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夜の月に笑われて  作者: 宮城まこと
破滅の旋律
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第三話 捜査③

 俺は逃げるように港を去る。足を引きずり、出血を止めるために響子さんから貰ったハンカチを傷口に縛る。

 ハンカチは瞬く間に真紅に染まり、深く溜め息をつく。

 どうなっている……どうしてあの三人が襲ってきたんだ? 理由は大方予想がつく。それはあの正体不明の憑神だろう。あれがいるせいで三人は。

「いってぇ……」

 傷口が痛む。治癒し始めているが、あと二日程度かかるだろう。この足でどこまでやれるか心配になってくる。これも氷見の思惑なのか。

 身体の中に弾丸を残っていなかったのが不幸中の幸いだろう。

 氷見から携帯電話が鳴る。

「もしもし……どうしてあの人たちを使った!! 関係の奴を巻き込んで何が楽しんだ!」

「アハハ。良い余興だったろ。爽快だったよ。キミの裏切られた顔。まぁ安心してよ。あれは僕が操ったんだから。あの人たちに罪はないよ。それに今回の問題は簡単だったろ? さて本題に入ろうか」

「話を代える気か……! いいか、これ以上誰かを巻き込んだりしたら許さないからな」

「特に織神響子にか。大丈夫。キミたちは最後だから。本題だが。この通話が終わったら手紙を読みたまえ。大事なことが書かれているからな。これで誰を信じるか決めるんだ」

「どういうことだ?」

「それは見てからのお楽しみ。じゃあ次の問題を出すよ」

 通話が切れた。俺は舌打ちをしながらポケットに携帯電話をしまう。色々考えるべき部分があるが、今は奴の言う通り、手紙を見るとしよう。(しゃく)だが。

 手紙を見ると、随分薄れた字で祓い屋の御三家のことについて書かれている。

織神(おりがみ)(ゆう)()殿へ。この度の氷見家の横暴に対しての罰則を決定致しましたので報告にこのような手紙を出すことをお許しください。

 本題に入りますが、影の執行人こと氷見家は我々、三家に対して翻意を示したことにより氷見家の解体、憑神の剥奪。そして()()(とう)九郎の無期期限の投獄を決定いたしました。

 藤九郎のご子息、氷見蓮九郎に対して憑神を持って記憶を消去し、我々が用意した養子先に預け、経過を見守ることに致しました。

 今宵の三家会議で決まるでしょうが、今度は我ら園江家が執行人を引き受けます』


 この手紙の内容が本当だったら、氷見家は執行人の一族だったことになる。何らかの理由で氷見家は憑神を剥奪され、祓い屋の歴史から消え去った。

 記憶が消されているはずなのに、どうして響子さんの家に辿り着いたんだ? これも何らかの因果か。

 だからと言って復讐は許されることじゃない。そのせいで響子さんは家族を失うことになったんだ。

 メールが来た着信が鳴り、確認するとまた問題が書かれていた。

『武士の心を改めて悪しき神へと成り果てた。その魂は何処(いずこ)に』

 意味は分かる。これが先ほどと同じならばこれはあの武士の事だろう。桐之山。俺が一度死んだ場所、強くなろうと誓った場所。

 そして響子さんを泣かせてしまった場所。今思い出しただけでも、完治したはずの傷口が痛み始める。痛むはずのない傷。

 ファントムペイン。初めて経験したが、記憶が嫌に鮮明なだけに今にでも傷口が開いてしまいそうだ。

 胸が詰まり、息がしずらくなる。筋肉が強張り、冷や汗が噴き出す。足の撃たれた傷が余計に痛む。

 これも氷見の算段なのか? それともこの精神状態で思い込んでいるだけなのか。クソ、ダメだ。ネガティブな気持ちになるな。

 落ち着いて、肺で息をするんだ。

 そうだ、ゆっくり。

 ぼやけていた視界が晴れ、自然と痛みは引き始めた。この状態ならこれ以上何があってもくじけない自信がある。

 俺は足を引きずり、その足のまま桐之山に向かった。

 次に何が待ち受けている? 氷見家に何があったんだ。どうして御三家に翻意を示し、解体まで追い詰められたか。

 執行人の生活までは分からない。がそれはとても陰惨なものだったのかもしれない。日の光を拝めずに影で這って生きていたのかもな。

「それについては私たちが説明したしましょう」

 後ろで男性の声がする。恐る恐る後ろを振り返るとそこには、棺桶を背負い、黒いスーツにハット姿の園江辿さんがいた。

「俺を捕まえに来たんですか? 園江さん」

 ハットを深く被り直し、俺に近づく。俺は失礼ながら警戒した。

「ご安心を。私は罪無き者は捕えません。貴方に伝えなければならないことが幾つか御座います。お手を拝借してもよろしいですか? それと目をお瞑りください」

「え、はい」

 安心しきって、手を差し出す。すると影が俺たちの身体を包み込み、そのままどこかに移動する。これが執行人の移動方法なのか。

「到着しました。目を開けてください」

 目を開けると、そこには朽ちた大きな屋敷があった。あの放火事件に似た屋敷などではなく、どこか哀しげで何かおぞましい者が今も住んでいるようだ。

「ここは何処ですか?」

 俺がそう尋ねると、園江さんは口を開く。

「ここは、氷見家の屋敷です。いえ正確には元……ですが。ここで最悪が生まれ、今に至ります」

「最悪? 氷見蓮九郎の事ですか?」

 コクリと頷き、屋敷を見ながら過去を話し始める。

「十年前、私たちは氷見蓮九郎を捕えました。勿論、憑神に憑かれた彼をね。罪は殺人。そして憑神を人工的に創り出す。この二つは大罪です。彼は言葉巧みに人の悪意を操り、憑神を創り出す。それはただ一人だけの悪意を集めたとて、創り出せません」

「ってことは……」

「はい。何人のも悪意を集め、創り出した。私たちはそう考えています。そして悪意を操られた人間は全員、憑神に憑かれ今も獄中で生きています」

「くっ……!」

 あいつは何人もの人生を狂わせて、今もなおのうのうと生きているって言うのか。

「あの雨の日。忘れもしません。私は氷見を見つけ捕えようとしました。彼の足元には血だらけの父、死んでいました。そして私は父の代わりに安瀬馬開斗様のお父上と、織神嬢のお父上と協力し、彼を捕えることに成功しました。が、未熟だった故に彼を途中で逃がしてしまい、現在に至ります」

「じゃあ、園江さんはあいつにお父さんを? 憎くないんですか?」

「勿論、憎んでいました。だが、私は影の執行人。憎しみに囚われ、光の下に身を投げ出そうとは思いませんでした。それに、私には家族がおりましたから」

 そうだ。憎くないはずがないんだ。あの時点ではきっと誰よりも憎かったはずなのに。俺はなんて浅はかな質問を……。

「では、貴方の次の目的地まで運ばせて頂きましょう。その足では歩くのもお辛いでしょう」

「桐之山の(ふもと)までお願いします」

「かしこまりました」

 再び、影に包まれ俺たちは桐之山の麓に移動した――

徐々に明かされる氷見家の謎。

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