第四話 捜査④
麓から上がっていき、鬱蒼と生い茂る木々の聖域に足を踏み入れた。山にはもうほとんど雪はなく、地面が見えていた。
気が付けばもう月日は三月。余談だが俺の誕生日がある月だ。こう思うと誕生日の三月二十五日まであと二日。このまま日にちが進めば最悪の誕生日になる。
原因はあの事件を解決したせいなのか……いや、今年に入ってからの事件ほぼ全てが氷見が元凶だ。あいつをどうにかしないと悲しみの連鎖は永遠に続く。
そして俺は、あの武士と闘った場所に着く。
そこには何もなく、昔闘ったことなど嘘のように感じる。だが、そこには一つ異物があった。木に釘で止められている手紙。
これもまたくしゃくしゃになっている。
「あれか……?」
疑問に思いながらも、手紙を手に取り開こうとするが後方でエンジンの駆動音が聞こえる。
「今度は、あなたですか……安瀬馬さん」
後ろを振り向くと、そこにはバイクから降りた八色さんと安瀬馬さんがいた。いつも響子さんと話している顔とは違う、悲しそうで、困った顔をしていた。
「あぁ。どうして貴様が逃げる?」
「すいません。答えられません。でも、捕まるわけにはいきません」
「やることがあるのか?」
「はい」
「だがな……オレもここで貴様を逃がす訳にはいかない。仕事なんだ。依頼は忠実にこなす。悪く思わないでくれ」
安瀬馬さんは俯きながら、八色さんと視線を合わせた。すると彼女は頷き、影から軍刀を取り出す。きっと俺と闘う気なのだろう。
「安瀬馬さんは、どうして俺がここにいるって判断したんですか? やっぱり、推理とかで分かっちゃいます?」
「そうではない。情報が寄せられたのだ。貴様がここに居るとな」
「誰が一体……」
「さぁな。名前は名乗らんかった。だが、その情報も嘘ではなかったみたいだな。香澄、悪いことは言わん。大人しく捕まれ」
「すいません。それだけは出来ません。先ほども言った通りに、俺にはまだやるべきことが残ってるんです。例え逃げることになったとしても」
「そうか。ならば、力づくで捕まえる。悪く思うな。行け、八色」
彼女は一歩前に出て、軍刀を空を切るように振るう。その眼は以前刀の特訓を受けた時とはまるで別人のようだった。
冷たく、背筋に嫌な汗がかくほど。無意識に手を強く握り締め、生唾を飲み込む。風が頬を撫でるとそろそろ意を決しろと急かしているようだ。
刀を取り出して、傷ついた足を庇うように構えを取る。
誰が彼らに情報を教えたかなんてすぐに解る。氷見の奴だ。
あの野郎はどこまで人を操れば気が済むんだ。
だけど二人から例の憑神の力は感じられない。本人たちの意志で俺と対峙してる。
「香澄様、開斗様のご命令故手加減は出来ません。全力で貴方を制圧させて頂きます。では!」
彼女は踏み込み、加速。
意識を前方に集中させ、防御の構えを取る。だがそれが仇となり、彼女が空に飛翔したのが分からなかった。
いきなり視界から消え去った彼女を探し、首を上下左右に振るが見つけた時にはもう遅い。
「しま――」
無情に振り下ろされた軍刀は、俺の肩を容赦なく切り裂く。
「あぁぁぁッ!?」
痛みで集中力が削がれる。
だがここで切らしてしまえば、彼女の連撃には耐えられない。痛みを堪え目を見開くと八色さんの拳が顎を目掛けて一直線に飛んで来た。
それを何とか躱し、距離を取ろうとするが撃たれた足に軍刀を突き刺してそれを封じる。
「クソッ!!」
痛みを感じている暇などない。本当に八色さんは俺を無力化する気だ。
俺は無理矢理彼女を突き飛ばして距離を取る。だが、身体の至る所が悲鳴を上げている。このままだと何もできず捕まってしまう。
どうにかして逃げないと……。
それにはこの軍刀が邪魔だ。
「本当に容赦がないんですね……八色さん」
「申し訳ありません。本当は私も貴方を斬りたくはありません。どうか、ここで捕まってはくれませんか?」
痛みを抑えながら軍刀を抜き、投げ捨てる。出血が酷い。もう左足は回復するまでの間、使い物にならない。
「俺は逃げます。みんなを守るために」
「私は、今の貴方を守りたいんです。これ以上貴方が傷つけば織神様が泣いてしまわれます。その時、貴方を斬った私を彼女は、貴方は友と呼んでくれるでしょうか?」
「大丈夫だ。八色、貴様にそんな重荷は背負わせん。オレが、オレ一人でそれを背負おう。憑神化だ」
安瀬馬さんが、ゆっくりと彼女に近づき憑神化をする。軍刀を新たに取り出し、その切っ先を俺に向ける。
「範囲指定――」
抜刀の構えを取って、鋭い眼光を相手である俺を見つめる。
来る。絶対必中の奥義。これは何がなんでも避けないといけない。避けれるのか? いや、避けてみせる。防いでみせる。
「はぁぁぁぁ!!」
見えない斬撃が俺の髪を掠った。外れた? いや、外してくれたのか? どっちでもいい。この技のインターバルは短い。
今すぐ逃げないと斬られる。
「何度でも言う。大人しく捕まれ。そうすればオレがきっと真犯人を捕まえてみせる。だから!!」
「俺は、逃げます。信じてください、俺は自分で見の潔白を証明してみせます。安瀬馬さんに捕まれば、きっとあいつは……響子さんを」
「あいつ? 誰だそいつは。オレの知っている人物か?」
動きが止まる。今しか逃げるチャンスはない。
「氷見蓮九郎……」
「なに!? 氷見蓮九郎だと!」
「あいつは普通じゃない。どんな犯罪者よりも、どんな憑神よりも凶悪で、最悪だ。俺が捕まればきっと周りの人たちに迷惑が」
「だとしても、織神もオレも八色も自分の身は自分で守れる。貴様は他人を守ることに固執し過ぎなのだ。もしここでお前が死んだら織神はどうする? 悲しみに泣き疲れ貴様の後を追うだろう。いい加減、自分の身を守ってみろ」
「無理な相談です。俺はこういう風に育ってきたから。誰かを守らないと俺じゃない。だからあの時、響子さんを守れて良かったって思ってます」
高校生活最後の俺の全力。自分の命を投げ出して彼女を守ったこと。
「馬鹿者が」
もう一度振り抜くと、斬撃は俺の上を通過して木々の枝を切り裂いた。
「行け。好きにしろ。氷見のことは後から聞かせてもらうからな」
「ありがとうございます、安瀬馬さん、八色さん」
俺は安瀬馬さんとすれ違い、足を引きずりながら歩いている。
そして安瀬馬さんは聞こえるか聞こえない声で――
「斬れる訳なかろう。大事な友人を」
と言ったように聞こえた。
氷見の伝える言葉とは?




