第八章終局 もう壊させない
殺さなければならない。私は彼女を。それは何故だろうと自分自身に問いかけてても、使命感にも似た何かが私を突き動かしているということしか分からない。
ある男に頼まれて、私はこの人形を二人の元へと置きに行った。
あんな奴死んだ方がマシだったのかもしれない。だけど、本当に殺すべきだったのかと言われると私自身分からない。
最初は単なる嫌がらせのつもりだった。だけど、本当に二日後に行ってみると死んでいて驚いた。それを見て私は謎の高揚感に浸っていた。
そこから次第に狂い始めた私の人生は、もう元には戻れない。
だったら、堕ちることろまで堕ちてやる。引き返せないなら進むしかない、この外道という道を。
「もう、そこまでにしたら?」
声が聞こえる。聞いたことがある、そうだ。昨日来た……。
*****
俺たちはとあるアパートの付近を歩ていた、紙袋を持った犯人の背をただ見つめていた。憐れむように、同情するように。
「どうしてあなたが?」
彼女は虚ろは瞳のまま問う。その瞳には人と言う生物などはいない。ただ壊し、殺し続けるだけの人の形をした獣。
彼女は誰に呪いをかけられて、この姿になってしまったのかは分からない。いや、考えたくもないと言うべきだろう。
「正式な自己紹介が遅れたわね。私は織神探偵事務所の織神響子。そしてこっちがその助手の香澄准兵くん」
「探偵さんが何の御用?」
「これから起こる悲劇を、止めるために来たのよ」
「悲劇? 喜劇の間違いよ。愉快よ、何も知らず死んでいく姿を想像するのは」
「これ以上言ったら、貴方を間違いなく殴る。その前に忠告しておくわ。ねぇ、工藤美代子さん」
工藤さんは嗤った。まるで俺たちを馬鹿にしているような、いや、それ以外にもどこか自嘲気味だ。
「私が犯人である証拠があるっての?」
「証明してあげましょうか?」
「そうしてくれれば助かる」
肩を竦め、彼女は笑みを絶やさず響子さんの推理に耳を傾ける。
「さて、まずは殺した動機から始めましょうか。貴方は峰尾さんと佐藤さんを憎んでいた。だけど、人を殺すまでじゃなかった。簡単に言うなら嫉妬かしら。好きな人があっちに靡いて、それを奪ったのが親友ですものね。
どうして殺すまでに至ったか。誰かに唆された。それしか考えられない。だって、貴方の本心は昨日流した涙ですもの」
「フハハハハハ。本当に面白い演説だったわ。だけどそれじゃ私はどうやって殺したのかしら。教えてよ名探偵」
「良いわよ、教えてあげる。その紙袋の中身、それは日本人形よね。それにはよくないものが憑いているの」
「次は霊媒師気取り? いい加減にしてくれない?」
今にも彼女は、殴りかかりそうになっていたが俺がそうはさせない。
「もう少しで終わるから辛抱してくれない? 貴方はまず、その人形を本当の嫌がらせに使うために佐藤さんに送った。するとその人形の力で佐藤さんは死んだ。それを見て回収する気など到底起きなかった。だったら、どうしてあなたの手にあるか。それは共犯者が回収した。そして峰尾さんの家に、置いて来た。
誰かに問い詰められたら、ゲーム機を貸したと言えば怪しまれない。彼本人が相当なゲーム好きだからね。今度は美川さんまで殺そうとしている。お腹にいる彼との子も諸共ね」
「なんだ、そこまでバレてたんだ。だけど私の仕事はこの人形を置くこと。直接手は出していない」
彼女は開き直った。堂々と、胸を張って。
「罪にならない? 勘違いしないで。貴方は確かに罰せられることは難しいでしょう。でも、この世界にはそれを裁く機関があるのよ」
「私は、何もしてない。これを置いただけ。ただそれだけなのよ」
「それをこっちに渡しなさい。それは危険なの」
「あなたたちも殺してあげる」
もう彼女には言葉は届かない。これが憑神に魅せられた人の末路なのか。
「響子さん! こっからは俺がやる。離れてくれ」
「かっこいいわね。羨ましいわ。なら、あなたの大切なその男の子から殺してあげる!!」
紙袋から人形を取り出し、上着に隠し持っておいた工作用のカッターを持たせた。
「こんなのぶっ壊せば関係ねぇ!」
駆け出した。そう身体に命令したはずだった。
だが、身体は一向に動かず、何かの命令を待っているようだった。そして気が付く、俺はあの人形と目が合っている。
そうか、これがあいつの殺人能力。
「クソ……」
刀を取り出し、俺が自分の首を引き裂こうとしている。これが死因か。
なんとか、自分の左腕で防いでいるがこのままではこの手も一緒に斬られる。
「もう壊させない。これ以上絶対に」
響子さんが、走り出し人形を蹴り飛ばす。
「響子さん……!」
人形が破損すると、たちまち俺を縛り上げていた何かが解け、自由に戻った。
チャンスは今しかない。そう判断した俺は今度こそ駆け出し、人形に止めを刺した。
「大丈夫助手くん?」
「左手が斬れたよ。それ以外はなんとも」
「どうして、どうして邪魔するのよ! あなたたちがいなきゃあいつは今頃!!」
激昂している彼女の後ろに、気が付けばあの人がいた。
「今回の事件の解決、おめでとうございます織神嬢。こういった形で申し訳ありませんが、ご容赦ください」
その人の名は、園江辿。裏の執行人だ。
「その人をお願いできる?」
「もとよりそのつもりでございます。自壊人形を使った犯罪は何が起きてもその犯人に最大級の罪を与えろと教えがありますので」
「ちょ――、嘘でしょ一体どこから!?」
工藤さんの驚愕の表情の中でも、淡々と仕事をこなす彼の姿はさながら、命を刈り取る死神のようだった。
そして、彼女の首に鎖が巻かれ棺桶の中に幽閉された。
「では。私はこれで」
例の如く、彼は瞬きの間でその場から消えていく。
「帰りましょ。助手くんの手当てしなくちゃ」
「こんなの、すぐに治るよ」
「知らないの? その刀傷は憑き人の力をもってしても治りにくいのよ。まぁ三日は治らないわね」
「そう言われると、なんだか気分が……」
「悪ふざけはよして、帰るわよ。っとその前に……」
彼女はハンカチを取り出し、俺の手に巻いてくれた。可愛らしい花柄の白いハンカチ。良い匂いがする。
「これで良しっと。私がここまでしたんだから、土下座して喜びなさい」
ニコッと可愛らしいく笑い、俺の腕を引いた。俺はなされるまま、彼女に引かれていった。
*****
「実にいい。美しく育っている。そして美しい愛の形もほどなく完成か。上出来じゃないか」
僕は僕自身を褒めた。壊すことしか出来なかった僕がここまで誰かを育てていると思うとこれが褒められずにはいられるかい?
いや、そんなわけないよね。みんな褒めているよね、自分自身の努力とかの結果に応じてさ。
「うーん、せっかく自壊人形を上げたのに壊されたか。まぁでもいいか。また作ればいいだけだし」
僕は人形の欠片を拾い上げ、握り潰した。
「さぁ始めるよ。織神響子ちゃん、これからキミが憎くんでいる氷見蓮九郎の殺人ショーが。でも、その前にもう少し成長してもらわなきゃね。それまでせいぜい頑張ってくれよ」
僕は嗤った。高らかに、誇るように、そして彼女を嘲るために。
そう、美しく成長してくれ。キミを壊すのは僕の楽しみなんだから――。
ついに動き出す氷見蓮九郎。
最終章が近づいています!




