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夜の月に笑われて  作者: 宮城まこと
桜の下でもう一度
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第三話 捜査③

 俺たちは神楽坂総合病院に来ていた。体調不良事件前後の患者に会いに来るためだ。どういうわけでその状態に陥ったのか、俺も響子さんも分からない。

 一人だけ、話が訊ける人物がいるらしい。しかしその人も数日前まで寝込んでおり心身共に衰弱してしまって、とても長い時間話せる状態ではない。

 訊くべきことが限られるな。

「さて、どうする響子さん」

「何を訊くかってことでしょ。分かってるわよ、まずはどうして倒れたのか、どういった理由で倒れたのか」

「長くないか?」

「うーん、そうかしら? なら貴方ならどんな質問する?」

 病院の長い廊下を肩を並べ、歩きながら質問の内容を簡潔に伝えるために思考を巡らせていた。そうだな、何が良いだろう。

「結局直ぐ出ないじゃない。それで、よく私に意見出来たわね。いい? 助手くんは私に黙ってついて来ればいいのよ」

「それじゃ、申し訳ない気が……」

「貴方に珈琲や、料理を作るほかに何が出来るって言うのよ。推理は私が、戦闘は助手くんが。私たちは互いに補完し合う。改めて言わなきゃ分からない?」

「いや、そうだけど」

 言葉に詰まった。

「私の仕事奪ったら、許さないんだから。まぁ助手くんの気持ちは受け取っておくわ」

「じゃあ、響子さんに任せるよ」

「任されたわ」

 響子さんが何故か、機嫌が悪く浮かない顔をしている気がする。あの桜を見たからだろうか? たった一人で咲き続ける。

 仲間も失って、今は時代の波に飲まれそうになっている。もしかしたら、俺たちが関わってきた事件も、いずれ人の記憶から消えるだろうか。いや、そうなるだろう。

 時代の波に溺れ、過去あった哀しい事件としてどこかここではないどこか深くに、落ちていくのか。本人からすれば、まだ何も終わっていないのに。

 この事件も、そういった類だ。以前は観光地として名を馳せたが、しかし今は工事を円滑に進めるために切るしかない邪魔な木でしかない。

 木は泣かない。叫ばない。ただ居続ける。ひっそりと、こっそりと、息を潜め、昔の姿のまま。

 響子さんは、桜を見て何を思ったのだろうか。まだ、自分は一人だと思っているのかもしれない。

「なぁ、響子さん」

「どうしたの助手くん?」

「響子さんは……一人じゃないからな。俺もいるし、安瀬馬さんも、八色さんも悠河さんもいる。それだけは忘れないでくれよ」

 すると、響子さんがクスクスといつもの調子で笑みを浮かべ、額にでこピンを喰らわせる。

「いて!」

「なぁにかっこつけてるのよ。そんなのこと分かってるわよ。分かってるわ。それに、助手くんがこんなに近くにいるのよ? 貴方が私を一人にするわけないでしょ? あの時みたいに」

 あの時……か。

「そうだったな。あの時、約束したもんな」

 約束と言うのか、契約と言うのか。アレがどっちになろうが関係ないが俺は高校時代。一人ぼっちだった響子さんに関わろうとした。

 半ば強引だったが。


「さぁ、着いたわよ。ここが一人目の被害者。って言い方にしましょう。飯塚(いいづか)さんがいる。面会は長く持たないわよ」

「そこは響子さんの腕の見せ所だろ?」

「あら分かってるじゃない。成功したら、神楽坂町の名物のあんこ買ってよね」

「はいはい」

 俺は財布の中身を頭の中で確認してから、病室に入る。そこには点滴の管に繋がれた飯塚さんがいた。やせ細っていて、生気が細々としか感じられない。

「失礼します。警察署生活安全課の織神響子です。こちらは同じく香澄准兵くんです。飯塚さん、お話を伺っても?」

「ええ、構いませんが……あまり長い間は」

「はい存じております。時間かかりませんので。早速ですが、貴方は一週間前、工事現場で急に倒れたと聞きました。体調などが悪かったとか?」

「いえ、あの日も体の調子はとても良かったです。急に体調が悪くなったのは、昼ご飯を食べた後でした。腹痛を感じ、眩暈が酷く気が付いたらこの病院に担ぎ込まれていました」

 ここだけ聞くと、食中毒の可能性だってある。実際のところはどうなんだ?

「……食中毒の可能性は?」

 俺が気になっていたことを響子さんは彼に尋ねる。

「いえ、食中毒はなかったと。毎日同じコンビニから依頼主からの好意でお弁当やお茶を頂いてましたから。それに、先生からも食中毒は有り得ないと」

「その他に何か飲みましたか?」

「そう言えば」

 飯塚さんは何かを思い出したようで、その事を話し出す。

「あの日は、特別にまた別のスポーツ飲料を頂きました。その数時間後に吐いて、この有様です」

「吐いた。一体どこに?」

「トイレに行く余裕が無くて、近くの茂みで……」

「分かりました」

 収穫はこのぐらいか。もう彼に無理はさせられないな。

「俺のほかにも、たくさん倒れてるんですよね?」

「はい。異常性を感じ、我々警察が来た次第です。必ずこの事件の秘密を暴いてみせます」

「お願いします……」

 そこで飯塚さんは力尽きたように、眠りにつく。

「安心しなさい。この事件、私が解決してみせるから。その時は、土下座して喜びなさい」

 寝ている飯塚さんにそう言い残し、彼の病室を後にした。

「次はどうする?」

「もう一人、一般の人が話せるらしいからその人のところに行くわ」

「無差別なのか……」

「今はまだ分からない。だけど、あの桜が関わっていることは間違いないわ。何て言ったって、人々が倒れた時期と咲いている時期が重なるもの」

 俺たちは事件の顛末もまだ知らずに、悲しい祈りを知らずに、次の病室に歩を進めて行った。いや、進めてしまった。

叫ぶことも泣くこともできずに、桜は悲しく咲く。

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