第十章終局 カウントダウン
俺は響子さんとの会話を終え、ある場所に向かっていた。それは黒崎さんが演奏していた場所、命を狙われていた場所と言っても間違いない。
ミューズ。そこが四つ目の問題の答え。そこに何が待っているのか、未だに予測が出来ない。氷見の奴が待っているとしたら、ここで捕まえて、が理想なのだがあいつと俺の実力差が開き過ぎている。
闘ったとしても必ず負ける。
それより気になるのは最終問題だ。一番新しい事件はこれだとしたら、次は一体何なのか? まさか事件を起こす気なのか?
氷見蓮九郎が? 人を操り殺人を行ってきたあいつが直々に手を下すと言うのか。ならば俺がいや、俺と響子さんが止めなければならない。
朝八時。まだ会館は開いていない。ここに奴がいるとしたら……一体、今度は俺に何を伝える気だろう。
御三家の闇。元執行人家の氷見家、全ては断ちようない因果に巻き起こされた不運な事件。これは話すべきだろうか、話そう。正直に。
安瀬馬さんと、響子さんに。これがこの先どんなことになろうとも、この事実だけは知っていてもらいたいんだ。
氷見蓮九郎の目的は分からない。これがもし本当は嘘で、俺たちを混乱の渦に巻き込もうとしているだけかもしれない。
それを知るために、俺はあいつと会う。
ミューズに到着し、まだ開いていない扉の前で立ち尽くす。ここにあいつがいる。
この時を見計らったように、あいつに渡された携帯電話が騒がしく鳴り響く。ここは大人しく出てみるとするか。
「もしもし。着いたぜ。お前は何処にいる? どうして俺たちにあの事を教えるんだ?」
「質問が多いよ。僕はこの中にいる。綺麗な女性と一緒にね。さぁ入ってきたまえ。ドアは開いている。そこでゆっくりと話そう。まぁ良いショーになるよ」
俺はあいつに言われるがままに、ミューズの中に入る。広間を抜けると舞台の上に立っている氷見がいた。
一筋の光を浴びて、ピアノの椅子に足を組み鍵盤に肘をついて。
「やぁ。やっと来たね。もっと近くにおいで」
罠があるかもしれないと俺は細心の注意を払いながら、降りていくと電話で言っていたもう一人がよくやく目に見えた。
そこにいるのは他でもない、失踪していた黒崎加奈子さんだ。まるで操り人形のようにピクリとも動かない。
どうしてここに? 彼女が何故? 疑問が一瞬にして脳内を駆け巡り、未だに答えは出ない。
「どうしてその人がここにいる! 答えろ!!」
「まず上がってきなよ。舞台は整ったからさ」
舞台に上がり、氷見と対面する。これで何度目だろうか、今まで良く生きていたものだ。
「彼女は僕がさらった。今騒がれている事件の真犯人として彼女を差し出す」
「な!?」
「ここで死んでもらうんだ。遺書も残したしキミの指紋は無かったことになってる。あろうことかキミは殺人犯を追い詰めたヒーローになる。あれも全て僕が仕組んだことだ。僕が後始末しなきゃ。良く言うだろ。遊んだ玩具は片付けなさいってね」
悪魔と見間違えるほどの凶悪な笑み。それは人の命を運命を玩具と言い切り、絶望の淵へと叩き落す。これを外道と言わずになんと言う?
あまりの怒りで拳を握り締めていたが、それすらも氷見に見透かされていた。
「怒ってるのかな。僕が憎い。僕たち一族は人の感情が良く分かるんだ。憎しみや喜び悲しみとかね。でもその中で唯一。悲しみや憎しみだけが人に感化する。感情を分け与えることができるんだ。もしかしたらキミのそれも織神響子のそれも。僕が与えたのかもね」
「黙れ! これは俺の感情だ。響子さんがお前を追っているのもお前から与えられたものじゃない!! これ以上ふざけるなら、俺がここで――」
「ここでなに。殺すか。言ったろ。キミじゃ僕には勝てないって」
首を絞められるような感覚に襲われた。身体を這いずりまわされて、今にでも俺の身体を締め殺せそうだった。
それはまるで獲物を殺す、蛇のよう。
「キミはつくづく馬鹿だ。一時期の感情で人生を棒に振る。殺してやってもいい。だけどそれじゃ完璧な織神響子を壊せない。キミは僕の恩恵で生きているんだ。勘違いするなよ」
「くっ……!」
何も出来ない。これが氷見なのか。
「さて。キミにどうして僕が問題を出したか分かるよね。そう。キミらが追ってきた事件をなぞらえているんだ。全ては憑神によって人生を狂わされた人々。キミもそうだろ香澄准兵くん。キミは高校時代。当時学校で起きていた猟奇殺人と闘った。織神響子と一緒に。その時キミは襲ってきた憑き人から彼女を守ろうとしてその身を犠牲にし。彼女の憑神の力を分けてもらった。だからキミたちは他人よりも繋がりが強く。複雑だ」
あいつ俺のことまで調べてやがったのか。
「誰よりも未完成で。誰よりも崩れやすい。だが強固に固まった意志はそれすらも凌駕した。進化し続け僕が仕向けた謎をことごとく突破していった。完成するのが楽しみだ」
「お前に楽しみなんて来ねぇよ。俺と響子さんでお前を捕まえる。それだけは覚えておけ!!」
「ならば次に会うときに最終問題を出そう。『舞い散る桜、己が欲の果てに滅びる』さぁ頑張って解いてくれたまえ。もう少しで時間だ。また会おう。最後は血の雨でお別れだ」
氷見が指をぱちんと鳴らすと、スポットライトが全て点灯し、まるで舞台のフィナーレのように煌びやかになる。
そこで見た、黒崎さんが手に持っている刀。止めようとしたが何かに操られるように首を自らの手で切断した。何の恐怖もなく、躊躇もなく。
「うわぁあっぁあああ!?」
助けたはずなのに、どうして今度は助けられない。無力すぎる。手には届かない、消えた命。ここにはただ俺の悲嘆の叫び声しか響いていなかった――。
絶望の果てに氷見は笑う。




