第二話 捜査②
俺たちは救急車の音を聞きつけ、グラウンドに駆けつける。
そこには大量の野次馬と怪我をした人の周りにはコーチらしき人と木葉大学陸上部のジャージを着た人たちが集まっていた。
怪我をしたのはどうやら陸上部の人みたいだ。だとすると本当に不可解だ。何故、陸上部がこんなにも事故が多発しているのか? 響子さんが言う通りこれは事件なのか? いや、まだ結論を出すのは早い。もっとこの事について調べなければならない。
「そうだ、そう言えばさ」
隣にいた三部が何かを思い出したかのように言う。
「みんな足の付近を怪我してるんだよね。足の腱とか、腰とか、骨折とか、下半身が重点的に」
下半身だけ? 確かに腰や、足は選手生命にかかわる重要なところだ。それなのに、怪我をする? 怪我自体はするだろう。
でも、怪我が続いている中で気を張っていれば防げたしていたはずだ。三部が言っていたが、彼は全国出場が決まっていた選手だったらしい。
そんな選手が自身の危険に鈍感なものだろうか? ますます分からなくなる。
彼が俺なら、事故が続いている中で人一倍そういう危機管理をする。彼はしなかった? そんなわけがない。
きっとしていたはずだ。
なのに事故は起こった。
「随分、この陸上部は事故が多発してるのね。取り敢えず、これがひと段落ついたらコーチに話して聞いてみましょう」
「そうだな。でも、響子さん。事故じゃなくて事件だって根拠どこにあるんだ?」
彼女は野次馬から一切目を離さずに俺の質問に答えた。
「根拠なんてないのよ。ただの勘、女の勘ってやつ」
気が付けば救急車は大学から去って、野次馬を消えていた。この場に残っていたのは俺たちと陸上部くらいだった。
「三部、みんなどんな風に怪我してたんだ?」
彼女がうーんと手を組み考えているうちに響子さんはコーチに話を聞きに行ってしまった。
「ちょっと待ってくれよ響子さん! 三部、帰ってくるまで思い出してくれ」
「了解!」
俺は三部が思い出すまで響子さんとともにコーチに話を聞く。コーチはやや気が立っている様子は火を見るより明らかだ。
「お話よろしいですか?」
「あ? あぁ、なんだよ? こっちは忙しいんだ」
「お時間はそれほど取らせませんので」
「おう、手短に頼むぞ」
「善処します。早速お聞きしますが、先ほどの彼は全国大会の出場が決定していた。とお聞きししましたが、そんな大切な大会が迫っているなかどのように怪我をしてしまったのでしょうか?」
「どのようにって……ほら今片付けてるハードルがあるだろ? それに躓いちまって派手に転んだと思ったら動かなくなっちまって、多分骨折してる」
ハードルの選手だったのか。今怪我をしてしまえばきっと大会には出られない。きっと悔しい思いをしているに違ない。
「そうですか、それはお気の毒に。ですがこれは彼の不注意が呼んだ事態なのではありませんか?」
「悪いが、それは違う」
コーチは響子さんの可能性をきっぱりと切り捨てた。
「何故、そう言い切れますか?」
「何故ってそりゃあ、俺はあいつの練習を何千何万って見てきたんだ。そんな跳び慣れたハードルを今さら引っかかるわけがねぇ。これだけは断言できる」
彼女は顎に手を当て、何かを考えながらもこう言った。
「では、そのハードルを見せてもらってもよろしいですか?」
「構わねぇ。おいお前ら! こいつらにハードルを見せてやれ」
部員たちはその練習に使っていたハードルを持ってきてくれた。俺は彼女に連れられ、調べるところもなさそうなハードルを調べる。
これで一体何が分かるんだ?
俺が彼が引っかかって怪我をしたハードルを調べるとそのハードルは他のとは何かが違った。
「ん?」
蝶のマーク? そう、そのハードルには何故か知らないが蝶のマークが描かれてあった。メーカーのマークだろうか?
だけど他のハードルにはなかった。
「なぁ響子さん。ちょっと見てくれ」
「何よ?」
俺は蝶のマークを見せようとするとそこには一匹の蝶が止まっていた。そしてそこにはマークの色が変わったマークがあった。
「蝶を見せたかったの? 確かに可愛いけど今は真面目にやって頂戴」
「え? 違うってこの蝶のマークだって」
「蝶のマーク? それならこのハードルにもあるわよ。助手くんは知らないの? この蝶のマークってこの大学のシンボルみたいなものだからどんな場所にもあるし、どんな道具にだってあるのよ」
そうだったのか……事故に関与していると持っていたんだけどな。そんな俺の浅はかな考えはすぐに正された。
「何もないわね。すいません、コーチさん。ありがとうございました」
俺たちは何もなかったことを知って三部がいるところに戻った。
三部は何かを思い出していると良いが。
「思い出したか?」
「うん。ばっちり! でもここで話すのもなんだから第二講義室に言ってから話そう」
「どうする響子さん?」
「そうね。そうしましょう」
俺たちは大学の渡り廊下を進んで第二講義室に向かう。響子さんの言う通り大学のあちらこちらに蝶のマークがある。
でもそれは紅い蝶だ。俺が見たのは黒い蝶のマーク。あのハードルに止まっていたのも、そう言えば黒い蝶だったな。
これは俺の見間違いなのか?
