第九章完結 見えている色
冬の日差しによって俺は目を覚ます。
「……」
カレンダーを確認して、脳に足りない酸素を欠伸によって補う。長くなってきた髪を邪魔くさそうにしながら寝癖を直すために洗面所に向かう。
今日は二月十四日。全国の男たちがドキドキワクワクするあの行事、バレンタインデーだ。
寝癖をさっさと直して、冷蔵庫を開ける。その中央に陣取っているのは響子さんのために作ったチョコレート。しっかりと包装もしている。
渡す準備は出来ている。
崎野さんの事件があって、なかなか良い出来栄えに出来なかったが、しょうがない事か。
もうあの事件から三日経つ。人の興味とは移ろいやすいもので、あの事件の悲惨さは報道されたが、誰も気にしていない。
俺たちは、あの事件の後釈放された松尾さんに話をしに行った。
「あんたたちが、捕まえたのか……」
目に光が無い。犯人を演じた疲れか傷心しきっていたのは目で見ても分かる。そんな彼に響子さんが話しかける。
「そうよ。貴方、私の事憎い?」
首を横に振り、静かに言った。
「いいや、あいつは悪いことをしたんだ。罰せられて当然かもな」
「随分と冷たいのね。まぁ貴方の言う通りよ。悪い事をしたら罰せられる」
「あいつは、あんな子じゃなかった」
涙を零しながら、辛い心情を語り始める。俺たちはそれを黙って聞く。彼の胸の痛み、心の傷。そして悲しみ。俺たちにどうこうできる問題じゃないが、聞くことぐらいは出来る。いや、これは義務なのかもな。
「優しくてさ。いつも俺の事を気遣ってくれたんだ。慣れない料理もしてくれて、俺が小町の思い出して泣きそうになった時も隣で支えてくれて。でも、どうしてあいつが? 人間何があるか分かんねぇな。俺にはもう何もないよ。彩っていた世界が、一瞬で灰色に褪せていったんだ」
「そんなことないわよ」
そう言った。彼の言葉を聞くだけでなく、はっきりと否定した。
「貴方にはまだあるじゃない。家族だっているし、あの人と過ごした綺麗な色をした日々があったじゃない。灰色の世界は貴方が作り出した、貴方の為の逃げ道なのよ」
「逃げちゃダメだって言うのか?」
「そうは言わないわ。だけど、いつか逃げ疲れたら……もう一度向き合ってみて。貴方たちを不幸にした犯人、私たちが必ず捕まえるわ。約束する」
そう言って俺たちは、松尾さんとの会話をし終わった。
あれ以来彼がどうなっているか分からないが、きっと今も必死に来ているんだろう。
ある名前を思い出した。響子さんの前では出しずらいあの名前を。
その名は氷見蓮九郎。人の心を壊して、闇を引きずり出してその不幸を見て楽しむ男。ただ外道だ。響子さんの親を殺し、今も逃げ続けている。
どうして捕まらないのか不思議だ。
必ず、あいつが引き起す不幸の連鎖を止めてみせる。
事務所に到着し、ドアを開ける。すると響子さんがいつにもなく慌ただしくしていた。
「おはよ――って何してんだ?」
「え!? あ、いや、何でもないわよ。勘違いしないでよ」
「だから何を勘違いすればいいんだよ?」
すると彼女は自分の後ろに何か物を隠す。一体何を隠したんだろうか? 地味に気になる。
「ん? 今何を隠したんだ?」
「だからなんでもないって!!」
響子さんは強く否定して、俯く。だが、どこかよそよそしいというかもじもじしていると言うべきなのか、何故かはっきりとしない態度をとり続けている。
「まぁいいや。響子さん、はいこれ。バレンタインデーのチョコ。今回は頑張ったけど時間が無くて……響子さん?」
反応が無い。寧ろ、やってしまったという顔をしている。
「さっきからどうしたんだよ? なんかおかしいぞ?」
「助手くん、今日は何の日か分かる?」
「もちろん。今日はバレンタインデーだろ? だからこれを」
「実はね、わっ、私も作ったのよ……」
「何を?」
「決まってるわよ。チョコレートよ」
「えぇ!?」
チョコレート!? あの響子さんが? にわかには信じがたいことだ。
「チョコレートって作れたのか? たんに板チョコとか、ただ溶かしただけとかそうじゃなくて、本当に手作りなのか?」
コクリと頷きながら、隠していた物を俺に見せてくれる。
「本当の本当に?」
「そうよ。どんだけ疑われるのよ私。本当の本当よ」
そう言って頬を赤めながら、チョコの箱を俺に手渡すために両手で差し出す。
「受け取りなさい。ハッピー、バレン……タイン。土下座して喜びなさいよ!」
「あっ、ありがとう響子さん!」
「貴方のチョコレートもありがたく頂くわ。ありがとう准兵」
ニコっと笑いながら礼を言った。
実際にこのチョコはほとんど形が無かったが、味はとても美味しかった。この幸せな時間が続けばと思うが、この実に一か月後。史上最悪な誕生日を迎える。
次章、衝撃的展開かもしれないです




