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夜の月に笑われて  作者: 宮城まこと
桜の下でもう一度
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第一話 捜査①

 氷見が俺の目の前に現れてからもう一ヶ月経っていた。それ以来事件の発生件数はめっりきと減りまたしても俺たちは暇な毎日に戻った。

 今までが忙しすぎたのだ。閑古鳥が鳴いているのが丁度いいのだここは。事務所に行けばコーヒーを飲みながら小説を読んでいる響子さんがいる。早く俺にご飯を作ってくれと駄々をこねる。

 あの惨劇が嘘のようだ。作り物で、偽物で、嘘っぱちで、すべてが張りぼてだったら良かったのに。しかし現実は無慈悲に立つ。脆い幻想の世界を容赦なく壊す。

 あの事を、響子さんにも安瀬馬さんにも八色さんに話した。最初は誰も信じなかった。いや、信じたくなかったのだろう。俺だってそうだ。御三家の闇、氷見家の絶望。そして氷見蓮九郎が壊れた理由。これらすべてから目を逸らす訳にはいかないのだ。

 目を逸らしてしまえば、もう二度と直視することはできなくなってしまう。そんな気がする。

 安瀬馬さんが父親に問い質すと言っていた。唯一残るあの事件の当事者。そしてもう一つ、調べてくれるようだった。氷見家が解決してしまった事件のこと。

 御三家が手こずっていた事件。影の執行人については園江さんに尋ねた。間違っても光を浴びてはならない。我々は影に徹していらければならない。と言ってた。

 自ら闇に染まり、犯罪者を裁く。

 誰しもが予想にしていなかった展開。狂人と謳われてきた氷見が自然と生まれた訳ではなく、こちらが人工的に生んでしまった。

 運命が、使命が、掟が生んだ怪物。それが氷見蓮九郎。

 俺は事務所の扉を開けて、何事もなかったように笑いながら響子さんに挨拶をする。

「おはよう響子さん」

 足を組み、小説を読んでいる彼女がいた。

「あら、おはよう。早速珈琲作ってくれる?」

「あぁ良いよ。ちょっと待っててくれ。すぐ作るから」

「ええ、よろしく」

 荷物を置き、コーヒーメーカーでコーヒーを作る作業に取り掛かる。

「ねぇ、助手くん。今日の新聞見た?」

「今日の新聞? いや、まだ見てないな。それで、何か気になる記事でも乗ってたのか?」

「神楽坂町のあの一本の桜覚えている? 一度行ったじゃない。事件の捜査で」

「あぁ、行った。あの桜の木は有名だから大体の人は知ってるんじゃないのか? で、それがどうしたんだ?」

「その木がついに伐採されるらしいの。マンション建設でね。あまり、私も知ってるわけじゃないけど綺麗だったらしいじゃない。一度くらい見に行きたかったわ」

「なんなら見に行くか? 今年も綺麗に咲いてるって聞いたぜ。見納めだ。折角だから行こう」

「あら、連れて行ってくれるの? 嬉しいわ。なら珈琲を飲んだら行きましょう!」

「ハハハ、そうだな。行くか」

 俺たちは知らなかった。氷見に出された最後のクイズが何を意味するのか。


 そしてバスを乗り継いで、神楽坂町の残された桜を見に来ていた。

「なんだか、悲しそうね。友達も抜かれちゃったしね。一人ぼっちは……孤独は癒されないのよ」

 ぽつりと呟く響子さんの言葉。確かに桜の木は悲しそうに立っていた。だけど、あの桜は今までで一番妖艶で、綺麗だ。

 人を誘っているようで、少し怖い。

 この景観をぶつ壊すようにマンション建設の工事音が鳴る。その前では市民たちが抗議しているようだ。

「しかし、すごい音だな。夜間は工事していないのが唯一の救いだな」

「意外とそうじゃないみたいよ。ほら、あそこで抗議している人たちがいるでしょ? 通る際に聞き耳を立てたけど、時間が無いみたいだけからかなりやってるらしいわよ。桜の木のこともそうでしょうけど、騒音も相当ね」

「なるほどな」

「それに妙な噂も聞きつけたしね」

「妙な噂……?」

 首を傾げて彼女を尋ねる。

「働いている人たちが倒れているのよ」

「過労……なのか?」

「その可能性はあるでしょうけど、だってよく考えて? 働き手を失えばその分だけ仕事が遅くなる。夜分も急いで工事しているのに、そんなことするかしら」

 顎に手を当て、考える。

「しかも、夜の時だけ。眠ったように気絶しているのよ? おかしいと思わない?」

「確かに。このマンションに何かあるのか?」

「でも、調べてみる価値はあるかもしれないわ」

 こうして俺たちの、独自の捜査が始まった。

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