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夜の月に笑われて  作者: 宮城まこと
羽無き蝶
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第一話 捜査①

 俺はいつものように織神探偵事務所に行き、合鍵を使ってこれもいつものように扉を開ける。そして毎日同じ場所、同じ作者の本。そこにいるのは俺の雇い主、織神響子さんだ。

「あら、おはよう。さっそくだけど――」

「分かってるよ。コーヒーだろ?」

 そう、これがいつもならその答えで合っていた。だけど、今日は違った。その答えはいつもなら考えられないありえない答えだった。

「違うわ。助手くん、一緒に大学に行きましょう」

「え!?」

 こんなこと言うなんて、考えもしなかった。だって彼女は普段外に出なくて、事件の時以外滅多に外に出ないんだ。

 俺は彼女の誘いを不審に思いながら、とりあえず席に座る。


「風邪でも引いたか?」

「馬鹿、この私が風邪なんて引くわけないわ。そうじゃなくて、友達から手伝って欲しいものがあるって言われてそれで行くのよ」

 友達……?

 あぁそうか、響子さんの友達と言ったら彼女しかいない。

 不登校な響子さんと友達になっているそんな珍しい人の名前は()()(ゆう)。彼女と響子さんは高校時代からの友達で、響子さんが親友と呼べるのはあの人しかいないだろう。

 響子さんも少しの間、大学に行っていたが人ごみが嫌いという理由で一か月で行くのをやめてしまった。

 その間でも彼女と響子さんは楽しそうに話していた。

 俺はその場面を見るたびに、響子さんは何のことのない普通の女子大生なんだ。っと思ってしまう。だが彼女自身そう思われるのが嫌いらしい。


「そうっか、なら分かった。さっそく行こう」

「話が早くて助かるわ」

 かくして俺たちは彼女の数少ない友達の頼みに応えるために、バスを乗り探偵事務所からかなり離れた場所にある、俺が通っている大学「()()大学」に十五分程度時間をかけて到着した。

 俺の家もこの近くにある。俺が事務所にスポーツタイプの自転車で到着するまで三十分かかる。俺は九時に間に合うように走る。

「久し振りに来たわ。この大学」

 校門前で、大学全体を見渡すようにジッと見つめていた。俺も約一週間ぶりに大学に来るわけだが、友達にノートを書き写させてもらおう。

 隣にいる彼女が深呼吸をして行きましょうと言った。

 響子さん自身が久し振りに入る大学の景色はいつにもなく騒がしかった。いや、俺の目に映っている景色も十分騒がしい。

 どうなってる?


「今日はずいぶん騒がしいのね。私が久し振りに来たせいかしら?」

「いや、それはないだろ」

 でも、本当に騒がしい。

 そしてこの騒がしい理由がすぐに分かった。

「あれのせいね」

「あれ?」

「あれを見なさいよ」

 そう言って彼女の指差した先には校舎の屋上から垂れ下がっている垂れ幕があった。そこには陸上部全国大会出場決定と書いてあった。

「なるほど……」

 この騒ぎ方の理由が分かった。しかし、この学校はめでたいな。確かにこの大学は陸上部が強く、人数もそこらの大学とはわけが違う。

 だけど明らかに関係ない奴が馬鹿騒ぎしている。これもこの大学の特色と言ってそうになるし、短所と言っても過言ではない。

「まったく、どこまでもめでたい大学ね。さっさと行きましょう」

「そうだな」


 俺たちは三部が待つ第二講義室に向かった。賑やかなのは外だけじゃない、中もそれに負けず劣らずなかなか賑やかだ。

 響子さんは多分、この雰囲気が好きじゃなくて大学を必要な時以外、来なくなったのだろう。

 もともと人を寄せ付けない雰囲気だった彼女は、今では大分丸くなったものだ。

 なんせ、最初に会った印象が悪すぎたからな。

 俺もその時は彼女を理解してあげようとしていなかったからな。でも今は違う。

「ここね」

 そこは大きな教室にあるにもかかわらず、人が誰もいない。響子さんを呼び出した三部も姿が見えない。

「結?」

 彼女がため息をつくと「悪い癖だわ」と言って近場の椅子に腰を下ろした。

 確かに三部には悪い癖がある。それは極度なほどのマイペース。何でも自分のペースに引き込んでしまう才能とも言える恐ろしいものだ。俺も何度かやられたが、なんというか彼女の性格上怒る気にはなれないのがさらに恐ろしい。


