第九章終局 悪の果て
水面が凍り、人以外の生きとし生きるものが眠りにつく中、その眠りを覚ますように騒々しくしてしまっている。
まだ手紙の意味は俺には分からない。あの灰色の世界とは何を指しているのか、いかんせんパッとしない回答ばかり浮かぶ。
どうやら響子さんにはこの事件や、あの手紙の事が全て分かってしまっているようだ。
俺もこの事件の犯人があの人だと聞かされると、胃が痛い。と言うより、これ以外答えが見つからなかったのか。どうしてもそればかり思ってしまう。
これはばかりはいつになっても慣れはしない。今まで人と普通に接しているはずなのに、その人は平然とした顔で人を殺す。
当然、許されることではない。
擁護のしようがないことも分かっている。憑神だけが悪いわけじゃない。もちろん、大部分はあいつらが悪い。だからと言って人側に罪がないかというとそうではない。
互いが引き合い、強烈な悪に成り果てる。
世の摂理。そう割り切ってしまえば簡単だが、俺には暫くできそうにない。
「こんな所に呼び出して、どういうつもりですか? 探偵さん」
「あら、もう呼ばれる理由は分かってるじゃなくって? 崎野知代さん」
真昼の太陽が照る。俺たちは崎野知代さんを今は使われていない温泉旅館に呼び出した。
ここなら誰も邪魔は入らない。
「呼ばれる理由ねぇ……。ごめんなさい、ちょっと分からないですね」
ニコッといつも通り、信頼する友に向けるような笑顔を俺たちに向けた。それがかえって恐ろしかった。
ここまで人は非情になれるものなのか。
「分からないなら教えてあげましょう。今回の凍死事件、犯人は貴方でしょう?」
「犯人? どうしてそうなるんですか? だって、坂牧くんとはあれ以来関係がないし、あの社長とだって……」
「社長? それはあの金融会社の事かしら? だとしたらおかしいわね、関係がないんはずなんだから。それとも、貴方はニュースで見たのかしら」
崎野さんは言い淀む前に、反論した。
「そう! ニュースで見たんです! あの闇金融の人が死んだって」
その言葉を待っていたかのように、響子さんはニヤリと口角を上げる。その表情は獲物がかかった狩人のようだった。
「ニュース。助手くん、おかしいわよね?」
「そうだな、おかしいよな」
「どうしておかしいんですか!? 貴方たちが言ったんでしょ」
そう言うと、ハッとしたように崎野さんは下唇を噛む。
「嵌めたのね。ずるい人たち……」
「察しが良くて助かるわ。私が貴方を犯人だという理由を言いましょうか?」
「それじゃあ、聞かせてくださいよ。探偵さんの推理を」
一呼吸置いて、鋭い目つきで話し出す。
「貴方はまず、松尾さんの過去の恋愛感情を利用した。実質、小町さんを殺したのは坂牧さんだものね。二人の想いは一致してした。だけど、犯行に移るなんて馬鹿な真似はしなかったわ。でもどういうわけか、貴方は憑神に憑かれ、互いの傷を良く知る付き合っていた松尾さんに罪をなすりつけることを思いついた。
能力は凍結。坂牧さんはそれで殺し、二人目は貴方が指紋をつけないようにして刺殺。その後、凍結。私たちの捜査をかく乱するために、松尾さんを偽の容疑者として警察に差し出した。そうね、さしずめ坂牧さんに脅されていて、気が付いていたら死んでいたって言えば、彼は庇おうとして身代わりになることを承諾したでしょうね。
貴方なら、松尾さんの包丁を簡単に取ることができるもの。私の推理、どこか間違っている? もしそうなら教えて欲しいんだけど」
彼女はクククと含み笑いをしながら、首を横に振る。
俺たちは警戒しながら、崎野さんの言動を見守った。
「正解です。何も間違っていない。でも、一つだけ強いて言うなら。私は憑神に自ら憑かれました。そして友人を親を苦しめている奴らを殺そうと思いました」
「間違っているわ。何もかも」
「正義は、何もしてくれません。ただ都合が良いだけです。なら私は悪に成ろうとしました。悪で悪を殺す。それが私の選んだ道です」
彼女の身体が、黒く包まれる。これは間違いなく憑神化。だけど、今までとは違うのは、苦しんでいない、憑神だけで暴れない。
これは決定的に違う。
「行きますよ。探偵さん、貴方も出来るでしょ? 聞いてますよ」
黒いコートを纏い、毛皮フードを被る。そして彼女の影から大きな狼が二匹、出現した。周りに冷たい張り詰めた空気が立ち込め、殺気が充満する。
「聞いている? 一体誰に?」
響子さんが聞き返すと同時に、狼が襲いかかる。
「危ねぇ響子さん!!」
俺は刀を取り出し、水平に切り裂く。狼を制止させ、後退させる。
「立てるか? あの様子じゃ手におえない。憑神化で行こう」
「分かってるわよ。刀を貸して。ここは一気に攻め落とす……」
俺は刀に吸い込まれ、響子さんに纏われる。憑神化が完了した彼女は崎野さんに刀を向け、こう言った。
「貴方も悪になったと言うなら、それは貴方の友人を死に追いやった彼と同じになる。それでもいいの?」
「構わない。それで救える命があるなら。晴れる想いがあるなら!!」
「これ以上、言っても無駄ね。気が乗らないけど、これ以上犠牲者が出る前に力づくで止める!!」
両者が飛び出たのは同時。左右に展開している狼が、響子さんの足目掛けて飛びかかる。それを見てからの反射で、踏み台にするように踏みつけ、狭い屋内だが跳ぶ。
崎野さんに刀を容赦なく斬り下ろす。その斬撃をあえて受ける。響子さんの驚愕とともに血飛沫が飛ぶ。
「これでもう避けられない……よね?」
ニヤリとあくどい笑みを浮かべ、さらに刀を握る。
「しま――」
着地した瞬間に足や肩を狼に噛まれる。
「きゃぁぁぁぁ!?」
耐えがたい痛みで、悲鳴を上げるがその眼にはまだハッキリと闘志が残っていた。
「助手くん、一度解くわよ!」
どうしてだ! 響子さん!!
