指さす辺りを探すと湯呑があった。あたしは湯呑を二つ取ると、ちゃぶ台? 丸いそれっぽい低いテーブルに置く。

 慣れない手つきでお茶を用意しようとする少年を見ていて、自分に危害を加える気が無いと思ったから手伝ってあげることにした。怪しい所はあるけど……。

「こういう時ってお茶菓子ってやつもいるのかな?」

「あれば欲しいな」

 急須をちゃぶ台に置くと、戸棚から袋に入ったクッキーをいくつか持ってきた。

「和菓子的なのは見当たらなかった」

 ちゃぶ台の前に座りながら、あたしに報告をする。

「そう……」

 あたしは急須に入ったお茶を、二つの湯呑に注いだ。

「どうも」

 少年は、かしこまって湯呑を手に取ると自分の前まで持って行く。

 あたしもお茶を入れた湯呑を手に取り、座り直した。お互い向かい合う感じに……。

「いただきます」

 あたしはその台詞を言ってから、上品っぽく両手で湯呑を持って口に運ぶ。

「いただきます」

 少年は男らしく? 片手で湯呑を持って口に運んでいる。

 あたしたちはお茶を飲んだ。微妙に苦い……。

「……まさにお茶という感じだね」

 率直な感想を言ってみた。

「ある意味、ひと段落……か」

 少年は湯呑に残っているお茶に自分の顔を映しているのだろう。そんな仕草をしながらつぶやいた。

「……君は何を知っているの?」

「ここがホラーなお話の世界ということ。僕は案内人で、お姉ちゃんは語り部。お姉ちゃんが元々いた世界から見れば、ここは夢。でも、この世界はお姉ちゃんも感じている通り現実と変わらない」

「……そっか、通りでおかしいと思った。夢だよね! ……夢」

 あたしの感じているこの感覚が夢なはずがない。

「元々いた世界で目が覚めれば夢。でもこの世界で、もし、お姉ちゃんが死んだら……」

「死んだら?」

「元々の世界でも死ぬ」

 少年は怖いことを言う。

「……夢で死んじゃうんだ。へー!」

 わざと明るく軽い感じに行ってみる。

「この世界で死んだ場合、元々の世界で何らかの形で死ぬ。感覚としては、この世界のお話は死ぬ前に見た幻のように感じると思うよ」

「……死ぬとか、簡単に言わないでよ。怖いじゃん」

「ごめん」

「そもそも、何であたしなの?」

「怒らないでよ……。ここはお話の世界で、お姉ちゃんは登場人物で、役割は語り部。……つむが創り出したキャラクター。それがお姉ちゃんなんだよ」

「よくわからないよ」

「そうだね。……この世界では、お姉ちゃんが主役でヒロイン。そういうお話なんだ。……お姉ちゃんの語りで物語が進んで、ひと段落すれば帰れる。僕は、案内役としてお姉ちゃんに力を貸したりサポートする役割」

 いまいちよくわからないけど、少年はあたしの味方だということは解った。

「さっき、ひと段落っていってたよね。それなら帰れるの?」

「うん。……この世界の説明をし始めたから、お姉ちゃんが帰りそびれちゃったけど。説明のひと段落が終われば帰れるよ」

 やっぱりよくわからない。でも、元々いた世界に帰れればこれは夢。

「夢だね」

「元々の世界で目が覚めればね。でも、また時々お姉ちゃんはこの世界に来ることになると思う」

 少年は言いにくそうに言う。

「その時は君がまた力を貸して……。守ってくれるんでしょ?」

「うん。そういう役だし……お姉ちゃんが死んだらこのお話終わっちゃうし」

 どこか納得できないところもあるけど、帰れない訳じゃない。命がけだけど、不思議な冒険が出来ると思えば面白いかも。幽霊を追い払える少年もついているし。

「こういう時は、余計なことを言わないで一言……。守るって言った方がいいよ」

 あたしは少しアドバイスしてあげた。

「それは、お姉ちゃんの願望ですか? ……守る!」

 生意気なことを言ったけど。ちゃんと”守る”と少年は言った。だから……語り部の役割を受けよう。

 とりあえず、これで満足でしょう? 紡ぎ手さん。

 あたしは、見えない紡ぎ手に不敵な感じの笑いを向けてみた。

「お姉ちゃん、いさましいね」

「負けないもん!」

 幽霊が出てくるホラーな世界。非現実な世界の冒険を楽しんでやる!

「この辺でひと段落だね……」

 少年がそう言うと、窓の外が明るくなり、あたしは目をさま……。

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