「あー! 居た! 久し振り、響子!」

 教室の入り口で響子さんの名前を呼ぶものがいる。童顔で、大きめな服を着ている背の小さな女性。その声は紛れものなく三部だ。

「久し振りじゃないわよ! 人に頼んでおいてなんで教室にいないの!」

「あはは、それはね響子にこの大学一番の焼きそばパンを食べてもらおうと思ってさ。ごめんねー」

 三部は屈託のない素晴らしいともいえる笑顔を俺たちに向けながら響子さんと俺に焼きそばパンを差し出す。

「俺の分もあるのか?」

「当たり前じゃん! 響子のお世話いつもご苦労様」

 俺はその感謝の意と焼きそばパンを素直に受け取る。

「お世話? 私がいつ助手くんの世話になってるって言うのよ。確かにご飯や珈琲を作ってもらっているけどそれは助手くんが厚意でやってくれてるのよ」

 まぁ、厚意というか……単純に響子さんが料理に洗濯ができなくて困ってるみたいだから一応恩返しみたいにしているだけだ。


「へぇーそうなんだ。それは知らなかったよ。香澄、それは響子に惚れてるからやっているのかい?」

「なっ――」

 そうそう言い忘れていたが三部にはもう一つ悪い癖と呼べるものがある。それがこの物事をオブラートに包まない響子さんよりストレートな物言いをする。

 高校時代もそれど幾度も教師とぶつかって勝利した記憶がある。

 そして俺が一番言われたくないことを言われ、驚いた。

「そう……なの? 助手くん」

 この気まずい空気を作り出して俺を憎んでいるのか三部!

「ん? どうやら違ったみたいだね。ごめんごめん、あたしの勘違いだったね」

 禍根を残したがこの事件はひとまず終わった。あとで誤解を招くようなことを二度と言わないようにメールで釘を刺しておかないと。

「それじゃあ、響子。今日呼び出したのは他でもない、あたしと教授との戦いに力を貸して」

「いやよ」


 即答。

 彼女ははっきりと断った。

「なんで!? 親友の頼みだよ? お願い」

「そんなことのために呼び出したの? そんなの貴方の頭があればなんとかなるでしょうにくだらない」

 三部も響子さんには流石に負けてしまうがかなり頭が良い。高校ではいつも学年二位だった。もちろん学年一位は響子さん。

 その頭の良さは響子さんも認めるほど。

「くだらないとなんだ。あたしだってこんな数式の説明くらい三週間もあればできるよ。でも明日が期限だからあと三十ページを手伝ってほしいの!」

 手を合わせ、三部は彼女にお願いをする。まるで神頼みしているみたいで少し面白かった。


「甘い物奢るからさ」

「甘い物?」

「うん。高校の時から好きだったあの喫茶店のスペシャルパフェのことだよ。いつも食べに行ってたじゃん。五回くらい奢ってあげるから」

「やるわ」 

 考えることもなく、返事をしてしまった響子さんだが大丈夫だろうか?

 いや、大丈夫なんだろうけど俺が心配しているのはパフェを食べ過ぎることだ。普段運動もしない彼女が、あの喫茶店の高カロリーパフェを食べたら太ったと言うに決まっている。