「私の、言うことに黙って従いなさい!」
俺はいやいや憑神化を解き、二人に分かれる。そしてそれを解いた瞬間に、狼が吹き飛ばれる。
もしかして、これが狙いだったのか?
「大丈夫か!?」
「心配はいいから、すぐに憑神化! 急いで!」
言われるがままにもう一度憑神化。落ちている鞘を拾って、納刀。周りを囲む狼に視線を配る。ここでこの二体を倒すつもりだ。
「居合切り? かっこいいじゃん。二頭同時に斬れるかな?」
「試してみる? 二頭とは言わず、この一太刀で貴方も斬り伏せてやるわ」
妙な静けさが嫌になる。ここから勝敗は大きく左右される。息を飲み、手汗を拭うように刀を握り直し、目を閉じた。
集中し、僅かも心が乱れることはなかった。
「噛み殺せッ!!」
左右から同時に襲いかかる狼。その鋭い牙が身体に届く前に、剣を振り抜く。
「へぇ、すごいねぇ。本当に二頭同時に斬ったんだね」
「二頭同時? 貴方の身体もよく見たほうが良いわよ。ショック過ぎて見ることはお勧めしないけど」
狼が見事に切り裂かれ、消える。それに加え彼女の身体は斬られていた。
「わぁ本当に三体同時だ」
倒したように見えた。しかし、俺たち憑き人も驚くほどの再生能力を発揮する。
「なッ!」
「すごいでしょ。こういう使い方も教えてもらったの。あの人にねぇ!!」
身体に狼の特徴が現れ、鋭い牙と爪が生えて睨めつける。
「厄介ね。どうする助手くん?」
再生は厄介だけど、再生できないほどにダメージを与えれれば勝てるかもしれない。可能性は低いかもな。
「了解。それで行きましょ。恐らく体力的に考えてこれが最後の一撃、耐えられれば最後。これで決めるわよ」
「ウラァァァァァ!」
駆け出す崎野さん。もう一度刀を鞘に納め、すれ違い様に抜刀。
「残念でした。私はまだ死んでいないよ? このくらいの傷、どうとでもな……る?」
「一度だけなら再生できたでしょうね。憑神の力はそこまで万能じゃないのよ? 治癒する力だって限界はある。それを分かっていなかったのね。貴方が信頼を寄せるあの人から教えてもらわなかったのかしら?」
崎野さんの身体が無数の切り傷が出来る。そして大量の血が飛び散る。
「最後に答えなさい。貴方に憑神の力を渡したのは誰? 貴方にはその義務があるわ」
納刀し、憑神化を解き、倒れる彼女に歩み寄る。
「確か、……氷見、蓮九郎。彼に貴方たちが捜査に来るって教えてくれて、犯行の仕方も……」
「氷見蓮九郎!? 貴方そう言ったの? どうしてあいつがこんなところに? いえ、それよりもあいつが憑神の力を譲渡しているの!?」
「織神嬢。ここからは我々が」
気が付くと執行人の園江さんがそこに立っていた。今回はまだ誰も連絡していない。
「罪人を捕えよ」
鎖が巻かれ、棺桶に捕えられる。そして彼がこの場から立ち去ろうとした時に響子さんが声をかけた。
「氷見蓮九郎。その責任も貴方たちはどう思ているの?」
「我々はお答えしかねます。ではこれで」
「待ちなさい!!」
響子さんは珍しく声を荒げ、止めようとしたが、彼は闇とともに消えていった。
この場所に静寂が訪れる。耳を塞ぎたくなるほどの嫌な無音と言う音だった――
次話で完結です!




