第二話 捜査②
俺たちは建設反対のデモに参加していた。と言っても、それほど大規模ではなく、住民の少しの雄志を集めて必死に抵抗している。ある者はプレートを掲げて、ある者はメガホンを持って叫んでいる。
俺と響子さんは、その様子を後ろから様子を伺うようにある程度デモ隊とは距離を取っていた。
昼夜問わず行われている工事に余程腹を立てているのか、いや違う。それだけじゃない。工事音だけではなく、あの桜の木を守ろうとしているのだろうか。
あの桜には人を引き付ける何かがあるのだろうか? 確かに桜が美しい理由は人の魂を吸っているからと言う言い伝えがあるとある時、響子さんに教えられた。
俺は冗談だろ? と笑いながらやんわりと否定したが実は本当なんじゃないかと思い始めている。そうじゃないと、あれ一本にこれほどの人が集まるわけがない。
時に、デモの抗議に耳を傾けてみるとあの桜を守るだとか、体調不良の人が続出しているとか典型的な抗議の内容だった。
その中に、見覚えのある人物がいた。あの伊津さんの事件の時にお世話になった高校生くらいの女の子。鹿崎華実。あの子も、このデモに参加していたのか。
「響子さん、あの子って……」
「ええ。鹿崎華実さん。懐かしいわね。あの時も、お世話になったわ。そう言えば、初めて会ったのもこの神楽坂町だったわね。せっかくなんだし、話しかけてみましょうか。助手くんはここにいて」
「え? どうしてまた」
「助手くんって意外と怖い顔しているじゃない。女の子を泣かせるのが得意って言うのか。あーあ、私もどれだけ泣かされたか」
そう言われるといかんせん心苦しい。確かに、俺は響子さんをたびたび泣かせてしまっている。悪かったと思っているが、それを良いことに彼女はニヤニヤとしながら俺を見つめてくる。
こういう時は、彼女の言うことを聞くしかない。
「分かった。頑張ってくれよ」
「言われなくても分かってるわよ」
俺は響子さんの後ろ姿を見送り、黙って見守る。
「こんにちは。鹿崎華実さん」
鹿崎さんは不意に呼ばれた自分の名に戸惑いを隠せないようで、驚きながら振り向く。
「あなたは……えっと」
覚えが無いのか、首を傾げながら響子さんを見つめる。響子さんは自信満々なようでごめんなさいって言われることをまったく恐れていない。
「ごめんなさい」
「え? 本当に覚えてないの? この私を? この特徴しかないような姿なのに?」
「後ろの方なら覚えが……」
どうやら俺なら覚えがあるらしい。これもまた珍しい。普段なら、俺ではなく響子さんが強い印象を受けるのだが……。
「どうして、俺のことを?」
「怪しい顔しているので」
「っておい! そんな理由かよ!」
響子さんは笑い声が隠せないのか、必死に俺を直視しないようにしている。顔を赤くしてどうせなら思いっ切り笑ってほしい。それもそれで嫌だが。
「フフフ、まぁいいじゃない。覚えてくれたんだから。フフフ」
「笑いながら言うな」
取り敢えず、この話に一区切りをつけて話を本題に戻す。
「どうして、この抗議に参加してるの?」
俺がそう尋ねると、礼の桜の木を見ながらぽつりとあの木の為です。と言い切ってみせた。何の恥ずかしげもなく、平然と当たり前のように。あたかもこの桜の為に生きていると言わんばかりに。
俺と響子さんは不自然さを感じずにはいられなかった。
「ここにいる全員そうなのかしら?」
「はい。みんなそうだと思います。それがなにか?」
「いえ、悪い意味で聞いたわけじゃないの。ただ、随分あの桜に熱狂的なのね」
「だって、あの桜があったから私たちはこうしてマンション建設に抗議できてるんです」
「と言うと?」
不思議な発言に俺は思わず質問した。
「咲かなかったあの桜は、何故があのマンションが建設されて、体調不良の人が増えた時に私たちを励ますように咲き誇ってくれました」
「なるほどね、それでここの人は励まされたと思ったわけね。体調不良の人はもう良くなったの?」
顎に手を当て、深く考え込む仕草を取る。
「それで、その人たちは今どこに?」
響子さんの思考を極力邪魔しないように、俺は彼女の代わりに鹿崎さんに質問を投げかけた。
「最初は泥のように眠っていましたが、今は徐々に起きている時間が多くなったようです」
「え、ただの体調不良じゃなかったっけ? でもそもそもどうして体調不良が多発したんだろ。マンション建設だって、有害な物質が出てるわけじゃないし、まさか騒音で?」
騒音で睡眠不足に陥ることは有り得ることだ。まずここの騒音がどれほどのものか分からないが、このままだと埒が明かない。
「そこまでは分かりません。だけど、このマンション建設が原因だってことは確実です」
「分かった」
とは言ったものの、さてこれからどうしたものか。抗議の声も工事の音で掻き消されて、建設に深くかかわっている者や、いやそれ以前に従業員にすら聞こえていない。
ここにいる人たちは歯がゆさを覚えながらも、これだけしか抵抗できない。
急激に加速する都市化計画。これもそれの一環なのか。この世界は便利になる代わりに人の心の安らぎや、懐かしさすらも無くして、埋めていくのだろうか。
人に大事な物……か。
「助手くん。次に行くわよ」
「次?」
「病院に行くのよ。神楽坂総合病院」
俺たちは鹿崎さんに別れを告げ、神楽坂総合病院に足を向けた。
嫌な予感がする。とてつもなく、どす黒く、深い。この事件、何かがある。
桜は惹きつける。引力のように。