 そこだけで見るとただの女の子なんだよな。

「早速その問題を見せて頂戴。三十分もあれば終わるわ」

「心強い味方だ! ありがとう響子」

「お礼はパフェでしてくれるかしら」

「了解しました! 響子様」


 三部と響子さんが早速黒板を使って計算を始める。

「てか、三部。なんで教授とけんかしてんだ?」

「なんでって、決まってんじゃん。偉そうだったから」

 彼女ははつらつとした笑顔でそう答える。

 俺自身、忘れていた。三部結という人間は偉そうにしている人間が大嫌いなのだ。そういう人を見るとけんかを売られずにいられない体質だ。

 なんというか、随分社会向きじゃない性格だな。

「またかよ。お前も懲りないな」

「だって論文間違ってるんだもん。指摘せずにはいられないじゃん」

 まぁこういう性格だからしょうがないか。と自分自身を納得させた。

「じゃあ俺は適当な場所で待ってる」

「助手くん、三十分後に迎えに来てね」


 俺は手で返事をして教室を去った。

 さて、溜まったノートでも写させてもらおうかな。多分、今日ならいると思うし行ってみるだけ行ってみるか。

 俺は大学の食堂に行く。そこには俺の高校時代の友達、(きし)(とし)(ゆき)がいるはずだ。いつも食堂で暇を潰している。

 生真面目な性格で小学校から大学まで一度も休んだことがない。テストもいい点数を取るために寝ずに勉強をしているなんてざらだ。

「よぉ、久し振り。俊之」

 やっぱりいた。あの寝癖頭。

「おー、久し振りだな。准兵」

 俺は俊之の隣に座り、こう言った。

「悪い、今までのノート見せてくれ」

「まぁ、いいけど」

 俺はそこから俊之にノートを借りて、写し始める。かなりの数だが、多分これも三十分もあれば終わる。ペンを走らせ、次々と文字を写す。

 事件が発生すると解決するまで大学には行けない。大学に行ってる日も響子さんのご飯を作っているのだが、その時は講義を入れていないからいいものの、こうも連続して大学を休むときついものがある。


「なぁ、聞くけどさ。お前と織神さんって付き合ってんの?」

「なっ――」

 嘘だろ。

 一日に同じような質問をされるとは思はなかった。確かに俺は響子さんといつも一緒にいるが別に好きという感情があるわけじゃない。

 実を言うなら響子さんのことは好きだ。もちろん人としても女性としても。恩返しもあるが、こんな体になってしまったから主である響子さんと一緒にいるしかない。

 でも今は好きと言うか、むしろ憧れや尊敬を抱いている。好きと言う感情は高校時代の夏で終わった。

「違うの? 言っとくけど大学でちょっとした有名だよ? あの美人はぱっとしない奴の彼女だって」

「ハハッ、ぱっとしない奴ね」

「で? どうなの」

「何にもねぇよ。ただの友人だ。期待通りの答えじゃなくてすまんかったな」

「いやいや、その答えは僕の予想通りだったよ」

 俺は呆れてあしらうとノートの続きを書く。集中して書いているうちにあっという間に三十分経ってしまった。 

「もう行くわ。じゃあな、ありがとう」

「うん。じゃあね」


 手を振って別れをすると第二講義室に向かう。意外と近いのですぐに着いた。

 教室に入ると響子さんと三部が楽しく談笑していた。この様子から察するにかなり前に終わっているみたいだ。

「あら、おかえり助手くん。私の作業は終わったわよ。帰りましょう」

「帰るか」

「校門まで送るよー」

 俺たちはお互いの用事を済ませて帰路へとつこうとした時事件が起こってしまった。

 突然聞こえる救急車の音。それはグラウンドに向かっている。

「今日で五件目か」

「五件目?」

 響子さんがすかさず聞き返す。

「うん。一週間で五件、ちょうどここの陸上部が全国大会に出るって決まってからかな。しかも陸上部だけなんだよ」


 陸上部だけ? それはおかしい。一週間で事故が五件も発生するのも異常だがそれに加えて陸上部だけなんて。

「学校は何にも公表ないけどね」

「まさに栄光に隠れた影ってわけね」

 響子さんが顎に手を当てて何かを考えている。

「この事故。何かがあるわね」

「どういうことだ?」 

「それを今から調べるんじゃない。行くわよ助手くん。これは事故じゃなくて事件の匂いがするわ」

 そしてここから俺たちの栄光に隠れた影に光を当てる捜査が始まった。

今回は有名大学の部活の闇がテーマです

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