俺は煮え切らない何かを抱えながら第二講義室に着き、三部の話を聞く。
「一人目は階段から転んで、足を重度の捻挫してる。走り高跳びの選手だったみたいだよ。でもそれは転んだって言うより落ちたって言う方が正しいのかな?」
「落ちた? どういうことだ三部」
「あたしも直接見たわけじゃないし、友達から聞いた話なんだけど……まるで階段が消えて落ちたみたいだって」
階段が消えて落ちたみたいだった? 腑に落ちないな。
「でね、二人目が道具の下敷きになって足が骨折したらしいよ。三人目と四人目が走っている途中でぶつかって腰とかを打撲したみたい。
そしてさっきのが五人目。ついでに思い出したけど二か月前に走り高跳びで変な着地をしちゃって両足の腱を切った人がいたよ」
どれも酷い事故の内容だ。下手をすれば選手生命を断たれてしまう。なのにどうしてこんなに事故が多発しているんだ?
「その現場にも行ってみたほうがよさそうね。行くわよ助手くん」
「え、あぁ」
「なにぼーっとしてるのよ。まずは地道に探すの」
「分かってるよ。悪い、三部ちょっと待っててくれ」
「うん。分かったー」
俺と響子さんは三部を第二講義室に残して、事故現場に向かう。ここからさほど遠くなく一つ目の事故現場に着いた。
「ここね。調べるわよ」
俺は階段をくまなく探したが怪しいところなんてどこにもない。綺麗な白いただ人が上ったり下りたりする普通の階段しか見えない。
「怪しさの欠片もないわね。次はどこに向かおうかしら? あぁもう、結に場所訊けばよかったわ」
「俺が訊いてくるよ。響子さんはここで――」
響子さんは俺の言葉を遮るようにこう言った。
「私、もう一回コーチに話を聞いてくるわ。多分まだグラウンドにいるはずよ。ぶつかった時のことを詳しく訊かなきゃ」
俺と彼女はそこで別れた。俺は急いで三部に二件目の底現場の場所を聞き行く。そうすると何かが転ぶ音が聞こえる。
俺はその音が調べたのとまた別の階段から聞こえたので近くを通る際に見ると人が倒れていた。
「大丈夫ですか!?」
俺は急いで駆け寄る。松葉杖が二つ、男の人が一人倒れていた。うつ伏せになっていて起き上がれずにいる。
「ちょっと助けてくれませんか? 今、一人じゃ起き上がれなくて」
俺は何も言わず、立ち上がる手伝いをした。爽やかな笑顔を見せ、彼はお礼を言った。
彼は人柄が良さそうな雰囲気で、眼鏡をかけている短髪の彼。俺は初めて会ったのにもかかわらず好印象を抱いた。
「ありがとうございます。お名前聞いてもよろしいですか?」
「どういたしまして。俺は香澄准兵です。君は?」
「俺の名前は永洞国一です。お礼をしたいけど今は手持ちがなくて……いつか必ずお礼するよ、准兵くん」
「そんなのいいよ。そういうためにやったわけじゃないからさ」
「いやでも、それだと俺の気が収まらないよ。明日、大学来る?」
「まぁ、多分来るかな」
「じゃあ、何か君の好きなものを買ってお礼をするよ。いやだと言わないでくれよ。これも人助けだと思って」
うーんと頭を掻きながら俺は答えた。
「分かった。じゃあお昼ごろにそっちに行くよ」
そう言うと彼はそれじゃあと言って階段を松葉杖を使って階段を降りていく。それはどこか危なっかしくてまだ覚束ない感じがした。
しまった。こんなことを思ってる暇じゃない! 早く三部に場所を危機に行かないと。俺は階段を駆け上がり、再び第二講義室に向かう。
俺はその途中、あの時見た黒い蝶とすれ違った。
蝶はただ悠々とそこで美しく舞っていた。その美しさが一瞬でも怖いと思ってしまう。
いつか美しさが人を欺く日が来るかもしれない。
そんなことを思いながら俺は第二講義室の扉を開けた――
なぜ、陸上部だけが事故が多発しているかその理由が徐々に明らかになるので
楽しみにしていて下さい!